Mother's Diary (August 2nd week, 2000)
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H12.08.07 (月) 15 (台風の為仕事は休み、実はその時作者の息子が小児喘息の為入院していた、母の入院と重なったのでなかなか厳しい状況だった、つくづく妻子に済まないと思った)
H12.08.08 (火) 16 熱・血圧ともに良好(先生はあまり気にしていないご様子)、安心
H12.08.09 (水) 17 会話が成立した! ついにここまで来たかと安堵
H12.08.09 (水) 17 そして暫くすると左目の瞼が動いた! 左目へ期待、まだ閉じたままだが目玉が動くのがはっきりと確認出来た、感動そして感謝、また後日担当医が「治ることに期待は十分出来ますよ」と仰った、安堵
H12.08.10 (木) 18 頭の管を抜く、これは灌流がうまくいったということではなく、このままだと水(人工髄液)がうまく抜けずに反対に頭の中に水が貯まってしまう「水頭症」がひどくなるのでしかたなくこの方法を打ち切るようなことだった(母は軽度ながらこの水頭症にもかかっているとのこと)、後は自然治癒に託すらしい、不安でいっぱいだが奇跡が起こることを信じて祈る
H12.08.10 (木) 18 管が1本1本無くなると楽になるだろうと看護婦さんが仰った、看護婦さんが笑顔だったので母自身も本当に楽なのだ・反応も良いのだと分かる気がする、不安の中での看護婦さんの笑顔は本当に天使の笑顔に見える、感謝
H12.08.11 (金) 19 ほとんど平熱に、やっと望んでいた平熱になった、これまで冷却シートや気管切除などいろいろ手を尽くして処置をして下さったことがやっと実ったのだと病院スタッフに感謝
H12.08.12 (土) 20 脳室脳槽はきれいになったそうだ、自然治癒がうまくいったらしい(作者は奇跡だと思っている)、感謝、しかし未だ早い、脳室脳槽はきれいになったが今度は「失語症」の気があるとのこと、一難去って又一難というところだろうか、ここで気になる失語症だが気管切除のため声が出せない母がなぜ失語症だと分かるのか疑問だったが、失語症が「話せないだけでなく他人の話を聞いて理解出来ないことも含む」ことの説明を聞き納得、しかし納得と同時にショックだった、しかし声が出せない母の現状でも失語症がきちんと確認されその処置がなされることにかえって安心した、今後のリハビリに期待すると同時に作者自身ももっと多くの知識を持ち今後母と共にハンディと戦おうと闘志がわき上がってきた、不思議にやる気がおきている、その不思議さに感謝
H12.08.12 (土) 20 またこの日鼻から胃へ管を通し糖質を摂ることをしていた、担当医は「これは食事の練習で良くなれば糖質から流動食へ代えるつもりだ」とのこと、点滴からついに食事へ代わる時が来たようだ、感動
H12.08.13 (日) 21 母がICUから出て一般病室へ、病院へ行くと既にICUの廊下を挟んだ向かいの部屋へ移されていた、喜びの反面まだ熱が安定しない状況での移動に不満があった、またそれは恐れていた事でもあったのでその一般病室に移った事に対しては嬉しさはほとんどなく不安でいっぱいであった、心配
H12.08.13 (日) 21 脳血管攣縮は止まった、担当医がそう報告して下さった、何だか病に勝ったような気さえした、自然と笑顔になる、感謝でいっぱい

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