ジンジャー1999年の動き

1月30日
★98年10月24日の東京・赤坂ブリッツでの模様を収録したワイルドハーツ初の公式ライヴ・アルバム『トーキョウ・スーツ・ミー』がマーキュリーより日本でリリースされる。初回プレス限定として、同年10月22日、25日のブリッツ公演や同年10月26日に東京・ヘヴンズドアで行なわれた、ジンジャーのアコースティック・ギグ(ウィリー・ダウリングと、なぜかジンジャーと一緒に日本に居残ったダニーも参加)の時の様子などを編集したオマケCDが付いていた。

2月
★ジンジャー、ロサンゼルスへ。ロサンゼルスではワイルドハーツの初期の頃をよく知るプロデューサーのリック・ブラウディ氏(他にはファスター・プッシーキャットやキル・フォー・スリルズなどを手掛けている)や、元ワイルドハーツのバム(現在は、奥様である元ヴィクセンのシェア<b> 、元ファスター・プッシーキャットのエリック・ステイシー<b> 、ブレント・マスカット<g> とバブルというバンドで活動中)をはじめ、知人らに会うなどしながら、ソロ・アルバム制作に向けてのミュージシャン・ネットワークを作り、実際にロサンゼルスのミュージシャン達とリハーサルも行なっている。

2月19日
★ジンジャーとドレゲンのライヴ写真が表紙になっている『メタリオン7』(バーン・コーポレーション刊)発売。

3月
★“ドリーミング・イン・A”や“チャーチ・オブ・ザ・ブロークン・ハーテッド”の初期ヴァージョン、さらには「自分でも書いたことを全然覚えていない」曲を含む“発見された”ワイルドハーツのデモ・テープなどを編集し、シルヴァージンジャーのホームページを通じてのみ発売するアルバムを作る計画を立てるも、ソロ・アルバムに向けての様々な繁雑作業に、1999年中には実現せず。
★日本では、『ジンジャー・プロジェクト・ナンバー1』という名称のジンジャーの新作EPがリリースされるという話がレコード店などのリリース情報に載るが、これは日本のレコード会社がCD発売を迅速に行なうための作業として行なう“カタログ・ナンバー”と“リリース日程”の先取りが“リリース見込み”、ひいては“リリース決定”と誤解されたもの。
★3月20日付『ケラング!』誌にロサンゼルスで取材したジンジャーのインタビューが、ホルスタイン並みのナイスなお姉さま方と一緒にベッドの上で撮影した写真と共に掲載される。ちなみに、同時期にイギリスの『メタルハマー』誌もロサンゼルス取材のジンジャーのインタビューを掲載したが、こちらは、ジョージ・マイケルが例の“まさしくやってる最中”につかまったトイレの前で撮影された写真が使われている。
★3月31日にロンドンの『LA2』にて行なわれるバックヤード・ベイビーズのコンサートにゲスト出演予定だったジンジャー、「ロサンゼルスでやることがたくさんあって」結局ロンドンには飛ばず。また、アルバム制作前に行なうつもりだったロサンゼルスでのライヴも、ライヴを行なうためにミュージシャンを雇うのに多額の金がかかるため、アルバム完成以降に行なうことに計画変更された。ちなみに、同じ頃、『元ワイルドハーツのジンジャーのバンド』とロサンゼルスでのクラブのライヴ告知で勘違いされてしまったのは、クワイアボーイズにジンジャーの後任として加入したガイ・グリフィンのバンド、グリマー。(苦笑) ついでに、そのライヴでサポートを務めたのはバブルだったそう。

4月下旬
★ロサンゼルスで知り合った、互いに物凄いチープ・トリック・ファンのアレックス・ケイン(元ライフ・セックス&デス)とジンジャーが、かつての英国イースト・ウェストのワイルドハーツ担当A&Rで「ブルシット・ゴーズ・オン」にまで歌われたダンテ・ボヌート氏の新しいレーベル『インファーナル』でリリースされるアコースティック・レコードのレコーディングを行なうためにイギリスに戻る。この作品は、当初、ロサンゼルスからイギリスへ飛ぶ前夜にジンジャーとアレックスとで書いた6曲(“.com Together”“Falling In Bed With You Again”“Sunday Driving On A Thursday Afternoon”“For That Girl, Everything Is Groovy”“She's So Taboo”“There's Always Someone More Fucked Up Than You”)を収録するミニ・アルバムとなる予定だったが、結局計11曲を録音したフルレングス・アルバムとなった。

5月
★ジンジャーとアレックス・ケインのプロジェクトは、クラム・アビュースという名前で、アルバム・タイトルは『ストップ・シンキング』(これはジンジャーが子供の頃に母親からよく言われた言葉だそう)になることが発表される。レコーディングはミルトン・キーンズにある古い屋敷を改造したスタジオで行なわれ、収録される曲の中には、元スパイス・ガールズのジンジャー・スパイスことジェリ・ハリウェルへの支持を表明した“Message To Geri”などがあることも判明。ジンジャーは、ジェリ本人へのレコーディング参加を画策し始めるも、願いは届かず………。
★のちに『インファーナル』からリリースされるコンピレーション・アルバム『アップ・イン・フレームス』に収録されるジンジャー名義の「モーターヴェイト」もこの頃にレコーディングされたものと思われる。

