「唖の十蔵」
おしのじゅうぞう
無口で生真面目な同心・小野十蔵。ふとしたきっかけで、夫殺しの町女房と情を通じる事に。
盗賊に強請(ゆす)られ、もがき苦しむ中、彼の迷いはますます深まる。
新たに火附盗賊改方長官となり、上司となった長谷川平蔵。この一見、温和な平蔵が後に鬼平と呼ばれるようになった最初の事件や如何に。
「本所・桜屋敷」
ほんじょ・さくらやしき
平蔵、左馬之助の若き頃、本所に桜屋敷と謳われた武家屋敷があった。桜屋敷の華燐なつぼみに二人は恋をした。つぼみの名はおふさ。
おふさが嫁いで二十年。今でも思い続けている左馬之助が再会した場所は無情にも火盗改メの御白洲。二十年前の面影も、左馬之助の記憶も無い。あるのは現実と嫁いだ先への憎悪のみだった。
そして春、桜屋敷に立ち満開の桜をじっと見入る左馬之助の心境は・・・
「血頭の丹兵衛」
ちがしらのたんべえ
牢内の粂八に血頭の丹兵衛の猛々しい凶行の数々が耳に入る。十九の歳まで本格派の盗賊として仕込まれただけに、どうしても偽物の仕業としか思えない。されど、島田宿で出会った凶行の主はやはり血頭の丹兵衛だった。粂八が悲しみに落胆する帰途、彼が出会った本物の血頭の丹兵衛とは。
「浅草・御厩河岸」
あさくさ・おうまやがし
佐嶋与力が信頼している豆岩こと岩五郎は密偵として数々の手柄を得ている。そんな岩五郎にある日、海老坂の与兵衛から誘いの手が伸びる。与平一味のおつとめに加わる事は盗人にとってこの上ない名誉である。佐嶋への義理と、盗人への未練。揺れ動く心境の中で岩五郎が起こした行動。「いまの暮しの基盤(もと)になっていることに、そむいちゃいけない」という言葉が重くのしかかる。
「老盗の夢」
ろうとうのゆめ
かつての大盗賊・蓑火の喜之助は八年前から京都で隠居の日々を送っていた。ふとしたはずみで知り合った茶汲女に溺れ、最後のおつとめを決意する。すっかり変わってしまった江戸で老盗もまた時勢の波に巻き込まれていく。夢・裏切り・そして意地。死に際を老盗は自分一人の手で飾っていく。
「暗剣白梅香」
あんけんはくばいこう
長谷川平蔵の前に刺客が現れた。その名は金子半四郎。殺された者の血の匂いを消す為に、いつも白梅香を注している。20年前の彼には親の敵を討つという志しがあった。敵を見つけられぬまま歳を重ね、辿り着いた先は江戸の闇の世界。火盗改メを翻弄しついに平蔵にとどめを刺すその瞬間・・・
「座頭と猿」
ざとうとさる
座頭の彦の市は蛇一味である。彼にはおそのという堅気の情婦がいた。彦の市の情欲の強さに疲れ切ったおそのは、ついに情夫(おとこ)を作ってしまう。尾君子小僧こと徳太郎、彼もまた盗賊。彦の市と徳太郎、互いに醸成される殺意が生み出した結末も、女の中では過去の一事として消え去っていく。
「むかしの女」
むかしのおんな
仙台堀のおろくは無頼者だった頃の平蔵が世話になっていた娼婦である。彼女が可愛がった男達は今やそれぞれ名のある商家の主人となっていた。ゆすりの味を知ったおろくに、次々と小判が舞い込む。そこに眼をつけた無頼浪人の集まり・雷神党。彼らの犠牲となったおろくに平蔵は「おれの菩提所へほうむってやろうよ」。平蔵の胸に飛来するもの、それは懐古か償いか。