英語教育の草の根運動をめざして

「英語通信」 筑摩書房 98/1/30 より
谷口幸夫

はじめに

 英語敦育・達人セミナー(以下、「達人セミナー」)というものを始めて、2年半ほどになる。最初に開催したのが1995年6月4日で、会場は私の勤務校である筑波大学附属駒場中学・高等学校のオープン・スペース。定員は1学年(4クラス)分、つまり160名ほどの学年集会ができる多目的な空間である。大型スクリーン、冷暖房完備という国立の附属校としては最高の設備と言える。こうした施設は、時として「宝の持ち腐れ」になってしまう可能性が大だ。幸い英語科も他教科も、授業や研修会等に積極的に活用している。ロケーションも渋谷駅南口から、パスで約5分と至便極まりない。

 筑駒(「つくこま」と読む)を会場とする達人セミナーは、6月、9月、3月の第一日曜日に開催される。東京では人が集まらをいというジンクスがウソかのように、毎回、全国津々浦々から大勢の英語教育関係者が参加してくださる。リピーターも多い。

 東京以外では、1996年10月に大阪で開催したのを皮切りに、1997年末までに、北海道から沖縄までのべ30か所で開催してきた。参加者数は、筑駒の分(計8回)も含めて単純合計で2500名を超える。リピーターの数を引いてもかなりの人数だ。今回、計算をしてみて改めてビックリした。そこで本稿では、「何が(主催者である)私をそうさせるのか」と「何が(参加者である)彼らをそうさせるのか」という視点で、達人セミナーを分析してみたい。


What makes me do so?

 元々、このセミナーは、ある中学校の先生の定年退職に向けての「花道」という意味あいで始めたものである。その先生とは、現在、東京都墨田区教育委員会へ勤務されている長(おさ)勝彦先生、語学敦育研究所から「1984年度パーマー賞」、1995年には「東京都教育委員会教育功労賞」、この他にも数々の賞を受賞されている。けれども、長先生自身は非常に無欲で、目立つことが嫌いな方で、一口で言えぱ「知る人ぞ知る」的な存在だ。現実に各地のセミナーでも、「チョウ先生」「チョウ先生」と名前を間違えて呼ばれることがある。

 長先生は、中学校教員の指導技術向上のために、退職直前までの7年間、毎月、自主的な勉強会を開催しておられた。総計70回を数えるそうだ、「英語授業研究会」と称したこの会では、「敷居の高くない勉強会」をモットーに、主にビデオによる授業研究や教材などの情報交換を行っていた。参加者の先生方は、長先生から何かを学ぽうとしていたし、長先生自身は「私の30年以上の経験を、若い世代の先生方に10年間で伝えたい」ということを常々強調されていた。また「教師は授業が命」を力説され、「勉強会は明日の授業に役に立つものでなくてはいけない」というオサイズムに触れるにつけ、参加者の多くは「何となく元気になった」と異口同音に感想を漏らすほどであった。

 ところで、私自身が都立高校の教員から、中学と高校の両方で教えなければならない現任校に異動したとき、長先生にはずいぶんと相談にのっていただいた。中学と高校の英語教育のギャップは想像以上に大きい。少なくとも、私には大きかった。多くの高校教員たちにとって、「中学1年生にどうやって英語を敦えたらいいのか」ということは、おそらく想像できないだろう。「アルファベット26文字の指導だけで、10回分の指導案を立てなさい」と言われたら、頭を抱えてしまう人も多いと思う。また「本文がわずか4−5行しかないのに、50分間どうすれぱ良いのだろうか」とか、「このぺ一ジの既習文法事項は何と何か」とか、「どの単語が未習で、との単語が既習か」といったことには、比較的、高校教員は無頓着なのではないだろうか。逆にいえば、中学校教員はそういうことにかなり気を配る。「このぺ一シには未習の文法事項が2つもある」というセリフの「2つも」という部分は、高校教員には何が問題なのかよくわからないだろう。このような中学と高佼の英語教育のへだたりを、単に「教える世界が違う」「教員のメンタリティが違う」ということだけでは片づけられない。また「中学校の先生たちは指導披術や指導手順に興味があり、高校の先生たちは文法・語法や題材の背景知識に興味がある」という指摘をよく聞くが、高校では指導技術はあまり必要ないのだろうか。

 話をもとに戻そう。私が達人セミナーを全国各地で行っているのは、非常に単純な理由である。長先生の話を一人でも多くの中学・高校の先生方に聞いていただきたいと思ったからである。聞いてもらえば、英語敦師としての自分の中で何かが変わったり、何かが生まれたりするような感じが実体験できるはず。それは私自身の経験でもあるのだ。

 私は、先で挙げたような問題点を解決し、中学・高校の連携を少しでもうまくいくようにするために達入セミナーを始めたと言うつもりは毛頭無い。おそらく長先生も否定されるだろう。むしろセミナーに参切された中学・高校の先生方たちと話しているうちに、そういう問題点を教えていただいた。


What makes them do so?

 達人セミナーに参加された先生方は、何を求めているのだろうか。また、何を得ることができたのであろうか。このことは、別の見方で言えぱ、研修会のあるべき姿を論じるのに等しいと思う。まず第一に、研修会で学んだことが実践的で、しかも誰もが実際に教室で使ってみようという気になることが大切である、この意昧では、達人セミナーはほぼ期待通りの成果をあげていると確信している。このように書くと、手前味噌に聞こえるので、参加者の感想を1つ紹介したい。

 「講師の方々はどなたもすぱらしいワザをお持ちであった。その中の幾つかを早速新学期からの授業で使わせていただいた。現在までに長先生のワードビンゴ、ディクテーンヨン、谷口先生のドラマティックリーディングやアフレコのワザなどを真似させていただいた。」(日本英語検定「STEP’97英語情報12月号より抜粋)

 2番目の理由としては、地元の先生たちの発表の場でもあることが挙げられる。達人セミナーは、英語教師間のネットワークを築こうという目的もあるので、東京からの講師だけでなく、必ず地元の先生たちにも発表をお願いしている。しかも発表といっても、参加者に生徒役になってもらうワークショップ形式なので、講師をつとめるにはかなりの準備が必要である。逆に考えれぱ、講師を引き受けることは、自分の実践を他の先生に知ってもらえる絶好の機会でもあり、フィードパックも受けられるというわけだ。私自身の経験でも、発表の準備をする過程で多くのことを学ぴ、今までの自分の実践を整理するという付加価値も生まれると実感している。 ネットワークということで考えれば、講師と参加者という関係はもちろんのこと、参如者同士の交流も大事にしたいと考えている。その考えは、セミナーの案内に「達人セミナーは、懇親会重視の会です」とまじめに(?)公言していることからも推察できよう。カジュアルな雰囲気のもとでの懇親会に参加して、講師や他の参加者と人間関係を作るということが、後々、いろいろな場面で利いてくる、しかも、次回の開催地は、ほとんどが懇親会での口約束で決まるということを付記しておきたい。


おわりに

 短期間の活動の割には、達人セミナーの存在がようやく認知されてきたと思う。長先生は「どさまわり」とも謙遜されるが、私自身は英語教育史上はじめてのムーブメントだと胸をはって宣言したい。このようを草の根運動の中で、私のもとには参加者同士で自主的な勉強会をスタートさせたという話も飛ぴ込んで来ている。また、達入セミナーとの共催で、既存の勉強会が更なる活性化につながったという話も伺う。英語教育界の活性化のためにも、各地で開催していきたいと思う。達人セミナーは全国どこへでも出かけていきます。しかも、何度でも。