アレクセイエフ・インタヴュー |
『展覧会の絵』はピンスクリーンの発明者、かのアレクサンドル・アレクセイエフの作品であり、フランス・アニメ史の中でも特筆すべき事件になるだろう。この作品はムソルグスキーの有名な曲から発想され、初めて2つのピンスクリーンを使用している。アレクセイエフがこれまでパリのスタジオで使っていたピンスクリーンの前に、別の小さなピンスクリーンをセットして、上下左右のどの方向にも動けるようにしたものである。 ――アレクセイエフさん、第2のピンスクリーンを使った理由は何ですか? アレクセイエフ:誰かと話をしているとき、私たちの心はその会話とは直接関係ないことにも同時に注意をはらっている。人の話を聞き、そしてしゃべっている間にも様々なことを夢想することができる。私はこの現象を自分の映画に応用し、2つのピンスクリーンの会話を作り出した。しかし、この会話は大変に自由なもので、つまり、無数の独り言や夢想によって変化していく。実際にはこれはみなすべてムソルグスキーの音楽の中にもともとあったものだ。この曲では、彼が描写しようとしている展覧会からかけはなれた印象や考えが表現されている。 アレクサンドル・アレクセイエフは1931年にバルトーシュの『観念』を見て、ピンスクリーンを考案した。『観念』はアレクセイエフに“版画”アニメーションの可能性を示唆した。ピンスクリーン第1号を使って彼は『禿山の一夜』を制作した。この作品で彼はすでにムソルグスキーの音楽を使用している。ピンスクリーンは一見もろそうに見える。だが、実際は鉄のブロックに120万本以上のピンが差し込まれてできており(最大では120万本以上のピンでできている)、全体の重量は45kg以上ある。アレクセイエフは自分の要求に合わせて道具をあつらえ、作曲家のように微妙なテクスチャーを形作るのだ。これは魔法のように光彩を放ち、カメラに向けて光と影のパターンを投げかけるのである。 ――フィルムができあがってみて、結果には満足ですか? アレクセイエフ:妻と一緒にもう何回かラッシュを見たのだが、本当に驚いてしまった。素晴らしい成果だった。私は作曲家のようなものだ。つまり、作曲しているときには音は聞こえない。撮影が終わった後でしか自分のフィルムがどうなっているのかわからないのだ。このようなプロセスこそ真の意味で創造と呼ぶべきだろう。 ――ムソルグスキーの『展覧会の絵』を全曲使っているのですか? アレクセイエフ:『展覧会の絵』は30分ある。だから、フィルムの最初の3分の1をフィルムにしただけだ。しかし、私は3本の短編で全曲を作るつもりだ。 ――あなたにとってアニメーションとは何ですか? アレクセイエフ:映画の最良の形だ。最初期の映画はアニメーションだったことを忘れないことだ。未来はアニメーションのものだ。私の考えでは、アニメーションはまだ萌芽期なのだ。他の映画はすでに因習にとらわれてしまっているのだが。アニメーションの黄金時代がもうすぐやってくるだろう。 69才の作家からこんな楽観的な言葉を聞くのは、アレクセイエフの瞳の中にある若々しさと興奮のきらめきを見なければ奇妙に感じたにちがいない。彼の瞳はそのピンスクリーンよりも力強く光をとらえ、反射している。「私の仕事を止められるのは身体の疲れだけだ」と彼は語る。だが、それは誤りである。何者も彼が点火したかがり火を消すことはできないのだ。 「季刊ユニフランスフィルム紀要付録」 Suppelment trimestriel du bulletin d'information d'unifrance film, octobre 1970, Paris |