≪T-34≫1942年型・初期生産車両に見られる角形吸気口カバー


■1942年の春以降に戦場に姿を現し始めた“T-34 1942年型”,その中でも初期に生産されたタイプ(以下,便宜上【1942年・初期生産タイプ】と呼称)に於いては,一般的な後の形式とは異なるいくつかの特徴を見出すことが出来る。

それは,『表面に鋳型分割線が縦横に走ったテクスチャを持つ六面砲塔』,『41年型までに一般的な「初期550mm履帯」の装着』,『車体前面機銃の小防盾が未装備』等だが,もうひとつ,

『エンジンルーム上面左右にある吸気口カバーが,通常とは異なっている』ということもポイントとしてあるようだ。

この「吸気口カバー」部品は,T-34 1940年型からT-34-85 まで,若干の形状変化はあるものの,基本的には緩やかな角処理がなされた,恐らくは鋳造製のものである。
(下カラー写真参照。一般的な1942年型の機関室上部)

それに対し【1942年・初期生産タイプ】に見られるものは,カバー前縁が角ばってエッジが立っており,各構成面は平面であるように見える(左拡大写真参照)。
また「異物混入防止用グリル」の上辺左右端部分も,アール処理がされずに単純な直角形状のようだ。
つまり外見上は「何枚かの装甲板を溶接組みして製造した」かのように見える。


■…といっても,そもそも【1942年・初期生産タイプ】自体の写真が少なく,その部分が明瞭に判別できる写真は,今のところ未見。

先に挙げた特徴を持った【1942年・初期生産タイプ】は,時期的に恐らく全て“ウラル戦車工場”で生産された車輌だと思われるが,「角形吸気口カバー」がこのタイプ固有の特徴なのか,それとも例えば同工場で生産された【1941年戦時簡易型】にも見られる装備なのか,その辺もまた不明である。


■不明ばかりだが,ただしヒントはある。

左は,1942年型,それも【先行量産型】の機関室中央部分のカバーである。撮影は2004年5月「パロラ戦車博物館」のストック・ヤードにて。

フィンランドは1942年の4月にこの【先行量産型】を鹵獲,R-155 後に Ps.231-4 の車両番号を与えて使用したのだが,戦中に撮影された同車の写真から,この【先行量産型】でもやはり【1942年・初期生産タイプ】と同様,「角形吸気口カバー」を装着していることが確認できる。

この機関室中央部分のカバーも,一般的な車両では左右の吸気口カバー同様に角が丸みを帯びた形状なのだが,本車ではご覧のように25mm〜50mm程度の装甲板の溶接組みによって製造されている。

残念ながら,左右の吸気口カバーは写っていないのだが,この中央部分が溶接製ということで,吸気口カバーも同様に鋼板の溶接によって作られているといった可能性も高くなったように感ずる。

いずれにせよ極めて限定的な使用に終わったと思われる「角形(溶接製)吸気口カバー」。その登場理由,また廃止理由は何だったのか。今後の資料の発掘と,レストア中の【先行量産型=R-155/Ps.231-4】の完成に期待したい。


※上写真の撮影は『あんてーくし』主宰の「かさぱのす」氏。貴重な写真を提供していただき感謝です。

2004/09/25)


◆ 参考文献 ◆

“グランドパワー1997/09「第二次大戦のソ連軍用車輌」”
“Punaiset panssarit(かさぱのす氏提供)”
“НЕИЗВЕСТНЫЙ Т-34”

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