ハロッド経済成長モデル


 マンキューの「マクロ経済学」では、経済成長を語るために、新古典派のソローモデルを使っています。どうしてソローモデルなのか?それは、以前まではケインズ経済学の流れを汲むハロッド=ドーマー・モデルが主流でしたが、1950年代から1960年代には既に、新古典派経済学による経済成長理論がその中心的存在になっていました、そして、現在は、長い間のアメリカ経済の長期低迷とその後のIT革命等によるアメリカ経済の空前の長期的な好景気が手伝って、内生的成長理論が注目されるようになっています。
なぜ、ケインズ経済学の流れを汲むハロッド=ドーマー・モデルが注目されないのかというと、価格の硬直性が前提になっており、完全雇用は達成されず、経済成長も不安定になるという結論しか導かれていないからです。
 確かに、ハロッド=ドーマー・モデルにおいては、「ナイフ・エッジ定理」と呼ばれるように、短期不安定性と長期不安定性が存在します。
 まず、ハロッド・モデルについて説明すると、ハロッドは3つの成長率を想定しています。それは@現実成長率G、A適正成長率(保証成長率)Gw、B自然成長率Gnの3つです。
 @現実成長率Gは、国民所得の決定の理論の出発点であるI=Sという投資と貯蓄が等しいということから導き出されます。産出量をY、その増分をΔYとして、両辺をYで割ると、
                           I=S
                           I/Y=S/Y
更に、両辺にΔY/Δ=1を掛けると ΔY/Y×I/ΔY=S/Y・・・@
ここで、 ΔY/Y=Gなので、    G×I/ΔY=S/Y
よって、   G=ΔY/I×S/Y
   G=ΔY/Y
となります。
ここで、@式に戻るとS/Yは平均貯蓄率であり、I/ΔYはI=ΔKという「投資は資本ストックの増加分である」という仮定で変形すると、I/ΔY=ΔK/ΔYで、ハロッドは資本係数と呼んでいます。特に、現実の国民所得の増加分で、現実の資本ストックの増加分を割った値であるため現実資本係数と言います。
 S/Y=s、ΔK/ΔY=Cとすれば、GC=s・・・Aというハロッドの基本方程式が得られます。

次に、A適正成長率(保証成長率)Gwは、企業家の合理的行動を満足させ、資本設備の完全利用が実現される時に達成される企業均衡の生産成長率です。上記Aのハロッドの基本方程式は、GwCr=s・・・Bと変形されます。ここでの、Crは国民所得を1単位増加させるために生産技術にまさに必要とされる資本量の増加比率のことで、必要資本係数と呼ばれます。また、ここでのsは、Aの基本方程式で得られる貯蓄率とは別物で、計画された貯蓄で、すべて実現されるという仮定の概念であることから、事後的貯蓄率に相当します。
なお、必要資本係数の考え方の根底には、投資決定理論として加速度原理が働くので、
投資関数を独立投資を無視して、誘発投資のみと仮定すれば、
誘発投資をIt =v(Yt−1−Yt−2)、貯蓄をSt=s・Yt−1とすれば、
I=Sより、        It =St
v(Yt−1−Yt−2)=s・Yt−1
s= v(Yt−1−Yt−2)/Yt−1
(Yt−1−Yt−2)/Yt−1=s/v
ここで、Yt−1−Yt−2=ΔY、Yt−1 =Yと置けば、
誘発投資はI=vΔY、v=It/ΔY=I/ΔYなので、vは必要資本係数Crと同じであることがわかります。

 最後に、B自然成長率Gnは、完全雇用を持続し、しかも年々の技術進歩による労働生産性の上昇分を吸収したときに、達成できる最大可能な国民生産物の成長率をいいます。
 ここで、ハロッドは労働の需要と供給の均衡に注目し、労働需要をL=l・Yとし、
l=L/Yを雇用係数と考えました。いま、労働人口が年々n%の割合で増加するものと仮定すると、労働人口の増加は、ΔL=nLとなり、右辺に労働需要(L=l・Y)を代入すると  ΔL=n・l・Yとなり、
両辺をl・Yで割ると、 n=ΔL/l・Y=ΔL/L  となります。
ここで、労働需要の増加分を考えると、ΔL=l・ΔYより、
l=ΔL/ΔY
ΔL=n・(ΔL/ΔY)・Y
ΔL=(n・ΔL・Y)/ΔY
両辺にΔYを掛けると n・ΔL・Y=ΔL・ΔY
nY=ΔY
                n=ΔY/Y
ここで、ΔY/Y=Gnとすれば、Gn=n・・・Cとなります。
しかしながら、現実のデータでは高度成長期に、資本係数がほぼ3で、貯蓄率が30%位であることから、3Gw=30、よりGw=10%であり、ほぼG=Gwと考えても良さそうですが、労働人口の増加率も1%前後あり、Gn=Gwが成立しません。
 そこで、労働生産性の向上、つまり技術進歩率の概念を導入して、これをλとして変形すると、C式より  Gn=n+λ・・・Dとなります。
これまでのハロッド・モデルについてまとめると、以下のとおりです。 次に、ハロッドの3つの成長率の比較検討の考え方ですが、短期分析と長期分析の2種類あります。
 まず、短期分析においては、現実成長率と保証成長率が乖離してしまうとどのようになるのか?ということに注目します。
最初に、現実成長率の基本方程式GC=sと保証成長率の基本方程式GwCr=sにおいて、貯蓄率がどちらもsなので、区別化するために現実成長率の貯蓄率Spを事後的貯蓄率、保証成長率の貯蓄率Saを事前的な貯蓄率とすると、それぞれ基本方程式は次のようになります。
      現実成長率G=Sp/C、保証成長率Gw=Sa/Cr
 まず、(A)として、現実成長率が保証成長率から上方へ乖離する場合を考えると、
G>Gwであるから、 Sp/C>Sa/Crであることから、2つのケースが考えられます。(下記の図を参照)
a)Sp=Saであれば、C<Crとなり、現実資本係数が必要資本係数よりも小さい  ので、需要が活発で、生産増が求められます。現実資本ストックの不足分を純投資の  増加分で埋め合わせると、乗数理論により現実成長率はますます拡大するという不安  定な状態になります。
b)C=Crであれば、 Sp>Saとなり、実際の貯蓄率(事後的貯蓄率)が意図さ  れた貯蓄率(事前的貯蓄率)を上回るので、予想よりも消費支出額が少なかったこと  であり、消費財需要が予想外に低かったことを意味します。よって、次期以降も高貯  蓄が続くならば、消費支出がさらに増大して、加速度原理を媒介して誘発投資が招来  され、所得増加を引き起こします。 図1 ハロッド・モデルの短期不安定性
 次に、(B)として現実成長率が保証成長率から下方へ乖離する場合を考えると、
G<Gwであるから、 Sp/C<Sa/Crであることから、2つのケースが考えられます。(上記の図を参照)
  a)Sp=Saであれば、C>Crなので、現実資本係数が必要資本係数を上回るの   で、資本の食いつぶし、すなわち負の純投資が行われるので、次期の純投資が減少   し、ますます現実の成長率は下方へ乖離していきます。

