プロセスの重要性 |
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版画作品の技法は作家にとって一番重要なことだと考えられる。そう確信するのは、作家個人の内的世界の表現に最適な何か特定のプロセスが存在すると考えるからではない。この内的世界は完全にできあがった世界ではなく、1つのカオスである。不定形かつ複雑な、しかも外部からの圧力を受けて変化する運動がこれに生命を与えている。 作品とはこのカオスから分離した断片の結晶化であり、天から落ちてきた隕石である。この結晶作用を引き起こすには、大いなる意志の努力が必要だ。 さて、プロセスはこの結晶化に強力に影響する外的ファクターの1つである。 なぜなら、精神活動の秩序・種類・速度は、創作者の眼の前で起こる視覚的形成作業の秩序・種類・速度に関連しているからだ。 私がここで明らかにしたいのは、アーティストの内的世界がいかに彼が採用したプロセスから影響を受けるかということだ。 実例:レオナルド・ダ・ヴィンチは『モナリザ』の完成に4年かけたという。1人の人間が同じ理念をかくも長きにわたって夢見続けられたことに人は驚くかもしれないが、このような作品がシスティナ礼拝堂天井画(あの情熱的なミケランジェロがたったの1ヵ月で休みなく描いた)とは本質的に異なる性質を示すに違いないことは納得されるだろう。2人は異なる思考様式の持ち主だったのだ。 制作のリズム:作家が前もって感じるイメージは、心の中では幻覚のように不明瞭なものだ。イメージが正確な視覚形態をとるのは実作業においてのみである。 制作のリズムは創作の最も強力なファクターである。白黒の手彫り版画は6日の制作期間を要するが、エッチングは6時間しか必要としない。 従って彫刻刀の彫版に退屈しないためには、落ち着きと多少の冷淡さ、自分自身への絶対の信頼が必要なのだ。この6日間、企てたイメージに対して変わらぬ関心を保持しなければならない。 エッチングに必要なのは、精神の大いなる発現、エモーションの一瞬の閃き、的確ですばやい反応――つまりインスピレーションと呼ばれるものだ。 エッチングの視覚要素が展開していく“順序”をたどってみよう。版画家は心の中に1つの理想――来るべき試し刷の姿――を予感として確保する。最初に充分に彫版された部分は茶色のワニスにおおわれ完全に隠れてしまう。彫刻家には予感のような記憶しかなく、化学反応による緑がかったもやの中に新たな斑点が出現するのが見えるだけで、それもまた工程の進行で再びおおわれることになる。従って、エッチングのコンセプトは思考それ自体と同様にすばやく曖昧なものである。完成画面になる瞬間まで、彫刻家の心の中では、予感・記憶・苦闘・希望などが交錯している。エッチングが不規則で予想がつかない理由がここにある。(この作画作業を例えば木版やリトグラフと比較せよ。後者では線の1本1本がまだ誕生していない未来のはかないイメージにとってはあまりに危険な断定的性質を備えている) まどろみの中で詩作した経験がおありだろうか?ロウソクに火を点し、鉛筆を捜し、ついに紙を手にした、だがそのとき、言葉は飛び去り、明かりに追い払われてしまっているのだ。 エッチングの創作はほとんど全てイマジネーションの中でおこなわれる。光学的展開の秩序に常に関係するもう1つの観察がある。つまり、エッチングでは非常に特異な方法で全体をコントロールできるのだ。エッチングではイメージ全体のトーンを(画一的に)落とすことができるが、これは他のプロセスにおいては小さな部分部分でしかできない。 仕上げ:“仕上げ”には等級が存在する。隣接部分の粗さや性質によって、仕上げの繊細さや美しさは増減して見える。特定の仕上げは特定の感情を引き起こす傾向があるが、ここには鑑賞する人間の触覚的本能が加担している。本能的に人はひび焼きの陶器を好み、砥石を好まない。 1枚の絵の中で合奏する様々な仕上げは、オーケストラを構成する種々の楽器のようなものだ。 最後に、仕上げは大昔の木版画のケースのように、装飾的重要性を持っている。 個人の創作プロセスと創作方法には1つの関係が存在する。そして自分のやり方で表現し思考することを望む者は、個人的テクニックを探究しなければならないのだ。 "De l'importance du procede"「アール・エ・メティエ・グラフィック」誌 Arts et Metiers Graphiques 1929年3月15日第10号。同誌には、この前にフィリップ・スーポーがアレクセイエフの版画芸術に捧げた最初の記事が掲載されている。 |