| パケ写 用意できず |
トゥームレイダース | |
| ジャンル | 3Dアクションアドベンチャー | |
| メーカー | ビクターインタラクティブ | |
| 発売年 | 1997/2/14 | |
これから書こうとしている『トゥームレイダース』というゲームは、僕的フェイバリットランキングのかなり上位に位置しているゲームだ。しかし、ゲーム雑誌で『トゥームレイダース』の紹介記事を最初に目にしたときには、それほど気に留めることはなかった。期待に胸を焦がせはじめたのは、記事を目にした数日後に、知人から「コアの新作チェックした?」と問われ、それが『トゥームレイダース』だと知らされてからである。
英国の雄、コア・デザイン。メガCD用として発売された同社開発のソフト、『サンダーホーク』、『バトルコープス』、『ソウルスター』の3本は、俗に“コア三部作”などと呼ばれているのだが、いずれもビデオゲームの未来形を感じさせるような作品であった。回転・拡大・縮小機能をフル活用した、360°フリースクロールのフィールドを自在に動き回れる自由度の高さ、モニタの向こうに広がる世界の説得力の高さは半端じゃぁなかった。
かくして、同社の3D表現における技術力の高さに関する評判は、僕らの仲間内に瞬く間に浸透していったわけだが、そのメーカーが今度はポリゴンを用いた、本格的な、“嘘ではない”3Dモノに取り組んでいるというのである。期待するな、というほうが無理な話だった。
前置きが長くなった。本題に移ろう。
『トゥームレイダース』は、女性冒険家レイラ・クロフトがクライアントの依頼により世界各地の遺跡を巡って秘宝を暴いていく、アクション・アドベンチャーゲームだ。全編フルポリゴンで展開されるのが何よりの特徴であり、その特徴を存分に生かしたゲームプレイが非常に魅力的な作品である。
一見すると、2Dのスクロールアクションをそのまま立体に置き換えただけのようにも思える。主人公レイラの勇ましい拳銃さばきや華麗なジャンプアクションが目を引く作品だからそう思ってしまうのも無理はない。しかし、インカの第一ステージをクリアするころには、プレイヤーはゲームの本質がそうしたアクション部分にあるのではないことに気が付くはずである。遺跡の中に巧妙に仕掛けられた罠、ギミック…。随所に散りばめられたパズルの数々…。これらを解決していく作業こそが、このゲームの醍醐味なのである。ゲームを進める障害として軽いパズルを解かせる作品は数多いのだが、『トゥームレイダース』の場合は全編フルポリゴンの3D空間が舞台であることと、練り込まれた優れたレベルデザインが施されていることにより、プレイヤーに高いカタルシスを与えてくれるのである。
優れたレベルデザインとは何か? レベルデザイナーの一人であるNeal
Boydはこう語っている。
「いかにプレイヤーが直線を歩かないようにするか。A地点からB地点までを、日本のRPGにありがちな一本道にはせずに、最後の出口は一つだけれども、そこまではプレイヤーが好きなように進める自由度を持たせておく」
一つの答え〜例えば行く手をふさぐ扉を開いたり〜を導き出すためにはいくつかのパズルを解く必要があり、どのパズルから取りかかるかはプレイヤーの意思にゆだねられている。もちろん、究極的には最も効率の良いルートというのが存在するわけであるが、この作品は3D視点で展開されるゲームであり、従来の2Dアクションなどのようにステージの全体像というものをプレイヤーが俯瞰することができない。そのため、パズル(仕掛け)同士の関連性を把握するためには、実生活と同様にモニタの向こうに広がる世界を歩き回る必要がある。モニタの向こうに世界を感じ、実際にその中を歩き回ってその全貌を解き明かしていく過程、踏破する感覚がたまらなく楽しいのである。優れたゲームエンジンのおかげもあって、その中を歩き回っているだけでも楽しいという風にもいえる。