  b)C=Crであれば、Sp<Saなので、現実の貯蓄率が計画された貯蓄率を下回   るために、消費の減少から加速度原理により、負の誘発投資が行われ、所得水準が   ますます下方へ乖離していきます。

 このように、短期においては、現実成長率が保証成長率が非常に不安定な軌道上にあることが証明されたわけです。
次に、長期分析ですが自然成長率Gnと保証成長率Gwの乖離する場合に着目して、短期変動モデルである現実成長率Gと保証成長率Gwの乖離を長期モデルに組み入れて分析します。
まず、自然成長率Gnの成長軌道は完全雇用天井成長線なので、保証成長率Gwの軌道の上方に位置させることができます。
 ある期に G>Gwという現実成長率が保証成長率から上方へ乖離する場合を考えると、図2のGn軌道<Gw軌道と仮定した場合で見る限り、現実経済がやがてGn成長軌道に衝突し、現実成長率Gが(a)の矢印のごとく下方に反転するか、(b)の矢印のごとくGn軌道に沿って進むかの2通りが考えられます。

図2 Gn軌道<Gw軌道となっている場合

最初に、Gn軌道<Gw軌道となっている場合を考えると、あくまでもGn軌道がGw軌道よりも小さいとは、Gn軌道の傾きが、Gw軌道の傾きよりも小さいという意味であり、Gnの国民所得水準が、Gwの国民所得水準を下回ってしまうということを意味していません。あくまでも経済成長「率」が小さいということなので留意してください。
 さて、Gn<Gwであるのならば、G<Gwの関係が成り立つので、図2の(b)の矢印のように進み続けることはできません。よって現実の経済は下向きに反転し、経済は長期停滞状態に陥っていることになります。Gn<Gwにおいて、Gnは人口成長率、Gwは資本蓄積率を示しているので、Crを必要資本係数、Saを事前的な貯蓄率とすると、             GnCr<GwCr=Sa

と変形することができて、 GnCr<Sa となるので、GnCrは完全雇用水準での必要な投資率を意味し、投資率が貯蓄率を下回ることを意味します。
 したがって、Gn<Gwは資本蓄積率が人口成長率を上回る先進諸国にみられる典型的な事例であり、この不等式関係は有効需要の不足から生じます。そこで生じる失業は有効需要不足から発生するので、ケインズ的失業が発生していると言われます。

 次に、Gn軌道>Gw軌道となっている場合を考えると、Gn軌道の傾きが、Gw軌道の傾きよりも大きいので、図3のようになります。
図3 Gn軌道>Gw軌道となっている場合
 さて、Gn>Gwであるのならば、G>Gwの関係が成り立つので、現実成長率Gは、完全雇用天井成長軌道に向かって図3の(a)の矢印のように進むことになります。ところが、GはGnを飛び越えて進むことができないので、持続的インフレーション傾向になります。
 しかしながら、Gnはとめどなく完全雇用天井成長軌道に沿って上昇するのではなくて、
Gn>Gwなので、
   GnCr>GwCr=Sa
の関係が成立するので、GnCr>Saとなり、人口成長率が資本蓄積率を上回り、慢性的に豊富な有効需要にこたえるだけの資本蓄積が不足しているために、図3の(b)のようにGは下方へ反転せざるをえません。このケースは発展途上国に典型的に見られるケースでジョン・ロビンソンによれば、ここで発生する失業をマルクス的失業と呼んでいます。 このように、ハロッド・モデルでは、G=Gw=Gnの均衡成長(ゴールデン・エイジ)を持続することを保証しえず、それは「かみそりの刃」の上を渡るほど不安定このうえないことからナイフエッジ定理とも呼ばれている訳です。
   参考文献「現代経済学」(石橋春男著・成文堂・1993年)