精神医学概論 症状


始めに

 咳が出たら、即、肺癌。頭痛があれば、脳腫瘍。心窩部痛があれば、胃癌。そういうふうに考える人は、あまりいないはずです。というように、症状と病気は、単純に結び付いているわけではないのです。

 また、喉が痛い、咳が出る、頭が痛い、発熱があるというような症状をひとまとめにして、風邪症候群などといった名前で呼ぶことがあります。幾つかの症状が組み合わされて症候になるわけです。

 ところで、どんな病気でそのような症候が起きてるかは問題としないで、咳には咳止め。熱には、解熱剤。頭痛には鎮痛剤。といった治療のことを「対症療法」というのは、病気は何であれ、症状をひとつひとつ潰していこうという考え方です。

 精神科の治療でも、幻覚妄想に対して有効な治療とか、抑うつ状態に有効な治療とかといったように対症療法を行うことはあります。ですから、病名の診断がつかなければ治療は、できないということはないのですが、同じ抑うつ状態でも精神分裂病の場合のものと、うつ病、神経症のものとは、それぞれ違うのです。そのようなことは、これから先の講義でお話ししていこうと思っています。

 さて、もう一度言いますが、一つの症状から特定の病名が導き出される、ということは、ありません。そして、それは、これからお話しする精神科的な症状ついても同じことが言えるわけです。ですから、この点を気を付けないと、一般の人が、精神科的な症状を口にするとき、誤解が生じやすいので要注意なのです。

 例えば、妄想があっても精神分裂病でないこともあるし、妄想がなくても精神分裂病であることがあるのです。

 それでは、これから、精神科的な症状についてお話しします。皆さんは、内科的、外科的な身体症状については、日頃、聞き慣れているでしょうし、ある程度色々な言葉を知っていると思います。しかし、精神科的な用語は、初めて聞くものも多いと思いますし、かなり専門用語も出てきますので、分かり難いかもしれません。

 そこで、極力簡単な表現や言い回しを使ってそれらの用語を説明して行くつもりですが、それでも、どうしても分からないところがありましたら気軽に質問してください。

 まず、症状、症候というものは、病気になって現われる心身の状態のことです。例えば、喉が痛い、咳が出る、頭が痛いといったことを症状と呼ぶわけです。まさか、喉痛病とか、咳出る病とは、言いませんよね。この病気には、この症状しか起きない。というのであれば、症状をそのまま病名として付けても問題無いのですが、ご存じのように、実際は、同じ症状があっても違う病気であることの方が、あるわけです。

どのようなものが精神科的精神症状か?11の障害)

 それでは、精神科的精神症状とは、どのようなもののことかをお話ししましょう。

 精神科的というくらいですから、まずは精神活動に関るもの、つまり感情とか、記憶、思考といったものの障害があります。 

 精神科医は、これから述べる以下のような11項目を大体頭に入れながら患者さんと接して診断を進めて行くのです。

 これらの項目分けは、私がしたものなので、他の精神科医の先生とは多少違うかもしれませんが、必要なことは全て取り上げています。違うとすればそれは、一つ一つの症状をどういう項目に分類するかという違いだけです。


1.感情の障害

 まずは、感情の障害です。感情の障害は、意識の障害と並んで、患者さんを観察する際に分かりやすい症状だと思います。ただし、観察している症状を他の人に伝えるためには、これからお話しする用語を理解して、使っていただいた方が、スムーズに症状を伝えられると思います。

 何故なら、感情については、専門用語と言うよりも日常用語として使われているために、ついついいい加減な表現をしてしまいがちなので、充分気を付けなければならないからです。そのためにも、この項目に一番時間を割きたいと思います。

 さて、私は、感情の障害を、大きく分けて気分障害情動障害に分けます。

気分の障害

 最初に、気分の障害についてお話しします。気分というものは、機嫌が良いとか悪いとかいうときの機嫌のことだと思っていただければ良いと思います。

 一日のうちで機嫌の良い悪いがころころと変わる時に、「気分変動」が激しいと言います。逆に「気分変動」が殆ど無いということも一つの症状です。

 午前中は、元気が無いのに、午後になると元気が出てくるとか。五時から男なども気分の障害と言えば言えます。

 異常に機嫌が良すぎる場合は、「気分高揚」です。元気がなくて、落ち込んでいる時は、「気分沈滞」。それと、苛々していて、ちょっとしたことで怒り出したりするような場合は、「易刺激性」が高くなっていると言います。更に、突然怒り出すような人については、「爆発性」があるという言い方もします。

