Mother's Diary (August 3rd week, 2000)
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H12.08.14 (月) 22 母と作者の母校那覇高校初甲子園勝利、この調子で母も回復してくれることを祈る、実はその時も作者の息子は小児喘息の為再度入院していてこの日に退院した、とにかく眠かった
H12.08.15 (火) 23 右手のリハビリを開始、ついに待ちに待ったリハビリ開始だ、ここまでたどり着いたことに感謝
H12.08.15 (火) 23 ラジオから流れてくる曲に合わせて手で拍子をとっている、自然に手が動いている様子を当たり前に見ていた、そして後から「あっ、手がリズムをとっている!」と分かった時には驚いた、感動し感謝した
H12.08.15 (火) 23 多分この頃の文字だと思われるが(日付不詳)術後最初の手書きの文字【明日...写真1へ】【トレリング(トレーニング)写真2へ】【高、明ツイ(暑い)写真3へ】、尚、図のように誤った記述の症状を「錯書」と言っている、この症状は自分で書いた誤りの文字に全く気が付かない症状である
H12.08.16 (水) 24 流動食を鼻から入れている、とうとう食事を摂ることになった、その前日に担当医が「良くなってくると糖質以外に食事を摂らせようと考えている」と仰ったがこんなに早く実現しようとは思わなかった、これもまた感謝
H12.08.16 (水) 24 口元の荒れが良くなった、入院以来気になっていた左の口元(唇)の荒れが随分ときれいな皮膚になっていることに気付いた、ちょうど瘡蓋が取れたようななめらかな肌になっている、嬉しい
H12.08.17 (木) 25 作者の従姉妹の持ってきた絵を指さした担当医の質問に「N(彼女の名前)」と答える、まさか名前を答えるなんて! と目の前で起こっている事実がまるで夢を見ているようだった、嬉しさはそれからかなり時間が経ってからわき上がってきた、奇跡が起こったと実感した、母は生きている!
H12.08.17 (木) 25 体を起こしてリハビリ、そういう報告を聞いた、仕事の為リハビリの様子を見られないことが疎ましいと感じていたのでこの時ほど職場を抜け出したいと思ったことはなかった、しかし職場放棄で母が悪くなる様な妙な罪悪感でいっぱいで職場を抜け出せなかったのも事実だった
H12.08.18 (金) 26 面会初欠席、どうしても仕事の都合で病院へは行けなかった
H12.08.19 (土) 27 母はベッドを60度程起こして夕食、病院へ着くと身体を起こしている母を見た、勿論鼻から管を通しての流動食だがそれでもとても安心した、感謝
H12.08.19 (土) 27 右手で(震えながら)顔(額)をかく、やはり右手はマヒしているのだろうか、不安である
H12.08.20 (日) 28 今日から両手の抑制はなし、嬉しいが不安もある、変な行動をとることはないだろうか? いつもながら病院の対応には何事も少し早過ぎる気はしている、不安というか不満でもある!
H12.08.20 (日) 28 抑制していた紐でローピング練習、今まで抑制していたロープを使っての練習が何だか滑稽に見えた、母はこのロープにどんな気持ちをぶつけながら練習しているのだろうか? もしかすると切り刻んでしまいたいと考えているのか? それともただただ良くなりたい一心で無心にローピングをしているのだろうか? とても興味があるが、それでもその器用さに「マヒはない、若しくは軽い」との実感も出来たことに感謝

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