上屋久町環境基本計画第1部 環境基本指針・計画策定の趣旨

第1章 環境基本指針・計画策定の背景

環境問題の推移  屋久島における環境問題の推移

環境基本条例の制定と環境基本指針・計画の策定


環境問題の推移

 わが国は、戦後の高度経済成長期以降の時代の流れの中で、全国的に環境汚染や自然破壊が進行し、大きな社会問題となりました。このような問題に対して公害対策基本法や自然環境保全法などの法律が制定され、企業の公害防止への投資、技術開発などもあって激甚な公害はいったん沈静化しました。しかし、その後の安定成長期において、大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済活動やそれに基づく人々のライフスタイルが定着し、自動車排気ガスによる大気汚染、生活排水による水質汚濁、ゴミの増大などの都市型の環境問題が大都市に限らず地方都市でも顕在化していきます。またこの間、自然改変も進み、都市部では身近な自然が減少し、人々の自然とのふれあいも希薄になってきています。
 一方、世界に目を転じてみますと、我が国を含む先進国においては、社会経済活動の高度化・広域化に伴い資源の大量消費や廃棄物の大量排出が進み、発展途上国においては、人口の増大と貧困に伴う食糧需要の増大、経済発展のための開発等を背景に地球環境問題が顕在化し、地球温暖化、オゾン層の破壊、酸性雨の発生、野生生物の多様性の減少など世界各地で深刻な事態が生じつつあります。

屋久島における環境問題の推移

 私たちの歴史をひもとくと、今から約400年ほど前までは、島民は険しく厳しい奥岳には入らなかったと伝えられています。しかしながら、屋久島出身の儒学者である泊如竹の薩摩藩への進言により、信仰の対象でもあった奥岳の屋久杉を当時貧しかった島の人々の生活の糧として利用するようになりました。その後、明治維新後は、かつての藩有林や村持山は、地租改正がらみで国有林に編入され、島民自身のための森林利用等はできなくなりました。
 明治15年から、地元の有志が国有林の下戻しの要求を行うなど返還運動が活発化し、大正10年に国有林経営の大綱(屋久島憲法)が出され、前岳地域約7,000haが島に住む人々の自家用薪炭採取用の委託林とされました。さらに、屋久杉を含む天然林約4,300haが保護林として指定され、これが現在の森林生態系保護地域、世界遺産地域の中核となっています。
 戦後の復興とともに木材の需要が高まり、奥岳において国による大規模な屋久杉伐採が行われるようになりました。この伐採については、屋久島出身者からなる関東・関西地方の人々や地元議会の議員から林野庁に対して伐採反対の陳情があったのをはじめ各方面からの保護運動の高まり等を背景に、森林資源の利用と保全との調和を図ることが一層求められるようになり、昭和44年の林野庁の調査団報告を機に順次保全すべき地域の拡大が図られ、いわゆるコスギの伐採量も次第に少なくなっていきました。そして、大規模伐採の終焉に伴い、国有林事業に従事していた人々の数も少なくなっていきました。
 県本土から海を隔てた離島である屋久島は、縄文杉の発見を機に世界的にも注目されるようになり、自然保護に対する国民意識の高まりを背景に、原生自然環境保全地域の指定や国立公園内の特別地域の拡張・見直し、国有林の地域施業計画の樹立等の各種保護施策等が講じられ、急激な開発が進む本土に比べ優れた自然が残されてきました。しかし、離島振興法や過疎対策事業により道路・港湾等の社会資本整備に伴う環境改変、近年の人々のライフスタイルの変化による生活排水やゴミの問題、増加する観光客によるゴミや奥岳の自然の荒廃などの外部インパクトによって、いろいろな方面の環境の悪化も懸念される状況が生じてきています。
 一方で、県は平成2年6月総合基本計画の戦略プロジェクトの一つとして屋久島環境文化村構想を提唱しました。この構想では、屋久島の将来について、世界的に価値ある貴重な自然生態系を守りつつ、かつ地元の振興にも配慮しながら「屋久島を自然と人間とのかかわりあいや自然の恵みについて学ぶ拠点」とし、屋久島全体をフィールドミュージアムとして、来島者や世界の人々に情報発信する環境文化の島を目指すこととしています。
 また、地元屋久島においても、上屋久・屋久の両町で平成5年8月に屋久島の貴重な自然を誇りとして、環境整合性の高い豊かな地域社会づくりを目指し、屋久島憲章を制定しました。このような取組を進めているなか、同年12月にコロンビアで開催されたユネスコの世界遺産委員会で、屋久島の原生的な自然が世界遺産条約に基づく自然遺産として、世界遺産リストに登録されました。屋久島の登録は、自然遺産として東北地方の白神山地とともに、わが国では初めてであり、貴重な自然が、優れていて普遍的な価値を持つ人類の遺産として、世界的に評価されたものであり、屋久島の自然とこれにかかわる人々の暮らしが国内外で一層脚光を浴びることとなりました。

環境基本条例の制定と環境基本指針・計画の策定

 平成4年にブラジルで開かれた地球サミットを機に、国においても平成5年11月に環境基本法が制定され、これをうけて平成6年12月には環境基本計画が策定されました。国の環境基本計画は、環境基本法第15条に基づき、環境の保全に関する総合的かつ長期的な施策の大綱について定めたもので、わが国初の閣議決定された国レベルの包括的な計画です。
 屋久島においても、島の優れた自然が世界遺産条約に登録されているにもかかわらず、環境の指針となる条例がなかったことから、早急に総合的・体系的な施策が講じられるような条例の制定が必要となり、平成7年3月に上屋久町、屋久町の両町が一体となって環境基本条例を制定いたしました。この環境基本条例では第6条に環境基本指針と計画とを策定することとしておりますので、これを踏まえ、環境保全に関する各種施策を計画的・総合的に推進するため、屋久島における環境基本指針・計画を策定することとなりました。策定に当たっては、町の条例に従い、名称を環境基本指針・計画といたしました。


環境問題の推移  屋久島における環境問題の推移

環境基本条例の制定と環境基本指針・計画の策定


     環境基本計画/目次  上屋久町の条例等/目次

環境基本条例  環境基本指針  屋久島憲章

 編者のホームページ