 これら気分の障害で気をつけることは、別に疾病、病気でなくとも起きることがあるということです。それらの症状の程度の違いも診断でも必要になります。

情動の障害

 次に、情動の障害という方は、「不安」、「焦燥」、「恐怖」、「パニック」などがあります。そのうちでも混同されやすいのが「不安」と「恐怖」です。

 次にその定義の違いを簡単に述べます。

不安と恐怖の違い

 「不安」と「恐怖」の違いは、恐いものが、何であるか、はっきりしないものを「不安」と言い。恐いものが、人であったり、物であったりするのが「恐怖」です。

 ですから、精神科的には、「失業に対する不安」という言い方は、正しくなくて、「失業に対するの恐怖」と言うのが正しいのです。ですから、病名としては、高所恐怖症などというのが存在するのです。

両価性とは

 「両価性」というのは、簡単に言えば、「愛してるけど憎ったらしい」ってことです。これを精神科医は、よく「アンビバレンツな感情」とか言ったりもします。皆さんも、今までに、どこかで聞いたことがあるかもしれません。

 愛しているという感情と憎らしいという相反する感情が同時に沸き起こったり、交互に起こったりする状態です。精神的に不安定な人が恋愛をするとこういった状態になって大変混乱することがあります。

気分倒錯

 「気分倒錯」というのは、「悲しいのに笑ってしまう」というような、実際の感情と逆の感情が沸き起こってきてしまうことです。

 あまりにも悲しすぎて、何故か笑うしかないといった状況になったことはありませんか?小説やドラマでは、結構、出てくる話です。

疎通性の欠如

 「疎通性の欠如」とは、一口に言って、話が通じないということです。その場にそぐわない(似合わない、唐突な、逸脱した、不適当な、妥当性を欠く、場違いな、了解の範囲を越えた、不釣り合いな)発言が多かったりする場合も、これにあてはまります。

 何人かの仲間で共通の話題で話しているのに、ちぐはぐな変なことを言ってしまう人っていると思います。そういう場合は、疎通性が悪いと言います。

無関心

 「無関心」も、その通りの意味ですが、車の話には、興味が無いというレベルの問題ではなくて、自分の回りで起こっている事柄についての興味が無いということです。例えば、病棟で急変した患者さんがいたときに、周囲の慌ただしい雰囲気に気付かず、淡々と自分の受け持ちの患者さんの処置をこなしてしまうといった人がいれば、それは、「無関心」な状態にあると言って良いと思います。

情動失禁

 「情動失禁」という言葉は、急に起きた感情をコントロール出来ずに、わっと出してしまって止まらない状態のことです。

 そして、これは、怒ってる時にも、泣いてる時にも、笑ってる時にも使います。よく勘違いされていて、「情動失禁」というと、鳴き喚いている時だけのことだと思っている人が多いのですが、怒ったり、笑ったりが、止まらない時も使う言葉なのだということも覚えておいてください。

感情鈍麻

 「感情鈍麻」とは、読んで字の如く、感情が鈍くなってしまう状態のことです。

 具体的に言えば、喜怒哀楽の感情だけでなく、愛憎好悪の感情も鈍り、劣悪な環境でも全く気にならないといった状態のことです。例えば、汚い部屋に平気で住んでいるとか、衣服の乱れや、汚れが気にならない人のことです。

無感情

 「無感情」は、英語でアパシィと言って意識障害のときに、ぼうっとしていて何の感情も表わさないときに主に使います。

 ですから、「無感情」と言ったら、その裏には意識障害があるということを覚えておいてください。さきほど出てきた「無関心」とは、この点で違うのです。

情動麻痺

 「情動麻痺」は、激しいショックなどで一時的に感情の動きが止まってしまうことを言います。

 これも、「無感情」や「無関心」とは似ていますが原因が違うので区別してください。この状態もドラマや小説ではよく出てきますから、割に分かりやすいと思います。


2.意欲の障害

質の異常と量の異常

 次に、意欲の障害について話しましょう。簡単に言えばやる気があるとか、無いとかということです。この中には、食欲やら性欲も含めて考えます。そして、意欲の障害には、その質の異常と量の異常があります。