この作品の魅力を支えているものに、主人公レイラ・クロフトの存在がある。俗な言い方をすると“キャラが立っている”のである。なにも、詳細なバイオグラフィ等が用意されているわけではない。女性の強さと淑やかさという相反する要素が、モニタの向こうで動き回る彼女の動き、演技からにじみ出ているのである。うまく説明することはできないのだが、ジャンプをするときも射撃をするときも、何をするときであっても、どこかしら女性ならではのしなやかさ、気品というものが漂っている。特に“ゆっくり歩く”動作は絶品だ。僕はこのゲームのキャラクタアニメーションを初めて目にしたとき、エラく感動したものである。
ポリゴンのキャラクターに演技を付けるときの花形であり常套手段でもある技術に“モーションキャプチャー”というのがある。しかし『トゥームレイダース』ではこの技術は使われていないという。レイラにあれだけの素晴らしい演技を付けたアニメーターの苦労を思ったとき、僕は再び感動し、これからのゲームにはこうした仕事のできる人材がますます要求されていくのであろう、などと考えを巡らせていた。
アクション性の高さを以ってこの作品を語る人も多いのだが、僕はそれほどアクション性が高いとは思わない。この作品のジャンル分けはアクション・アドベンチャーということになっているが、“アクション”のほうは取ってしまってもイイくらいだと思っている。誤解を恐れずに言ってしまうと、この作品にはアクションゲームとしての魅力は皆無だ。
強いてアクションゲームとして語るとするならばプラットフォーマー(足場ゲー)ということになるのであろうが、このゲームには、ジャンプアクションの面白さ、気持ち良さに繋がっている踏み切り位置の見切り、着地時のバランス制御といった要素はない。これは、主人公レイラのデジタルな操作性によるものである。
ジャンプアクションを肝に据えた一般的なプラットフォーマーの場合、走る速度やジャンプの高さ、慣性などを考慮しながら画面内のプレイヤーを操作する。こうしたアクション周りの部分の完成度がそのままゲームの良し悪しに直結するのがこのジャンルだが、『トゥームレイダース』の操作性というのは、アクションゲームとしてみた場合にはお世辞にも気持ちいいものとは言えない。往年のゲーマーなら『プリンス・オブ・ペルシャ』のような感じだといえばわかりやすいかもしれないが、なんともモッサリとした感じなのである。ジャンプに関しては、基本的に通常のジャンプとランニングジャンプの二種類だけであり、ジャンプボタンを押す長さで高さの制御をしなければならないということもない。この点が“デジタルな操作性”と述べた理由なのだが、ゲーム中には、この二種類のジャンプをどのように適用していくかを考えることこそが重要であり、指先のテクニックというのはそれほど必要とされない。逆の言い方をしよう。ジャンプが二種類しかないということは、場面に応じてそのどちらを使えばいいのかを考えればいいだけ、ということである。
このゲームにはプラットフォーマーの“お約束”ともいえる「動く足場」というものも出てこないので、常に自分のペースでゲームを進めていくことができる。一定時間以内にクリアしなければならないということもない(一部、時間制限付きの仕掛けなども登場するが)。焦らなければ、ジャンプの種類を間違えなければ、誰でも同じように先に進めるのである。これが、アクションとしての魅力は無いと述べた理由だが、決してダメなゲームなわけではない。『トゥームレイダース』のタイトルどおり、墓の謎を暴いていくことこそがこのゲームの肝なのだから。
純ゲーム主義的な視点で眺めると、足場探しとレバーの上げ下げを行うだけのゲームということになる。しかし、ポリゴンという技術によってもたらされた、モニタの向こうに広がる世界の実在感〜ひっそりと佇む古代遺跡、王家の墓の無言の威圧感〜、空間を生かしそれぞれが密接に絡み合ったパズルは、一度体験してみる価値がある。
視界に飛び込んできた情報と己の知恵を絞って道を切り開いていく、ある意味においては古臭いゲームではあるが、古き良きテキストアドベンチャー等が持っていたような、“自分で解く喜び”に満ち溢れた作品である。願わくば、“終わりを目指すプレイ”を重視して、攻略本などに頼らないことを…。
2000 5/10