マルタへの手紙

 1972年2月27日 キベロンにて。
 インドネシア ジャカルタ マルタ・ペラン宛

 親愛なるマルタ、あなたにはもっと長い手紙を約束していましたね。この手紙がそうです(…) 私たちは12月31日に(『展覧会の絵』の)初号を見ましたが、私に残された人生はこのフィルムが重要であるか否かを知るには短すぎるようです。というのは大衆が(つまり10人の専門家が、ということですが)これを何回も見直す機会を持つまでには沢山の年月がかかるに違いないからです。これは10分の長さで、3部構成になっています。第1部と第3部は非常に急速に展開します――特殊な形式の平行モンタージュと言っても良いでしょう(言わば、シャッター=“ワイプ”です)。2つのスクリーンがあります。大スクリーンとその前の小スクリーンです。小スクリーンは回転し、正面を向けるときに大スクリーンを隠します。この瞬間に大スクリーンのイメージを変化させるのです。小スクリーンが側面を向けるとき、これは見えなくなり、大スクリーンを完全に見せることになります。この際に小スクリーンのイメージを変化させることができます(動いている動画でもフィックスのショットでも)。

 肝心なのは新しい文法を試みることです。この結果は非常に急速に見えます(最初に見ても多くのことを見逃すことでしょう)。私はミニカセット=VTRを予期してこのフィルムを作ったのです。それに…詩を再読したり、交響曲を再聴したいという欲求はないでしょうか? “理性的に”語るとすれば、“映画”に詩を求めることは間違いだと人は言うでしょう。しかし、自分を偽るのは非理性的ではないでしょうか? 私には自分のフィルムが50年以内に有名になるという望みがあります。

 第2部は「舞踏会」です。数多くの(白い)バレリーナと黒い男のダンサー(そのあるものは怪物です)がいます。

 私たちが群舞の白いバレリーナを制作した方法は以下の通りです。まず1人のバレリーナを(32コマの)輪=ループの動画に描きました。それから、これを“エピネット”(注1)と名付けた(27万5千本の)小スクリーンに順番に描き、撮影しました(繰り返します。27万5千本です)。この結果、1人のバレリーナがワルツを踊ることになります(彼女はエピネットに従って回転します)。この32コマで踊るバレリーナが8回再撮影されて、8人のバレリーナの列を形作ります。バレリーナは互いに横に並んでいますが、隣接するバレリーナとはそれぞれ違う動画です(機械的な印象を避けるため)。私たちはこのバレリーナの列を“モデル1”と名付けました。投影スクリーンからカメラを後退・接近させて、このモデル1を3倍に増やしました。これで今や3×32=96人のダンサーが3列になっており、これは大変な数です(注2)。このダンサーたちは自転する薄っぺらな白いマリオネットのように見えます。これは現れたかと思うと消え、まるで針路変更(coming about)する帆船のようです。このアイディアはシェイクスピアの“シャドー”という名の人物から思いつきました。フォールスタッフの語るところによれば、シャドーには2つの側面しかないので、敵の銃弾に傷つけられない理想的な兵士なのです(注3)。

 しかし、今は“舞踏会”の話に戻りましょう。数多くのバレリーナがひしめく背景に、私たちは“スターバレリーナ”や男たち・怪物たちを二重露出しました。後者は真っ黒で、その1人が巨大な猫に変身して“美人バレリーナ”を脅迫するのです。私たちは“舞踏会”の部屋を窓やシャンデリアのような一部分だけを用いて表現しました。後者の炎はポジの1つに手書きでスクラッチして“マスター・ネガ”にスーパーインポーズしました。残念ながら、現像所の特殊効果に委託した仕事は、私が細心の指示を与えたにもかかわらず、全て露出オーバーでした(スーパーインポーズされた黒い怪物がその一例です)(注4)。

 スターバレリーナについて補足すると、バレエの群舞を列に並べる際、私たちがたどり着いたのはまさに振り付けの問題でした。パンしながら、二重露出する主題をカメラに対して自由自在に近付けたり遠ざけたりしたのです。

 この自由は危険を伴わないものではありませんでした。つまり、あるときは空白の危険を犯し、あるときは人物を互いに積み重ねて(crowding)しまいました。多分コンピュータが有用だったのでしょうが、私たちは持っていませんでした。

 私は気も狂わんばかりでしたが、幸いにもクレアが難題を引き受けてくれました。彼女は決して計算違いをしなかったからです。とはいえ、いつも自分の計画を明確に説明できたわけではなかったのです。

 “舞踏会”を撮影した6ヵ月間、私たちは朝食後の休憩時間30分を〈ロシア語で〉(注5)プーシキンの詩を読むことに費やし、クレアがそれを私に朗読したり、ときには暗唱したりしました。そのとき私たちのフレーム内・フレーム外のモンタージュがこの詩の構成と奇妙にも似ていることに気づいて驚きました。〈特に『サルタン王の話』Skazka o tsare Saltane(注6) について感じました。〉(注5) 説明のために(意図的に)英語の例を選ぶことにしましょう――『ゴスパトリック』Gospatrickという題の中世のバラッドです。〈古い英語を理解しなくともよいのです。文字を見れば十分です。〉(注5)

 Gospatrick has sent o'er the faem 
 Gospatrick brought his ladye hame.

 Full seven score ships have come her wi', 
 The ladye by the green-wood tree. 

 There was twal' and twal' wi' baken bread 
 And twal' and twal' wi' the goud sae red; 

 And twal' and twal' wi' beer and wine 
 And twal' and twal' wi' muskadine 

 And twal' and twal' wi' bouted flour, 
 And twal' and twal' wi' paramour. 