 変な事ばかりしたがるとか、妙な食べ物ばかり食べたがるとか、変わった性行為でないと満足出来ないとか、これらは、質の異常です。量の異常と言えば言わずもがななので言いませんが、そういったものが意欲の障害に含まれます。


3.行動の障害

行動の障害は、障害された意欲から引き起こされる

 三番目に、行動の障害ということですが、これは、二番目の意欲の障害と結び付いているものも多く、障害された意欲によって引き起こされる行動の異常の例では、英語でワーカホリック、日本語だと仕事中毒ですか。仕事をし続けていないと気が収まらない人のことです。

 また、過食、拒食、などの食欲の異常から引き起こされる異常な行動。それと性欲の異常から引き起こされる性倒錯などです。

 そして、意欲の障害と同様に、行動の障害にも行動の亢進している状態「多動」と行動の減退している状態「無動」とがあります。実に簡単な命名ですが、実際こう呼んでいるのです。

特殊な行動の障害

常同行為

 「常同行為」というのは、同じ行動をくり返し行うということです。

 本人には、その行動の意味があるのでしょうが、傍から見ていると無意味な行動をくり返しくり返し行なう場合です。貧乏揺すりや枝毛取りなどもそうかもしれません。意味も無く手を振ってる老人や口を動かしている老人を見かけたことがあると思いますが、そういった行動を「常同行為」をしていると言います。

強迫行為

 「強迫行為」とは、一般常識を逸脱して無意味と思われる行動をすることです。

 例えば、何分も何時間も手を洗い続けるとか、戸締まりの確認を何回、何十回と繰り返す。外出するときに玄関から門までの歩数が何歩と決まっている。洗濯物を何度もたたみなおす等々、他人には理解できない行為です。

 また、「強迫行為」は、本人が自覚している場合と無自覚に行ってる場合では違うのでその点も診断をする際には重要な点になります。

 本人が自覚している場合は、「何でこんな馬鹿馬鹿しいことをしなければならないのだ」という気持ちになり、かなりの苦痛を伴います。こういう状態は「強迫神経症」と呼ばれる人に多い状態です。

 本人が苦痛を感じておらず周囲の人から見て奇異に映る場合は、神経症レベルより精神病レベルに近い状態です。家族や友人から「何でそんなことしてるの?」と言われたら気を付けましょう。

衝動行為

 次は、「衝動行為」ですが、どういったものを「衝動行為」と呼ぶかというと衝動的に行動を起こしてしまったときにそう呼ぶわけです。当たり前ですけど。ですから、どんな行動でも良いのですが、大抵は、興奮して暴れたり、自殺未遂を行ったりした場合に「衝動行為」と呼ぶことが多いです。

させられ行為

 「させられ行為」は、誰かに自分の行動が操られていると思って行う行為のことです。これは、次の「独語」、「空笑」と共に、精神分裂病に特有の症状と思われがちですが、始めにでも述べたように、これらの症状は、他の疾病でも起きます。ですから、これだけで精神分裂病と判断してはいけません。

独語

 「独語」は、読んで字の如く「ひとりごとを言うこと」です。ブツブツと誰も話し相手がいないのに一人で呟いている。そういう状態を独語をしていると言います。ドイツ語ではないです。

 また、語り掛ける相手が人間ではない場合にも広い意味で独語ということがあります。例えば、パソコンに話しかけていることや、テレビに向かって話しかけていることなどもこれに含まれます。

 中古自動車買取会社のテレビコマーシャルで自分の車に「マイカちゃん」と話かけているのがありますが、独語ですね。

空笑

 「空笑」もやはり、字のとおりですが可笑しくもないのにニヤニヤ笑っていることです。

 「からわらい」と訓読みをすることもありますが通常は「くうしょう」です。思い出し笑いをしているのなら問題はないのですが、訳もなくニヤニヤしている場合はこれにあたります。

カタレプシイ

 「カタレプシイ」は、日本語で「蝋屈症(ろうくつしょう)」と呼ばれてます。蝋燭の蝋に、手足の屈伸をすると言うときの屈伸の屈です。どういう症状かというと他人から姿勢の変化を取らされた場合、例えば手を上に上げさせられたら、そのまま蝋人形のようにじっと固定して動かない状態のことです。一度見れば二度と忘れない症状です。

