Mother's Diary (September 1st week, 2000)
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月日 曜日 日数 記事
H12.08.28 (月) 36 アンギオ(血管造影剤検査)で術後の経過のチェック
H12.08.28 (月) 36 3時間半、終了後足抑制、とにかく無事らしい、でも目を開けるまでは不安でならない、無事を祈る
H12.08.29 (火) 37 夜母を見舞う、首が腫れているようにも見える、意識は戻っているので安心したがそれでも首の浮腫が気になる、早く良くなって欲しいものだ
H12.08.30 (水) 38 正午担当医より説明、順調とのこと、感謝!
H12.08.30 (水) 38 またその時担当医がこうも仰った、「お母さんは多分少しの知的障害が残るものと思われる、それは例えば「自分の名前や住所は言えるが、術後の事について物忘れをするとか物覚えが悪い、という程度の傷害です。」とのこと、また予想される右半身のマヒも機能が回復する期待は十分に持てるとのこと、そしてリハビリによる改善の予想については「月単位で良くなる見通し」とのこと、つまり退院までには数ヶ月を要するらしい、しかし今まで心配していたことが一つ一つ解決されて行くようで心がすーっと軽くなる、胃が楽になる思い、感謝が尽きない
H12.08.30 (水) 38 心臓のセンサーも取り外す、やっとここまでたどり着いたかとまたまた改めて感謝また感謝
H12.08.30 (水) 38 脳の具合は良好、後は呼吸系とリハビリが順調ならば退院も近い
H12.08.31 (木) 39 ベッドから降りようとする、困った事が再発! 24時間体制で見張りたい気持ちでいっぱいになる、とにかく無事が一番、病院へお任せすることが辛いが作者自身の限界にもやりきれなくなる
H12.09.01 (金) 40 母、口からタンを出すことが出来た、気管切除以来喉から直接取り除いていたタンだがそれが口から取り出せたのを実際に目で見た、本当に安心する、感謝
H12.09.02 (土) 41 孫を連れて行く、訪問3回目にしてやっと声を出して母に応答する、声が聞けて母も安心の様子、また母には「ずいぶん顔色がいいといくらボクらが言ってもお世辞にしか思わないでしょう。でもこの子の反応を見てごらん、本当に嬉しそうでしょ。それはやはりお母さんの顔色がいいからだよ。子どもの反応は嘘が無いからわかるでしょ。」と言った。母はしっかり頷いた、理解も出来ている様子に安心
H12.09.02 (土) 41 お昼に母は流動食を口から入れたらしい、月曜からは食事にも挑戦するかも知れないとのこと、がんばれお母さん!
H12.09.03 (日) 42 母のところに教え子が訪ねて来た、同窓会のお誘いとのこと、事情を説明する、事態が飲み込めていない様子、作者のいるときで良かった
H12.09.03 (日) 42 教え子を見送ろうと母は立ち上がろうとする、看護婦さんによると転んで頭を打つことが怖いらしい、危険だ、そこまで回復している様子に嬉しい反面、またまた不安材料も増えたことを実感、危険度がアップしたことに不安は募るばかり
H12.09.03 (日) 42 母が変なことを言う、「声を出さないで」と前置きし「知人のOが2、3日中に北海道へ行ったほうがよいと言った」と言う、やはり幻覚(幻聴)の気があるのか? まるでスパイ者のテレビか映画の話のようでこちらの方が幻覚を見ている気さえした、本当に驚いたと同時に母は毎日何を考えて過ごしているのか不安になる、周囲の人が全て悪人に見えるのだろうか?

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