5月29日
★ジンジャー、ロンドン『カシミール・クラブ』で行なわれたタイラのアコースティック・ギグ(サポート・ギタリストはバックヤード・ベイビーズのドレゲン)に姿を現わす。

6月
★クラム・アビュースの2人、クラム・サヴェージことジンジャーとクリント・アビュースことアレックス・ケインが突然来日。目的は、『鋼〜HAGANE』『ドラゴンクエストVI』などを描いている漫画家でありクリエイター(それにワイルドハーツ・ファン)の神崎将臣氏が、ジンジャーに映画『Shogun Cop』用の音楽を依頼したことを受けたもの。この時点で、『ストップ・シンキング』に入る11曲の曲名すべてと内容が明らかになる。彼らは日本で数日を過ごしたあと、ロサンゼルスへ。(この来日時のインタビューは『バーン1999年8月号』に掲載されている)
★クラム・アビュースのイギリス・ツアーの日程(7月19日のチェルトナム『アティック』から8月5日のロンドン『ディングウォールズ』までの15公演)が発表される。当初クラム・アビュースのアルバムの発売は7月12日に予定されていたが、実際は7月19日のツアー初日と同時となった。また、ツアーの合間、数ヵ所でジンジャーにとって初めての『インストア・アピアランス』つまりはレコード店でのサイン会が行なわれることになった。
★さらに、8月8日に富士急ハイランド・コニファーフォレストにて行なわれる『ビューティフル・モンスターズ』にワイルドハーツが再結成して出場することが決定。

7月19日
★クラム・アビュースのアルバム『ストップ・シンキング』発売。ツアーもスタート。顔を白塗りにして黒のアイ・メイクアップを施した彼らのライヴは基本的にA-DATに録音されたバッキング・トラックをバックに2人がギターと歌を載せるというもので、アルバムの中からオペラ調の“Barney Sings The Blues”を除くほとんどが演奏された。

8月1日
★リヴァプールの『ローマックス』で行なわれる予定だったクラム・アビュースのギグが、7月31日にジンジャーがヨークで逮捕されたことにより当日になってキャンセルされた。イギリスのシルヴァージンジャー公式ホームページはその時の模様を次のように伝えている。

8月2日
★ジンジャーとアレックスとタイラは、8月1日のリヴァプール『ローマックス』のライヴが開演直前にキャンセルとなったことを謝罪した。この日のコンサートは、ジンジャーがヨーク市のフルフォード・ロード警察署に留め置かれたことから、残念ながら中止となったもの。彼は日曜日の昼、私服警官と口論になり逮捕された。
 日曜日の事件はこのようにして起こった。午後12時15分頃、バンドを乗せてリヴァプールへ向かうためヨークのホテルの前にヴァンが到着。車はロングフィールド・テラスにあるホテルの前に駐車したが、この道が狭かったため、荷物や機材を積み込む間数分間、車が道をふさぐ結果となった。車に荷物を積み込んでいる間に、後ろから車がやってきてその車の運転手が窓から身を乗り出し「ヴァンをどかしてくれ、通り抜けなきゃならないんだ」と告げた。しかし、バンド側の答に不満をもった運転手は(礼儀正しく「荷物を積んでいるだけだから、2、3分で動く」と答えたのだが)車を降りてジンジャーに近づき、「ヴァンを動かせと言ったんだ。動かさないなら人を使って動かしてやる」と言った。これに対してジンジャーは「運転手はヴァンの後ろにいるし、2、3分で済むから」と答えた。その場にいた彼らはこの運転手を気の短い人間だと考えたが、彼は自分が私服警官であることを明かし、公務中だと告げヴァンを動かすように、と言った。そこで、バンド側はそこまで急いでいるなら50ヤードほど後戻りして別の道を行けばいい、と答え、この時点で警官は道をふさいだかどで全員逮捕すると脅した。ジンジャーは、彼が逮捕すると脅かしたことで自らの権利を侵害していると応戦、結果的に警官を“ナチ野郎”呼ばわりすることとなった。これに対する警官の答は逮捕だった。自分自身も攻撃的な言葉を吐いておきながら、である。ツアー・マネージャーのギグスはその光景が信じられなかった。
「彼はその後今度は全員を逮捕すると脅かしたんだ」不信感いっぱいでギグスが言う。「車の後部座席に座って本を読んでいたタイラまでね。ゴミを投げたっていうんだけど、そんなの嘘さ。俺達はみんな呆然としていたよ。理由がわからなくて。だってそんなに大事な警察の用事なら、そこで15分間もかけて必要のない騒ぎを起こさずに、とっとと後戻りすればいいんだから」 ギグスは警官の名前と連絡先を書き留めたが、彼の相棒はギグスによると「困惑して恥ずかしそう」な顔をし、自分の身分を告げることを拒否した。やがて、それと書かれた警察の車が2台とレッカー車が到着し、ジンジャーは車に乗せられてノース・ヨークシャー警察の司令部があるフルフォード・ロード警察署に連行された。しかし、ジンジャーが警察に住所を告げることが出来なかったため、警察は単純に彼に罰金を課して釈放せず、一晩彼を警察署に留置することとした。ジンジャーはツアー中のミュージシャンなので住居が定まっていないから、サウスシールズの母親の住所を答えたのだが、それでは不足だったのである。ギグス「留置場の警官と電話で話して、ジンジャーと話すことが出来るか、あるいは面会することは可能か?と尋ねたんだ。弁護士は呼んだのか、ジンジャーは俺に連絡が取れるのか、ともね。でも答は面会も話も出来ないというものだった。警察は凄く忙しいって。弁護士も呼ばれていなかったんだよ。そこで俺は警官に頼んで、弁護士を呼べというメッセージをジンジャーに伝えてくれ、と言ったんだ。この時点ではまだリヴァプールのコンサートに間に合うチャンスはあったんだよね。警官は弁護士に関するメッセージは伝える、と言ったんだけど、やってくれなかった。ジンジャーが俺に電話をかけられるようになるまで5時間もかかったんだ。忙しいからってさ。結局5時間後にはコンサートはキャンセルになったよ。ジンジャーが1000ポンド(約20万円)の損害、タイラが400 ポンド(約8万円)の損害だ。俺に電話をかけることが許可されたので、俺は警察署に戻ったんだ。この時点で、地元の弁護士が連絡してきて、既に警察と話をして彼が釈放されるために必要なのはイギリス国内の居住地の住所ではなく、現時点での滞在地の住所だけだ、と告げたんだ。でも、その時点で俺達は既にヨークを離れようとしていたんで、友人の家に滞在していた2人を除くと、これがちょっと難しかった。でも、2、3電話をかけてこの住所が証明されたことで、翌朝11時30分にジンジャーは治安判事のもとへ出頭して釈放されたんだよ。起訴状に書かれた彼の罪状は“耳にしたものに対して攻撃となりうる猥褻あるいは汚いな言語を使用したこと”だった」
 今夜はコンサートが予定されていないので、これ以上この事件がツアーに影響を及ぼすことはないだろう。