自殺企図

 「自殺企図」は、自殺をしようと試みることです。これも本人の事情ということがありますが、その事情が、充分納得のいく事情でない限り、一般的に行動の異常ということになります。

チック、異食、性倒錯、徘徊

 また、「チック」と呼ばれている症状や、「異食」、「性倒錯」、「徘徊」なども行動の障害です。それらが、どのような症状かは、説明しなくても分かると思います。

その他の行動の異常

 現在の日本では、この他にも、盗癖、麻薬・覚醒剤の乱用、売春なども広い意味での行動の障害と考えて良いと思います。社会規範からの逸脱行為ということになるからです。

 私個人の見解としては、社会の規範を次々に破っていくのが人間の歴史のような気はしますが…

 
4.知覚の障害

知覚の障害の特殊性

 知覚の障害については、例を挙げる前に、その特殊性を述べておきます。どう特殊かと言えば、全くの主観的問題なので、客観的にその存在を認めることが不可能だということです。知覚の障害を持っている本人が、それを語ってくれなければ私たちには、その人の行動から予想するしか方法が無いということです。

錯覚と幻覚

 「錯覚」というのは、英語でillusionです。つまり、勘違いしてしまうことです。最近は手品のことをillusionと言うことが多くなってきてますね。

 次の「幻覚」との決定的な違いは、知覚に異常を異常ではないかと思えることです。人間に刀を刺す手品を見て、本当に人間に刀を刺して無事で済むとは普通は思いませんよね?これは、何か、タネがあるはずだな。と思うわけです。

 しかし、「幻覚」となると、絶対に事実だと信じて疑わない状態です。ですから、いくら説得しても、その異常を修正することはできません。

幻覚の問題点

 また、もうひとつ厄介なのは、「幻聴」、「幻視」、「体感幻覚」などは、有り得ない事やら物を、聞いたり見たり感じたりする事なのですが、そのことを言葉にして言ってもらわないと分からないことです。

 独語、空笑をしていてもそれだけで「幻聴」があるとは言い切れません。部屋の壁に向かって虫取りのような行為をしてるからといって、「幻視」があるとは限らないのです。

 ですから、何をどんな風に感じているのかを語ってもらって初めて、それらの知覚の障害を知ることができるのです。

この他の知覚の異常

 この他にも、知覚が、通常の知覚以上に過敏になったり、鈍感になってりすることも含まれます。


5.思考の障害

思考の障害には、思考内容の障害、思路の障害、思考体験の障害と大きく三つに分けられます。

A. 思考内容の障害

妄想

 一般的に一番馴染みのある思考の障害のひとつは、「妄想」でしょう。

 「妄想」は、思考障害のうち、思考内容の障害であると言われています。

 そして、精神科的に定義すると、「妄想」とは、客観的に見て誤った事柄を信じて疑わず、他人からの論理的、合理的な訂正を全く受け入れない信念のことです。

 ですから、よく「妄想」を持った患者さんの説得を試みる方(医者の中にもいるのが信じられないんですけど…)がいますが、「妄想」の定義からするとそれは、全く無駄な努力ということになるます。このことは、さきほどの「幻覚」と基本的に同じことです。

 さて、「妄想」について話し出すと一冊の本が書けるくらいのテーマですので、ここでは、これくらいにしておきます。

希死念慮

 もう一つの思考内容の障害には、「希死念慮」があります。「希死念慮」とは、死にたいと願うことです。

 ただし、自殺願望とは、違うのは、客観的に理解できない理由で死にたいと願うことです。幻聴があって死ねと言われているからとか、ただ死にたいとか。死という言葉が、頭に浮かんで離れないとか。精神の障害があって正常な判断ができない場合に、死にたいと願うときにこの言葉を使います。これも、前出の「自殺企図」と同じです。

B. 思路の障害

観念奔逸、思考滅裂

 「観念奔逸」と「思考滅裂」は、似ていますが、ちょっと違う状態です。

 考えが次々に現れて来てコントロールの効かないのが「観念奔逸」で、めちゃくちゃな考えが現れて来るのが「思考滅裂」です。

 「観念奔逸」は、英語でflight of ideas と言われるように、考えがあちこちに飛んで行ってしまい、全くまとまりません。しかし、断片的には何が言いたいのかは、理解できます。

