ささいな恐怖


ゆきだるま



「浩太ー。お母さん、ちょっと買い物に行って来るからー」

 返ってきたのは、生返事だ。まあ無理もない。
 昨日から降り続いた雪は、遊びには十分すぎるほど積もった。
 パパが朝作ってくれた雪だるまに、浩太は夢中なのだ。
 しかし。
 と、若い母親は空を見上げて思う。
 今日はけっこう気温が高くなりそうだ。
 せっかくの雪だるまも、夕方までは持たないだろう。
 浩太はがっかりするだろうけれど、仕方ない。
 ポケモンのお菓子でも買ってきてやろう。

「行って来るからねー」

 もう1度声をかけたが、庭の隅にでんと置かれた雪だるまにむかったまま、

「うーん」

 と、やはり生返事。
 ふふっ、と小さく笑って、母親は買い物に出かけた。



 こうたくんはゆきだるまさんのあたまやからだをペタペタとたたく。
 ごきげんなのだ。

「ゆきだるまさんはちゅめたいねー♪」

 いつもママがしてくれるように、ゆきだるまさんのアタマを
 りょうほうのてのひらではさむ。

「ゆきだるまさんは、おともだちー」

 すぐにたえきれなくなってしまって、ズボンにてのひらをこすりつける。

「こうたくん」

 こうたくんの、てのひらをこすりつけるうごきがとまる。
 かおをあげ、ふしぎそうにキョロキョロする。

「こうたくん」

 やっぱりこうたくんをよぶこえがきこえて、こうたくんはゆきだるまさんをみた。

「ゆきだるまさん?」

「こうたくん、こんにちは」

「……こんにちは」

 ゆきだるまさんがこえをかけてきたので、こうたくんはビックリだ。

「こうたくん、ぼくにさわってつめたくないの?」

「つめたいけど、ゆきだるまさん、すきだよ。ずっといてね♪」

「……ありがとう。でもね、ぼくはもうすぐとけちゃうんだよ」

「どうしてとけちゃうの? ずっといてくれないの?」

「だって、ぼくはゆきでできてるから。ごめんね」

「やだ。ずっといてよ」

「……こうたくんがてつだってくれたら、ぼくはとけなくなれるんだけど」

「うん、いいよー。どうするの?」

「それじゃあ……」

 そういうと、ゆきだるまさんはこうたくんにのしかかってきた。

 こうたくんは、「……あれ?」とおもったが、もうなにもみえなくなった。



 ついあれこれと買い込んでしまい、思いのほか時間がかかってしまった。
 ポケモンチョコで機嫌が直ればいいのだが。
 庭に浩太の姿はなかった。
 雪だるまに飽きたのか……そう思った時、庭を見た時の違和感の原因が分かった。
 雪だるまがない。
 溶けるにしては早すぎるようだが……まあ、そんなものなのかも知れない。

「ただいま、コウちゃん。……あらっ!」

 玄関に入って、思わず声を上げてしまった。
 玄関の上がり口に、浩太の服が脱ぎっぱなしになっている。
 しかも、水浸しだ。バケツでもひっくり返したように、廊下に水がたまっている。
 雪遊びでびしょびしょになったのだろう。困った子だ。
 濡れないように注意して、上がる。

「浩太ー。ちゃんと着替えたのー? 身体フキフキしたー?」

 キッチンやリビングをのぞくが、息子の姿はない。

「浩太ー、どこなのー。……ひやっ!」

 ビックリして、思わず声を上げた。
 足が濡れた感覚に、視線を落とす。
 廊下の水が流れてきたのだ。
 びしょ濡れになった浩太の服から、水が流れ出してくる。
 水だけではない。
 流れてくる水の中に、ピンポン玉が2つ、転がっている。
 ピンポン玉? ……否。
 眼球だ。
 水は、流れているのではない。
 自分に向かって来ているのだ。

 「水」が、聞き慣れた声で、話しかけてきた。







ささいな恐怖