8月8日
★再結成ワイルドハーツが『ビューティフル・モンスターズ』のステージに登場。翌9日に同じ会場で行なわれるフェスティヴァルに出演するバックヤード・ベイビーズのニッケ・ボルグを除く3人のメンバーは、「マイ・ベイビー・イズ・ア・ヘッドファック」に掛け声隊で参加。当日のセットリストは次のとおり。ナッシング・エヴァー・チェンジズ・バット・ザ・シューズ/アイ・ウォナゴー・ホエア・ザ・ピープル・ゴー/シック・オブ・ドラッグス/ニタ・ニトロ/アンセム/エヴァローン/サッカーパンチ/29タイムズ・ザ・ペイン/カフェイン・ボム/マイ・ベイビー・イズ・ア・ヘッドファック

8月11日
★もう1日滞在するダニーを除くワイルドハーツ、イギリスに帰国。ジンジャーはロサンゼルスには戻らず、再びロンドンに居を構え、初のソロ・アルバムに向けての準備を本格的に開始する。

9月
★クラム・アビュースが出演予定だった『メタルハマー』主催のフェスティヴァル『ノー・スリープ・ティル・マンデイ』が、諸事情によりキャンセルされる。
★ジンジャーはシルヴァージンジャーのアルバムのためのリハーサルをYO-YO'Sのドラマー、アンディ“ブラッダー”セルウェルと開始。
★この頃からスーパーシット666のミニ・アルバムのリリースが話に上るようになるが、結局1999年中には実現せず。が、『インファーナル』レーベルからのコンピレーション『アップ・イン・フレームス』に「ユー・スメル・カナディアン」が収録されることに。

10月
★ジンジャーは、中旬よりロンドンのスタジオにてシルヴァージンジャーのレコーディングを開始。プロデューサーはカーディアックスのティム・スミス。ジンジャーいわく「俺の夢のすべてが現実となるアルバム」で、「どう聴いてもAC/DCのグルーヴがある“Divine Imperfection”、70年代のグラマラスなギター・スタイルでやった“Girls Are Better Than Boys”……」などなど。

11月19日
★日本で『アップ・イン・フレームス』がトイズファクトリーより発売される。イギリスでは延期に次ぐ延期で、結局発売されたのは11月29日だった。ただし、日本盤とイギリス盤では収録曲が1曲違い、イギリス盤は、日本盤のV8 PACK“Chrome Rider”の替わりにTOILET BOYSの“Deuce”(キッスのカヴァー)が収録されていて、両方とも計22曲収録。

12月
★予定されていたモトリー・クルーのニッキー・シックスの参加はモトリー・クルーのニュー・アルバムのレコーディング準備が始まったためにスケジュールが合わずに実現しなかったが、12月10日、シルヴァージンジャーのレコーディングは無事終了。ジンジャーは、ミックスダウンの始まる1月までしばしの休養に入った。今年彼が休暇先に選んだのはフィリピン。