伊東光晴氏の経済学

 

 日本の経済学者のトップ・バッターは、誰を取り上げるべきなのか?僕自身いろいろと悩みました。しかし、一番良く知っている経済学者として、伊東光晴氏しか思い浮かぶ人はいませんでした。日本の経済学界を広く見渡せば、東京大学系の宇沢弘文氏、根岸隆氏、野口悠紀夫氏、西部邁氏(いわゆる「中沢新一氏招へい事件」後、退職)の名前が上がるし、京都大学系では佐和隆光氏、伊東光晴氏、森嶋通夫氏、一橋大学系の都留重人氏などの名前が連想されます。

 これらの経済学者はいずれも立派な方たちですが、中でも伊東光晴氏の場合は、一番その存在が大きいのです。

 まず、1985年10月〜12月にかけて、NHK市民大学での「転換期の日本経済」は当時、大学生であった私にとって、知らず知らずのうちに影響を受けました。伊東光晴氏=ケインズ経済学者という偏見を持っていたのですが、伊東氏はNHK市民大学のテキストのはじめの言葉で、「経済学の問題は、常に現実の中に分け入り、そこで生まれだしている新しい問題を引き出し、それにチャレンジすることです。」と積極的に述べているため、非常に意外でした。

 時は、バブル経済の始まる時期で、行財政改革が進行中でしたから、取り上げられたテーマは今ではビックリするようなものが結構ありました。

 

 (1)老齢化社会(現在の高齢化社会)、(2)国際経済摩擦、(3)技術革新(IC、デジタル革命、ロボット)、(4)医療経済、、(8)赤字国債問題、(9)新しい福祉、(10)エコロジーとエントロピーの経済学、(11)発展途上国・多国籍企業

 

 (1)〜(11)の中で(5)ゼロ・サム社会、(6)公社から会社へ、(7)国鉄民営化当たりは、その時代を感じさせる話題ですが、その他はいまだに論議されているものも少なくないのではないでしょうか?

 

 まず、高齢化社会については、医療費、国民健康保険、年金問題からアプローチされました。実に13年前から心配されて来たことですが、国民1人当たりの負担増は大きくなるばかりです。大きな経済成長が望めない現在は、インフレも起きないどころか、デフレが心配され、物価は安くても、預金の利子が少ないため、老人が老後を悠々自適に過ごすことが難しくなりつつあります。

 

 次に、国際経済摩擦はガット=ウルグアイ・ラウンド後にWTO(世界貿易機関)が創設され、一層の自由貿易化が促進されることとなっています。特に、農産物の自由化の波は大きく、日本の食料問題に一石を投じています。

 

 第3として、技術革新ですが、13年前は超伝導が大ブームで、リニヤモーターカー、ワープロ、パソコンが登場し始めました。そして、「日米半導体交渉」なる交渉が続けられたことが懐かしい思いがします。現在は、ワープロ、パソコンの普及が目覚ましく、低価格化、モバイル化、電子メールやインターネットの普及というマルチメディア化がどんどん進み、デジタル革命はまさに真っ最中です。1990年代におけるマイクロソフト社によるOS支配のためのウィンドウズ95やインターネット・エクスプローラの登場などは伊東光晴先生もビックリしているのではないでしょうか?

 

 以上の3つは、程度の差こそあれ、ある程度予測されていましたが、予測できなかったのは、バブル経済崩壊後の平成不況です。

 そこで、伊東氏は、『This is 読売』(1998年5月号)において、経済学は役に立つのかというテーマの下、「時代に追随する人たちへ」という論文を掲載しています。

 伊東氏の主張は、日本経済分析における芥川賞と言われる「エコノミスト賞」の1980年以降の受賞作をみると、9件が金融分析、金融理論だったのに、最近の日本の経済状況を見ると、「金融論栄えて金融滅ぶ」という状況ではないかというものでした。伊東氏は、経済理論と政策提言が個々人によって違う様をシュンペーターの唱える「ビジョン」という概念により説明しました。

 「ビジョン」とは何かというと、理論以前の直観的認識を意味し、経済学の中ではビジョンこそが大切なのだとシュンペーターは考え続けたのです。

 

 とにかく、経済学において、伊東氏は自分たちの世代が使ってきた数理経済学こそが、経済学にとって功罪であったと述べています。伊東氏自身も「非線型微差分混合方程式による経済分析」という研究で有名となったため、批判しにくいけれども、自分たちは間違っていたと繰り返し述べています。

 

 どちらにしても、経済学の世界では長い間、新古典派経済学が長い間支配し、数理経済学の論文以外が締め出されるムラ社会であったために、自省することができなかったのだと言えると思います。

マクロ経済学

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