 ゴスパトリックは名声を轟かせた
 ゴスパトリックは御婦人を家に連れてきた

 140隻の船が彼女と一緒にやってきた
 緑林なす木の傍らの御婦人と共に

 12隻と12隻に詰まっていたのは焼き上げたパン
 12隻と12隻には美味い堅パン

 12隻と12隻にはビールとワイン
 12隻と12隻にはマスカットワイン

 12隻と12隻には靴をはいた花
 12隻と12隻には恋人たち

 同じバレリーナ、あるいは違うバレリーナを使うこと、バレリーナ全体のグループを反復すること――これらは、同じ音節、同じ単語、あるいは文全体を使用することで(注7)音律法の効果を高めることに似ています。私たちのバレリーナの動きが音楽の拍子に従って規則化されていたのは言うまでもありません。これは詩人が選択した韻律に従って単語を並べるのと同じです。

 今気付いたのですが、私は解説記事そのものを語ってしまったようです。生活の話をするはずだったというのに。私の生活はアニメーションフィルムの制作作業に限定されているようです。


  "Lettre a Martha"〈原注〉1972年2月27日付マルタ・ペラン宛書簡。このテクストはオリジナルヴァージョンであり、「アシファ会報」Bulletin d'information ASIFA 1972年第1号に掲載されたもの〔「『展覧会の絵』について覚え書き」Notes on "Pictures at an Exhibition", EA所載〕とは若干の違いがある。



1."epin"(「とげ」) +"-ette"(縮小辞) 。「チェンバロ」という意味もある。

2.“32”とは1人のバレリーナの動画枚数を意味するから、この計算は誤り。3×8=24人とすべきところである。EAでは1つのループは10人と書かれており(後述)、EA所載のスチールでも、1つのループに10人のバレリーナが見える。

3.「…それからこの三日月面のやせこけたシャドー、こいつなんかも兵隊にはもってこいだ、第一、敵の的にならん、これじゃあペンナイフの刃を狙うようなもんですからな」(『ヘンリー四世』Henry IV 第二部第3幕第2場 小田島雄志訳)
 フォールスタッフは『ヘンリー四世』『ウィンザーの陽気な女房』The Merry Wives of Windsor に登場する道化的人物である。

4.怪物のスーパーインポーズをアレクセイエフ自身でおこなわなかったのは何故だろうか? その理由は黒を二重露出することができないためである(二重露出とは光の足し算であるから、あえておこなえば、背景が白くかぶる結果に終わる)。従って、一旦フィルムに撮影し、このネガ像同士をスーパーインポーズするほかない。この作業はオプチカルプリンターを必要とする。アレクセイエフの装置でも不可能ではないが、コピー回数が1世代増えることで、画像の劣化が激しくなる。特に、白紙スクリーンのリアプロジェクションともなればなおさらであろう。

5.EAのみに所載

6.このプーシキンの詩は、民話に取材した主人公の3つの冒険が、同一形式で繰り返し語られる形をとっている。図式化すると以下のようになる。
 第1エピソード XAYAZA…
 第2エピソード XBYBZB…
 第3エピソード XCYCZC…
 つまり、1つの連の中で同じ描写(AやB,C)が繰り返され、また連と連の間でも言い回し・形式(XやY,Z)が共通しているのである。

7.EAでは「1つの連の中で繰り返し単語やフレーズを使用すること、あるいは1編の詩の中で連を反復すること」

〔以下は「『展覧会の絵』について覚え書き」の一部(「この32コマで踊る…」〜右中「…その一例です)」に対応)である〕

3)次に、バレリーナ(“リトルバレリーナ”と命名)のループを1つとりあげます。カメラの前に白紙を拡げて透過映写スクリーンにします。このスクリーンの背後にコマ送りの映写機を置きます。“リトルバレリーナ”のループ(ポジ:黒地に白)を投影し、映写機をパンして、スクリーンの右端に“リトルバレリーナ”を寄せます(私たちの意図はバレリーナ10人の列を作ることでした)。正確にこの地点で、32枚の“リトルバレリーナ”の動画を撮影しました。それからクレアがフィルムを1コマ目までリワインドし、私がループを1コマ目にリワインドしました。次に映写機を少し右にパンして同じループを撮影し、1番目の隣に2番目の“リトルバレリーナ”を作ります。さらに同様にして8人のバレリーナを作りました。こうして出来た新たなループを“モデル”と名付け、現像・プリントします。この新たな“モデル”ループには同サイズのバレリーナが10人並んでいます。

4)“舞踏会”の様々なシークェンスのために、この“モデル”を使えば一度に10人のバレリーナを投影できます。私たちは1列分の動画32枚を、カメラ距離を変えて別の列にスーパーインポーズして、10人のバレリーナを2列にしました(片方の列がより大きいので、近くにあるように見えます)。それから同様に第3列を作り、その結果、私たちのバレエには30人のバレリーナがいることになります(これは大変な数です)。

5)バレエ隊の背景に、1人ずつスターバレリーナをスーパーインポーズしました。この結果は非常に美しく、蝶の舞のように見えます。

6)白いバレリーナの背景に、黒い男のダンサーと黒い怪物をスーパーインポーズしました。不幸にして私たちの設備は原始的だったので、この最後のスーパーインポーズはラボでやるしかありませんでした。ラボの技術者は露出をいきあたりばったりに加減してしまいました(わざとやったのではないかと思いそうになった程です)。



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