事情によりしばらく更新を休みます。ご容赦願います。又再開の節はよろしくお願いします。

良い戦争なんてある訳がないが, 悪い平和はあるかもしれない……日蓮宗大本山池上本門寺雑誌【いけがみ】日蓮宗管長猊下巻頭言より。

 
日蓮宗テレホン法話「やすらぎの時間」 記載

最終更新 2007年3月1日

日蓮宗新聞 平成16年12月10日号一口説法記載            七面山大祭(かみ氏ページリンク)
   
日蓮宗新聞 平成18年11月10日号一口説法記載

     イラク紛争に於ける日蓮宗の声明                北朝鮮の核実験に於ける日蓮宗の声明

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早春の石の五重塔

案内板

 

ようこそ宝塔寺のページへお越し下さいました。ありがとうございます。
最近あるところで、次のようなことを聞き、少なからずショックを受けると共に、なる程こんな表現もあるのかと思わず関心をしたことがあります。
それは「オームの信者が寺院仏閣神社を評して『風景の一部』 あるいは 『風景のようだ』と言ったそうです。」
旨い表現だと思いました。確かに日常生活の中、眼前の風景に寺院仏閣神社は何の不自然さもなく存在し、自然に溶け込んでおり、かえってなければ不自然、違和感さえ覚えるかもしれません。
しかしそれだけであったのです。彼らにとって寺院仏閣神社は眼前の風景の一部に過ぎなく、存在価値と言うか、存在理由が無かったのです。
言われてみれば云いて妙である。
しかし、関心ばかりしてはいられない。寺院仏閣神社は単に風景の一部ではなかったはずだと、そんな思いを持ちつつホームページの作成に当たっています。
ごゆっくりご参拝くださいますよう。又ご記帳の方もよろしくお願いします。