ささいな恐怖


ムカサリの里

(幽怪談大賞応募作)


1.

 医者から戻ると、ポストにハガキが入っていた。
 差出人は、思いがけない人物だった。
 別れた妻の、美那子だ。
 別れてもう1年以上になる。
 不仲だったとか、そういう理由ではなかった。
 ハガキの文面は、久しぶりに一度会えないか、という簡単なものだった。
 別れてから電話1本もなかったのに、突然会いたいというのが、気にはなった。
 壁のカレンダーを見る。
 フリーライターの身分で、現在は仕事をセーブしていることもあり、時間は多少自由になる。
 パソコンを立ち上げ、チケット手配のサイトにアクセスした。

 美那子の実家は山形県の天童市にある。
 山形新幹線で山形まで行き、そこからレンタカーで天童市へ向かった。
 国道13号線を走りつつ、美那子のことを考えた。
 私たちは、どちらかと言えば晩婚だった。
 今どきでは晩婚は珍しいことではないが、お互い「適齢期」と言われる年齢が過ぎていたのは確かであった。
 一緒になったのは、美那子が35歳、私が40歳のときだった。
 結婚当初から、美那子は子供を欲しがった。
 年齢的に、そうのんびりもしていられないということもあっただろう。
 私はと言えば、子供なんてまっぴらであった。だから、受胎期間には、必ず避妊具を用いた。
 欲しい欲しくないと、けっこうやり合った記憶がある。
 そのまま行けば、それが理由で別れていたかも知れない。
 だが、私たちが別れた理由はそれではなかった。
 結婚して3年ほどした頃、美那子が婦人系の病になった。
 子宮筋腫であった。
 不正出血が続いていたらしい。
 検査でそれが判明してから、美那子は1人で何もかも手配した。
 病名告知のときも、私が立ち会うのを断ったほどだ。
 私が避けられていたとか、そういうわけではないと信じたい。
 治療方法は、子宮全摘出。
 子供が欲しい美那子にとって、これが決定打となった。
 退院して数ヶ月した頃、美那子は別れを切り出した。
 子供なんてできなくてもいい、とずいぶん引き留めたのだが、美那子は頑なであった。
 そして美那子は私の家を出、実家がある山形へ戻った。
 ──どういう心境の変化なんだろうな……
 憎み合って別れたわけではなし、トラブルはないはずだった。
 むしろ、お互いまだ未練が残っているとさえ言っていい。……と思う。
 となると、やはり戻るつもりなのだろうか……
 つい、そっちへ連想が飛ぶ。
 夫婦生活も、もちろんごく普通に営んでいたが、それよりも美那子は「ハグ」を好んだ。

「何もしなくていいから、ぎゅっとしてて」

 よく美那子は言ったものだった。
 知らず顔がニヤつくのを、引き締める。
 いい歳をして。

2.

 美那子の実家は、天童市の中心部を少し過ぎたところ、かなり民家がまばらな地域だったと記憶している。
 美那子の実家を訪ねるのは2度目……いや3度目だったか。
 おぼろげな記憶をたどりたどり、車を進めた。
 住居表示と、表札の名だけが頼りであった。
 やがて、うっすらと記憶に残っている家並みになった。
 適当な場所に車を停め、住居表示の番地を追って、ようやく美那子の実家にたどり着いた。
 平屋建て、築数十年と言ったところの、古民家だ。
 巴田、と表札にはある。
 美那子の旧姓である。
 インターホンや呼び鈴のたぐいは見あたらなかった。
 引き戸に手をかけてみると、鍵はかかっていない。
 若干動きの悪い引き戸を開け、中に入る。
 中まで聞こえるだろうかといぶかりつつ、声をかけた。
 「はい」という返事の後に玄関に出てきた小柄な老女は美那子の母親であった。確か七十代半ばぐらいになっているはずだ。父親は、かなり早くに亡くしたと聞いた。