 「思考滅裂」の方は、言いたいことが理解しがたく、ひどい場合は「言葉のサラダ」と言われるように、ただ無意味な言葉の羅列になってしまいます。

思考制止、思考途絶

 「思考制止」と「思考途絶」は、やはり似ているのですが、考えようにも考えが浮かばない、考えが進まない状態が、「思考制止」です。

 考えが途中で突然停止して考えられなくなってしまう状態を「思考途絶」と言います。

思考散乱、思考飛躍

 「思考散乱」と「思考飛躍」は、意識障害があるときなどに注意力、集中力の低下があり、話がまとまりの悪い状態で、こちらからある程度の働きかけがあれば、自分の異常に気が付いて話をまとめることが可能な場合です。

 寝ぼけているときなど、話がちょっと変だなと思うことありますよね?それと同じと思っていただければ良いと思います。

思考迂遠、冗長、保続、粘着

 「迂遠」とは、回りくどいこと。「冗長」とは、前置きが長くて何の話をしたいのかよく分からないような状態。「保続」とは、くり返し同じことを考えていて話が堂々巡りしてしまうような場合。「粘着」というと、「保続」に似ているのですが、一つの話題にこだわってしまって次の考えに移れない状態のことです。

錯乱

 「錯乱」は、「観念奔逸」と「思考滅裂」が更に進んで、多弁で興奮して全く意味のなさない状態のことです。

常同思考

 最後に「常同思考」ですが、これは、「保続」や「粘着」と似ているのですが、無意味な思考にこだわり続けているような状態です。例えば、「今年は、夏が、恐いので明日です。」などと、真剣に考え続けていて、私たちには、何のことかさっぱり分かりません。「何のことか、分からないので教えてください。」と尋ねても、やはり、「今年は、夏が、恐いので明日なんです。」と答えるのです。

C.思考体験の障害

 さて、思考の障害の最後は、思考体験の障害です。これは、主観的に、考えているときに何らかの異常な体験をすることです。幻覚とか、妄想とかに密接に関係していることが多いので、うまく聞き出すことができれば病気の診断に大変役に立つ症状です。

強迫思考(強迫観念)

 では、「強迫思考(強迫観念)」ですが、これは、行動の異常のところで出てきた強迫行為と同じように、馬鹿馬鹿しい考えが浮かんでは、それを打ち消せない状態のことです。つまり、本人にとっては、迷惑な考えです。例えば、「ウンコ」という言葉が頭から離れない。何を考えても「ウンコ」が浮かんで来てしまう。冗談のようですが、そういう患者さんを何人も診てきました。

自生思考

 「自生思考」は、自分の考えでないと思われる考えが自然に湧いて来ることです。患者さんは、どうしてそんな考えが浮かんだのか自分でわけが分からないのです。

支配観念

 「支配観念」は、「強迫思考」に似ていますが、その観念が頭に浮かんで来ても、あまり本人が困らないようなものです。先程の「ウンコ」が出てきても本人が困っていなければ「支配観念」と言って良いでしょう。

させられ思考、その他

 「させられ思考」は、誰かに操られていると感じること。「考想吹入」は、誰かに考えを吹き込まれていると感じること。「考想干渉」は、同じように誰かから考えを干渉されていると感じること。「考想奪取」は、誰かに考えを取られてしまい考えることができないと感じること。「考想伝播」は、自分の考えが周囲に知れ渡ってしまっていると考えること。極端な場合は、世界中に自分の考えが伝わってしまっていると思います。「考想化声」は、自分の考えが、言葉になって聞こえて来ること。自分の言葉というところで幻聴とは区別されます。そして、「考想察知」は、「考想伝播」の内に含まれますが、自分の考えが他人に知れてしまっていると感じることです。

