番外編 第1回
池波文学紀行 <真田太平記の里を訪ねて>
 2002年8月9,10日(金,土)

【長野県上田市/池波正太郎真田太平記館−上田城跡公園−別所温泉】

旅人:ごろぞう


前々から行きたい、行きたいと思いつつ、なかなか行けなかった信州上田市。たまたま連続休暇が取れたのと、ナビゲーターを務めてくれる友人のスケジュールが空いたので、一念発起で行ってきました。

【行程】
私は岐阜県の県境に住んでいます。愛知県の一宮ICから乗り入れて名阪高速−中央自動車道−長野自動車道に入り、松本ICから東路、三才山トンネル経由で上田市に向かいました。片道約280km。隣県でありながら、名古屋−大阪間ほども距離のある上田市。途中、三才山トンネル付近で食べた盛蕎麦も美味かった。


池波正太郎
【真田太平記館】
曇り空の中、上田に到着して最初に辿り着いたところが真田太平記館。今までなんとなく街の外れにあるものと勘違いしていたが、上田駅からの正面のメインロード沿いだった。最初に入った本館2Fには池波正太郎コーナー、真田太平記コーナー等がある。池波正太郎コーナーには、生前使われていた杖や帽子、「鬼平」「剣客商売」「仕掛け人梅安」の原稿(写)や初版本が展示されていた。どの原稿を見ても朱書きだらけでした。真田太平記コーナーには真田太平記に関する上田市のジオラママップが展示。
本館1Fでは写真展「『真田太平記』の舞台を歩く」を開催中。京都、大阪や和歌山(九度山)、関ヶ原の写真がある中、見慣れた風景が!?なんと自分の住む町が紹介されているではありませんか。徳川軍が美濃に侵攻した際の侵入口というのは知っていましたが、まさか上田の地で紹介されていようとは。


【ル・パスタン】
1階の喫茶「ル・パスタン」で珈琲を飲みつつ、池波正太郎の関連本を漁る。館内撮影禁止なので看板しか載せられませんが、アットホームでいい雰囲気の店。
池波小説や関連書籍の他、真田氏関連書籍の購買もしている。「真田三代」のCD-ROM、「池波正太郎の世界」(平凡社)を購入。ついでに、真田太平記館開館時のポスターも貰いました。
店の方のお話では、度々イベント、交流会等も盛んに行っているとの事。今更私が説明しなくても、皆さんよくご存じですよね。初耳という方はどうぞこちらをご覧になって下さい。
池波正太郎 真田太平記館


【上田城跡公園】
第一の目的、真田太平記館の入館も終えた事ですし、取り敢えず近くのホテルにチェックイン。一日前にネット予約を入れて貰っておいた上田プラザホテルというビジネスホテル。
まだ陽は落ちていない。徒歩で上田駅から程近い上田城跡公園に向かう。ちなみに上田駅には真田幸村の銅像が立っている。勝手な見解をいうなら、隣に真田信之の銅像が立っていてもおかしくない。もう一つ気づいた点ですが上田市市街地の道路案内標識には六紋銭のマークがついています。真田家が根付いているんですね。そうこう考えているうちに上田城跡公園までやって来ました。


【上田城東虎口櫓門】
上田城といえばこの東虎口櫓門が有名である。真田昌幸が築いた上田城の防壁門と思いきや、実は信之が松代に移封された後に入城した仙石忠政が創建したらしい。ただ、門の両脇の石垣は真田石と呼ばれる石で築いたもの。碑にはこのように書かれていた。「真田昌幸(幸村の父)が上田城築城の際、太郎山から掘り出したこの大石を「真田石」と名付けた。その子信之は松代へ移封のときこの石を家宝として持っていこうとしたが微動だにしなかったと、伝えられる。以来、文字通り上田城にそなわった礎石である。」


【真田神社/真田井戸】
東虎口櫓門をまっすぐに歩くと、真田神社に到着。大阪の陣で勇将・知将ぶりを発揮した真田幸村を知恵の神様として祀っている。私も心ばかりの賽銭を奉り、願をかけました。更に奥に進むと、真田井戸が見えてくる。井戸の奥までは見えなかったが、かなり深いらしい。お江や佐助はここから地炉の間に忍び込んだのだろうかと思いを馳せる。
この日はこれでおつとめ終了。近くの居酒屋に繰り込んだのでした。


【別所温泉】
翌日はからっと晴れ、真夏らしい入道雲が空に彩りを加えてくれました。ホテルから西に向かい、車で約15分行くと別所温泉。ここも真田太平記の息吹を感じるには欠かせない場所。案内所で「真田太平記秘湯の湯ってどこですか?」と聞いてみる。「まっすぐ行った石湯というところです。」との事。ちなみに有料駐車場と無料駐車場が混在するので、お間違えなきよう。観光地のお約束ですね。


【石湯】
石湯に到着です。案内所で「真田太平記秘湯の湯」と言いましたが、石碑には「真田幸村公隠しの湯」と記してありました。この石碑、池波先生が筆を入れています。真田太平記館でも除幕式に参加された池波先生の写真が展示してありました。
入浴料150円を払って入ってみると、これが結構狭い。男湯のほうの浴室は6畳くらいでしょうか。でも、これが結構落ち着くんですよ。そんな筈もないのに湯から潮の香りがしたのは気のせいでしょうか。幸村とお江はここで密会したんですね。


【大師湯】
石湯、大湯、大師湯を総称して外湯と言う。共同浴場という意味でしょう。大師湯近くの土産店で家への土産を買う。立ち寄った土産店では親切に麦茶を出してくれました。主人に何か真田太平記にちなんだものがないか訊いてみると、「昔はあったんだけどねぇ」。NHKで真田太平記が放映されていた頃は、私と同じ要望の客が多くいたようです。

まだまだ名残惜しいのですが、これにて真田太平記の里巡りはおしまい。上田の地をあとにしました。

今回、事前準備不足で行きそびれてしまいましたが、蕎麦処「刀屋」(上田市中央2-13-23)で食事をとることをお薦めします。池波先生も上田を訪れた際によく立ち寄られたお店で、その量たるや他に勝るものなし。是非お試しあれ。って行ってない私が言うのも変ですけど。次回は必ず!

帰りは行きと同じ道を辿り、松本から長野自動車道へ。
途中、高遠の地を通り過ぎる。真田太平記の序盤、向井佐平次とお江の死を賭けた逃避行を想像しながら帰途に着くのでした。