| インストカード 用意できず |
サーカス | |
| ジャンル | パドルアクション | |
| メーカー | エキシディ | |
| 発売年 | 1977 | |
世界初の業務用ビデオゲーム『ポン(アタリ)』が発売されたのが'72年。様々な改造基板やコピー品が世に出回り、“ビデオゲーム=左右に配されたパドルで玉を弾き合うアレ”といった認識が人々に浸透していた。そんな中、タイマー制ではなく残機制を採用した『ブレイクアウト(アタリ)』が'76年に登場。人々は目の前にそびえるブロックを崩すことに執心していたわけだが、その辺りの様子は別に機会を設けて語るとして、今回はエキシディ社の『サーカス』である。
『ポン』にしろ『ブレイクアウト』にしろ、当時のゲーム基板はTTL(論理回路)だけで構成されていた。その基板のサイズたるや畳半畳分にも迫る勢いであり、セガのMODEL2もビックリといった塩梅であった。しかし、当時のビデオゲームたちは専用のアップライト筐体に収められていたし、誰もそんなことを不思議に思う者はいなかった(多分)。ゲームセンター(当初はインベーダーハウスと呼称された)の登場には『スペースインベーダー(タイトー)』が登場する'78年まで待つ必要があり、それまでビデオゲームマシンが主に稼動していたのはデパート屋上等の遊戯施設の一角であった。
当時まだ小さな子供だった僕にとって、週末に親にデパートに連れていってもらう度にそうした場所で遊ぶのが何よりの楽しみだった。最上階のフロアのペットショップでハムスターや熱帯魚といった動物たちを観察し、そのまま屋上へ。10円でプレイできるルーレットのエレメカでボンタンアメをゲットし、そいつを頬張りながら『ポン』や『ブレイクアウト』に興じるとき、最上級レベルの快楽を享受していた(余談だが、帰りに立ち寄る地下食品売り場に漂うべったら漬けの匂いを嗅ぐ度に、楽しい一日の終わりを感じ、ブルーな気持ちになった)。
『サーカス』に出会ったのは、そんな少年時代のある日のこと。おそらくは中村製作所製(現ナムコ)のものであったであろう木馬の横に設置された、アップライト筐体を覗き込む。するとそこには、いつもの素っ気ないラケットではなく、シーソーを使って跳ね回る人間の姿があった。
『サーカス』は『ブレイクアウト』を翻案したゲームで、画面上方には『ブレイクアウト』でいうところのブロックの代わりに、風船が三列に並んでいる。それぞれの風船は左右に移動しており、『ブレイクアウト』にはなかった攻略性を生んでいる。プレイヤーが操作するのはシーソー。左右に腰掛けている人を交互に受け止めて、反対側に座っている人を跳ね上げて上空に並んだ風船を割るのが目的だ。
特筆すべきは、その人間のアニメーション。跳ね上げられた人が上空に飛び上がっていくとき手足をバタつかせるのだが、手や体の動きが緩やかになったり、ジャンプの頂点に達したときには動きを止めたりする。画面端の壁にぶつかったときにはクルクルと体を回転させ、シーソーで受け損なって地面に衝突したときにはヘチャッとつぶれる。今でこそ、授業中にコッソリ作って楽しんだ“ペラペラ漫画”のようなギクシャクした動きに見えるが、その躍動感は素晴らしく、少しも色褪せていない。
さらに『サーカス』には素晴らしい音楽があった。コインを投入しスタートボタンを押すと、流麗なメロディーが流れる。シーソーで人を受け損なうと『葬送行進曲』が流れる。風船を割るときの“パンッ”という小気味良いサウンドも印象深い。それまでのゲームでは、“ピーッ”とか“ブーッ”といった、いわゆるビープ音しか鳴っていなかったわけで、これはかなり画期的だった。
こうした演出が可能になった裏には、新しいテクノロジーの採用がある。『サーカス』は、そのロジックにMOSテクノロジー社のM6502を採用。CPUの採用が、スピード感あふれる流麗なアニメーションと、素晴らしいサウンドという高度な演出を可能にしたのである。
『サーカス』は日本の多くのメーカーから発売されたことでも有名だ。『シーソージャンプ(セガ)』、『アクロバット(タイトー)』、『サーカスサーカス(ユニバーサル)』、『ボンパ(ニチブツ)』、『ピッコロ(アイレム)』、これら全て、『サーカス』だ。『スペースインベーダー』等と同様、人気ゲームの宿命であろうか、キャラを差し替えただけの『ニャンコロ(アイレム)』といった亜流もいくつか存在した。
2000 5/26
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画面はカラー版だが、当時はモノクロモニタが主流であったし、その姿を見ることは稀だった。 ほとんどはカラーセロファンのカッティングシートで擬似カラー化されていたものだ。 |
| 風船を一列消す毎にボーナス点が入る。 このときにプレイヤーを祝福するメロディーも良かった。 |
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