思考体験の障害の悪循環

 以上のような、思考体験の障害は、思路の障害や知覚の障害、自我の障害と結び付いて悪循環に陥ることが多いので治療が難しい症状でもあります。


6.記憶の障害

記憶のメカニズム

 これも、比較的馴染みの深い症状だと思います。というのも、私たちが主に接している高齢者の方々は、多かれ少なかれ記憶障害を持っていますから。
 その記憶の障害は、記憶のメカニズムに対応して分類されています。記憶のメカニズムというと、まず、物事を記憶するには、「記銘」という段階があります。これは、脳に物事を記録する段階です。次に、その記憶を脳に留めておく段階、これを「保持」と言います。そして、最後に記憶を呼び起こすことを「追想」と言います。

記銘力障害

 医療機関では、よく「記名力障害」という言葉を聞くことがあると思いますが、それは、記憶することができないということなのです。新しい物事を覚えられないということです。

 中には、記憶障害=記名力障害と思っている人もいますが、記名力障害は記憶障害の一部分です。

保持障害

 また、患者さんの中には、五分前の事も忘れてしまう方がいます。例えば、食事をしたばかりなのに、まだ食べてないとか。その場合は、記憶を保つことができないわけで、それは、「保持障害」というわけです。

追想障害

 そして、ある程度の年齢になると日常生活でもよく起きるのが、「追想障害」です。ど忘れしてしまった。とか、大事な事なのにどうしても思い出せない。といった症状は、「追想障害」ということになります。「追想障害」の細かい分類の中に「健忘」、「錯誤」、「デジャブ」などがあります。

 それぞれを詳しく語るのは、後日としましょう。


7.意識の障害

単純な意識障害

 意識障害には、単純なものと、複雑なものがあります。

 一般的には、意識障害というと「昏睡」が一番分かりやすい症状だと思います。これは、意識障害のうちでも、単純な意識障害とされる「意識混濁」の一番重篤な場合です。

 で、「意識混濁」の軽い方から言うと、「明識困難状態(confusion)」、「昏蒙(stupor)」、「傾眠(somnolece)」、「嗜眠(lethargy)」、「昏睡(coma)」となります。それぞれの細かい定義は、省きますが、一口に言って「意識混濁」と言っても何段階かに分類されていることを知っておいてください。

複雑な意識障害

 もう一方の複雑な意識障害には、よく見かけられるものでは、「せん妄(delirium)」が、あります。

 老人の「夜間せん妄」は、意識障害なのです。その他にも、「もうろう状態(twilight state)」、「幻夢状態(oneiroid state)」、「酩酊状態(drunkenness)」などがあります。

老人と意識障害

 実は、感情の障害と共にこの意識の障害は、私たちが接している、お年寄りの方々には、よく見られる症状なのです。思考の障害の項にある思路の障害のように見えるような人が実は意識障害であったということはよくあることです。

 訳の分からないことを言ってるとか、話が通じないということで、観念放逸だとか思考滅裂、錯乱だといったように判断されてしまうことが結構ありますが、そういう状態のお年寄りに出会った場合、まず意識の障害ではないかどうか考えてください。

老人の意識障害の見分け方のポイント

 どうしたら見分けられるかというと、声をかけたときの反応や、こちらに対する注意の向け方などがポイントになります。

 比較的大きな声で呼ばないと気付いてくれなければ意識の障害が疑われますし、こちらに気付いているのに視線がなかなか合わないようなときにも意識の障害が疑われます。これは、治療する上で薬剤を選択する際の大事なところなので、お医者さんにも知っておいてもらいたいのですが。


8.知能の障害

知能の障害の二つのタイプ

 知能というものは、精神活動の中でもとても重要なものです。何しろ、意識して物事を考える場合には、無くてはならない物だからです。知能の障害には、平均水準に到達できないという障害と、一旦は、平均水準に達した人が、あるところ何らかの原因で知能が低下してしまう障害とがあります。

精神遅滞

 知能の障害の二つのうち最初の方は、昔は精神薄弱、精薄と呼ばれてましたが、最近では、「精神遅滞」とか「知恵遅れ」とか言われている状態です。

 精神が薄弱だというと、どうも意志薄弱みたいな感じで、犯罪に走りやすいとか、根性さえ叩き直せば正常になるんだろう。というような世間からの誤解を受けるということで、「精神遅滞」なる言葉が使われるようになったのです。

 しかし、今度は、遅れているなら、いつかは追い付くんじゃないか、というような感じを与えます。実は、そうではないのです。しかし、いつかは、追い付くんじゃないかと思わせるような表現の方が、口に出して言いやすいということで、この言葉が使われるようになりました。

