ATARI

昔のゲーセンは良かった

 “ゲーセン”なんて言葉が死語になりつつある昨今だが、敢えて“ゲーセン”という言葉を使わせてもらう。今は昔の話だが、そこはとても薄暗く、テーブル筐体の明滅する画面が半ば店内の照明の代わりを果たす。鋭い感受性と新しい感性を有するデジタルエイジたちが徘徊し、皆がハイスコアを叩き出すことに血道を上げるストイックな空間。
 当時の様子を知る年季の入ったプレイヤーにとって、“アタリ”という響きは特別の意味を持つ。先鋭的で先駆的、独創的なゲーム作りに定評があり、ゲーム作りというものに対する素晴らしき思想とイメージを持ちつづけている数少ないメーカーのひとつ、いや、先導者であるからだ。プレイヤーである我々にとってそれは、常に驚きと興奮、歓喜を与えてくれる崇高なる存在。アタリの新作が発売になると、皆、新たな興奮を感じさせてくれると期待し、常にそれに応えてきたのがアタリの凄いところだ。だから皆、“アタリ”と聞いただけでシビれ、目を輝かせた。

エポックメーカー“ATARI”

 我が国におけるアタリのイメージというのは“アタリショック”という言葉と、それにつきまとう“ク○ゲー連発メーカー”という実に貧困なものなのだが、ビデオゲームファンを自認するのなら、アタリがゲーム業界においてどれほどのエポックを築き上げてきたのかを知っておくべきだ。
 その礎は'72年に世界初の商業用ビデオゲーム『ポン』を発売するところから始まる(厳密には'71年の『コンピュータースペース(ナッチング・アソシエイツ社)』が先だが、販売台数等を勘案すると実質的には『ポン』が世界初と言って良いと思われる)。画面の左右に配されたラケットでボールを打ち合うだけの単純な内容であったが、当時は世の中がアナログからデジタルへと移り変わり始めていた時代。“コンピュータを利用して遊ぶ”という行為そのものがエキサイティングであったに違いない(僕は『ポン』をリアルタイムで遊んでいない)。
 日本でもお馴染みの古典的名作『ブロック崩し』。こいつのオリジナルが'76年発売の『ブレイクアウト』。世界的大ヒットとなったのは有名な話だ。日本では『ポン』や『ブレイクアウト』といったこれらアタリのゲームをコピーし、そこで得た莫大な利益によって現在の業界の土壌ができあがった。今でこそ業界大手としてそれなりの発言力を持っている、あんなメーカーやこんなメーカーも、せっせと『ポン』や『ブレイクアウト』のコピーに勤しんでいたのだ。;-P
 '79年から'80年代初頭にかけて発売された、『アステロイド』や『ルナーランダー』、『テンペスト』、『バトルゾーン』といったベクタスキャンモニタを採用した作品群も忘れがたい。点と点を結んだ線、“ベクタ”によって描き出される画面は、ラスタスキャンのキャラジェネ方式を取る他のゲームに比べると一見寂しい印象を受ける。だが、その高速な描写と流麗な動きの再現性に注目したアタリは、その長所を見事に反映させた傑作を連発した。派手なグラフィックと引き換えに高速な動きを手に入れる、いわば妥協の技術であったベクタスキャン方式であるが、発売されたゲーム群の完成度が抜群に高かったこともあって、我々プレイヤーはその素っ気ない画面にむしろ未来を感じ、胸をときめかせた。
 '80年には操作系にトラックボールを採用した『ミサイルコマンド』を発売。その柔軟な操作性にプレイヤーたちは皆感心した。'84年には業界初のFM音源搭載ボード『ATARI SYSTEM I』を発売。『マーブルマッドネス』における念のこもったサウンドや、同システムの『ピーターパックラット』の中で聞かれたクリアな口笛の音色は一生忘れることができないであろう。業界初のポリゴンゲームとしてあまりにも有名な『アイロボット』が発売されたのもこの年だ。
 それ以降も、4人同時プレイが新鮮だった『ガントレット('85)』や、ポリゴンの長所を見事に生かしきった、クラッチの付いたドライブゲーム『ハードドライビン('89)』、実写取り込み画像を意欲的に採用した格闘アクション『ピットファイター('89)』など、革新的な作品には枚挙に暇がない。

嗚呼、ATARI…

 アタリのゲームで何より素晴らしいのが、そのどれもが専用筐体で供給されるところだ。そのどれもが半ばコストを無視した重厚な造りになっている。特に有名なのが『スターウォーズ('83)』の筐体。JBL製の大きなスピーカーがなんと4本もセットされていたそうである。 自転車のハンドルがそのままくっ付いたような『ペーパーボーイ('84)』の筐体や、クラッチまで装備したシミュレータ色の強いドライブゲーム『ハードドライビン('89)』なども秀逸であった。一連のスタンディングタイプのアップライト筐体用に用意されるトップパネルのアートも密かな楽しみを与えてくれた。
 こうした点を見ただけでも、アタリというメーカーの、ゲームというものに対する揺るぎないスタンスを垣間見ることができ、僕はいちいち感動して嬉し涙を流していた。ホントに。
 ただ、アタリのゲームは国内における流通量はお世辞にも多いとは言えず、また、その先鋭性ゆえに異端視されていたことも確かで、その作品の多くは幻の名作となってしまっている。
 ゲームの完成度よりもマーケティングなどといった部分に力を注いだメーカーが勝利したのは今更言うまでもなく、業界の現状を見れば明らかだ。だが、ごくたまに、飲めない酒を飲んだりすると愚痴まじりについつい吐露してしまうのだが、こうした状況を招いたことには我々プレイヤーにも責任がある。分かりやすさの意味を取り違えた底の浅いゲームや、人気のアニメキャラクター等をフィーチャーした以外にはなんのことはないふざけた内容のゲームといったものたちが広告の力によって売り出され、プレイヤーたちも何の疑問も抱かずにそれを受け入れる。メーカー側もそれに甘んじて浮わっついたゲームを連発する。高い志のもとに制作され世に送り出されたアタリの逸品たちは、「なんだかよくわからん」という言葉に一蹴され、その芽を摘まれていく…。あまりにも悲しかった…。
 しかしこれだけは間違いない。原体験としての鮮烈な印象を差し引いて考えても、アタリのゲームはどれも輝いている。

200/3/19



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