 筒井康隆じゃないですが、どうも差別用語だなんだと五月蝿い日本では、はっきり本当の事を言い難いのが残念です。「ほたかだより」にも同じような事を書きましたが、言い方を変えるんじゃなくて、精神薄弱なら精神薄弱で良いじゃないかと胸を張って生きていけるような社会を作らねばならないはずなのです。

 呼び方を変えたところで、社会の意識が変わらなければ、新しい差別用語になるだけですから。また、何十年かすれば、「精神遅滞」という呼び方は、差別的だから精神発達途上者と呼ぼう!!などと誰かが言い出しかねません。

痴呆

 それでは、話を知能の障害に戻します。知能の障害のもう一つの方は、「痴呆」です。

 「痴呆」とは、一旦平均水準に達した知能が低下することです。ですから、もともと平均水準に達していない人が、「痴呆」と同じ症状であっても、「痴呆」とは言わないわけです。その点に注意をしてください。

 また、年齢が比較的若くても痴呆になる病気が幾つかありますので、痴呆といえば老人だけの問題だと思いこんではいけません。


9.睡眠の障害

睡眠の障害と意識の障害

 睡眠の障害は、大きく分ければ、不眠と過眠ということになります。私たちが、遭遇しやすい障害は、不眠の方です。ここでは、主に不眠について考えたいと思います。

 ところで、睡眠の障害は、実は、意識障害と密接に関連している問題なのです。私たちが正常な睡眠を取っているときは、意識は低下しています。

 これを意識障害とは言いません。逆に言えば、意識が低下しても、睡眠を取っているのであれば問題はないという事です。

 逆に、過眠という睡眠障害が世の中にあるとは言っても、意識障害も無く寝過ぎるという症状には、滅多にお目にかかれません。ですから、何日も寝続けているというときには意識障害があると考えて良いでしょう。

不眠の分類(本人が悩むものと悩んでないもの)

 不眠、不眠と簡単に言ってしまうことが多いのですが、不眠には、大きく分けて本人に苦痛のある不眠と本人にはあまり苦痛の無い不眠とがあります。どういうことかと言うと、本人が、「眠れないんです。」と言って苦痛を訴える不眠と、本人は苦痛を訴えないが、周囲のものが気付く不眠とがあるのです。

四つの不眠

 本人が、「眠れない」と苦痛を訴える不眠には大きく分けて四つの不眠があります。

 まずは、寝付けないというタイプ。これは、「入眠障害」とか、「入眠困難」と言います。次は、眠っても夜中に何度も起きてしまうというタイプ。これを「途中覚醒」とか、「浅眠」と言います。三つ目は、早く目が覚めてしまうタイプ。これを「早朝覚醒」と言います。そして、一番厄介なのが、寝た気がしないというタイプ。はたから見れば、熟睡しているように見えるのに本人は、眠れない、眠れないと言うので、下手をすると嘘吐き呼ばわりされてしまうタイプです。これを「熟眠障害」とか、「熟眠困難」と言います。

四つの不眠と眠剤の選択

 これらの内の、どのタイプ不眠かを知っておくことは大変重要なことです。ですから、誰かが、「眠れないんです」と言って来たら四つの内のどの不眠なのかを聞いてあげなければなりません。そのタイプによって処方する眠剤も違ってくるわけです。

本人よりも周囲が困る不眠

 また、本人が訴えて来ない不眠にも、寝付かないタイプ、夜中にちょくちょく起きてしまうタイプ、朝早く起きてしまうタイプがあります。その他に、本人が苦痛を訴えない不眠には、全く寝ないタイプと昼夜が逆転してしまうタイプがあります。これらの不眠については、本人が苦痛を訴えるタイプよりも精神症状としては、重症とみて良いでしょう。

 患者さんの病名が、精神病でも、神経症でも、痴呆だとしても、本人が苦痛を訴える方が、まだ不眠としてはましだということです。

異常睡眠現象

 その他に「夢遊」、「夜驚」、「悪夢」、「夜尿」、「ねぼけ」、「寝言」、「歯ぎしり」などを「異常睡眠現象」と呼んでいます。

 
10.自我の障害

 

自我機能、自我意識

 精神機能の中でも重要なものが、自我機能です。これが障害されると、人間が人間らしく生きて行くことが難しくなります。それでは、自我の障害について説明します。

 自我意識とは、「能動性」、「単一性」、「同一性」、「限界性」を持っていることを言います。「能動性」というのは、自分が自分の意志で生活をしているということを言います。「単一性」とは、自分は、唯一人の自分であるという意識のことを言います。「同一性」とは、過去現在を通じて自分が、同じ人間であるという意識のことを言います。そして、「限界性」とは、自分は自分であって他の人とは違う存在であるという自他の区別が付くことを言います。

 今の説明で、そんな当たり前にことを定義してどうすると思われる方もいらっしゃると思いますが、精神を障害された場合には、今言ったようなことが当たり前のことでは無くなってしまうのです。

自我障害の例として

 例えば、精神分裂病では、自分が天皇陛下だと思う場合もありますし、誰かから指令を受けて自分の行動が操作されてしまうと感じることもあるのです。

自他の区別の難しい人

 また、一見正常な人の中にも、自他の区別が曖昧な人は結構見受けられます。会話をしていて、「誰が、そう言ったのか」とか「誰が、そう思っているのか」がはっきりと区別出来なくて、とんでもない会話になってしまうことがあります。また、逆に、感が悪いというか、主語をはっきり言わないと「誰が、そうおもってるのか」、「誰が、そうしたのか」を取り違えてしまう人がいます。これも、自他の区別が悪いため、頭の中で整理出来ないから起こるのです。

 頭悪いんじゃないのと思うこともあるかもしれませんが、これは、知能の障害というよりは、自我障害と言った方がよい症状です。

精神分析的自我障害

 その他にも、精神分析的な意味での自我障害があります。こちらの方は、結構難しい話になるので、いつか、精神分析的精神医学の講義でもする機会がありました詳しく述べたいと思います。

病的退行と健康な退行

 「病的退行」という言葉を覚えておいていただくと、便利だと思います。それをちょっと説明しますと、退行というのは、自我のレベルが下がることです。といっても分かり難いので、簡単に言い換えますと、子供っぽくなってしまうということです。

 正常な人が、遊んでるときやら、冗談で子供っぽくなってしまうのは健康な印なんですが、一日を通じてかなりの長い時間子供っぽくなって、なかなか大人の会話ができないとしたら、それは「病的退行現象」です。

老人の退行現象

 痴呆老人の多くは、この「退行」をしていると思っていいと思います。以前の講義で、子供扱いをしないように注意したのは、そのためです。もう一度、ここで言いますが、この現象を固定したり増強したりしてしまう可能性があるから、介護、看護の際には、きちんと名字をさん付けで呼び、話し方も大人の人に対して話し掛けるようにしなければならないと言ったのです。


11.病識の障害

病識とは

 最後に、「病識」の障害を取り上げます。「病識」というのは、自分が病気であるという自覚的意識にことです。

 腰が痛い。その原因は、椎間板ヘルニアである。ということは、結構患者さんは納得してくれます。

 しかし、精神機能の障害がある場合には、この大事な「病識」が欠如している場合が多いのです。本人だけならまだしも、病院や施設に付き添って来た家族が、本人に対する「病識」を持ち合わせてない場合も多々あるのです。

病識の問題点

 例えば、痴呆の度合とかについては、本人はもとより家族もきちんと把握していないことが多いのです。そして、入院してから急に悪くなったと言ったりすることも結構ありますから、初診時や入院してからなるべく初期の段階に本人の障害の程度については、話し合っておかなければなりません。


精神科的身体症状とは

 次に、身体に現われる精神科的症状とは一体何かをお話ししましょう。俗に言われている「自律神経失調症」の症状が、大体あてはまるものなのです。

自律神経失調症状

下痢、便秘、口渇、頻尿、尿意亢進、起立性低血圧、冷汗、のぼせ、心悸亢進、眩暈。

心因的な問題が強く影響を与えると思われている症状

性的不能、喘息、偏頭痛、胃部不快感、肩こり、腰痛、などの不定愁訴。


終わりに

 これまで、上げてきた症状の組み合わせで、症候が色々と定義されます。しかし、これらも症候ではありますが、疾病、つまり病気ではありません。そして、これら症候の組み合せによって病気を診断するわけです.。



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