「あ。佐々木さん……」

 美那子の母親──巴田夫人は、私の顔を見て、一瞬言葉を失っていた。

「ごぶさたしております。実は、美那子から、こんな物が届きまして」

 私はそうあいさつしながら、ハガキを巴田夫人に見せた。
 ハガキを見た巴田夫人の目が泳いだ。

「申しわけありません。それは……実は、私が出した物なんです」

「はい?」

 思わず、素っ頓狂な声を出してしまった。

「話すと長くなりますので……どうぞ、中へ」


 巴田邸は、古民家としては小ぶりな部類であろう。
 それでも、十畳以上の部屋がいくつもあり、太い梁がむき出しになっていて、重厚感がにじみ出ている。
 四畳半にも満たない部屋を二つばかり並べて高級マンションとうたっているような街の物件とはえらい違いだ。
 巴田夫人の後に付き、家の奥に進む。着いた部屋は、仏間であった。
 都会のマンションでは絶対に置けないような巨大な仏壇が、そこにあった。
 だが、仏壇に飾られた写真を見た瞬間、仏壇の大きさなど、どうでもよくなっていた。
 仏壇に飾られた写真は、美那子だった。
 結婚する少し前ぐらいの物だろうか。
 なぜここに、美那子の写真が飾られているのだ。
 腹の中が突然、バリウムをカップ数杯も飲んだように重くなった。
 どこからか、美那子がはにかみながら出てくるのではないかなどという薄甘い妄想は消し飛んでいた。

「これは、どういうことなんですか」

 私は、仏壇の前に正座して──と言うより、正確にはへたり込んで、言った。

「美那子は、いつ死んだのですか」

「癌でした」

 巴田夫人は言った。

「こちらに帰ってきていくらもたたないうちに再発しているのがわかりまして……すでに身体のあちこちに転移していまして」

「ちょっと待ってください」

 思わず、私は言っていた。

「再発って、どういうことですか。確かに別れる少し前に美那子は子宮筋腫を患いましたが、子宮筋腫は転移したりするようなものでは」

「そもそも、子宮筋腫ではなかったのです」

 私の言葉を遮って、巴田夫人は言った。

「子宮筋腫ではなく、なんと言いましたか……」

 医学知識に乏しい巴田夫人の説明は今ひとつ要領を得なかったが、要するに美那子は子宮肉腫であったのだという。
 私も婦人病に詳しいわけではないが、子宮肉腫が子宮筋腫と比較してはるかに悪性だというのは、何かで読んで知っていた。
 あれこれ考え合わせると、子宮筋腫と言って子宮全摘したとき、美那子はすでに自分の病気がわかっていたことになる。

「あの子ははっきりとは言っていませんでしたが……佐々木さんにご迷惑がかかると思っていたようで」

 線香に火を点けながら、巴田夫人は言った。
 そういうことも含めての夫婦だろうに……
 思わず口から出かかった言葉を、私は飲み込んだ。
 そこで、ある疑問に思い当たった。

「巴田さん。では、さっきのハガキを巴田さんがお出しになったというのは? 字は美那子のものでしたが」

 巴田夫人はうなずいた。

「こちらに戻って半年ほどした頃でしたか、やはり寂しかったんでしょう。あの子が書きました。ただ、すでにかなり体調が悪くなっていまして、ポストに入れるように頼まれました。ですが、つい出しそびれていまして、そうこうしているうちに……」

 そこまで言って、巴田夫人は目頭を押さえた。
 私はと言うと、美那子の死を未だ納得できないでいた。
 死に目を看取ったのならいざ知らず、来いと言われて来て、来てみたら死にましたなどと言われて、納得できるものではない。

「実はもうひとつ、佐々木さんにおわびすることがあります」

 呆然と仏壇の写真を見る私に、巴田夫人が声をかけた。
 ──おわび?
 巴田夫人の言葉の意味がわかりかねて、私は巴田夫人の方に向き直った。

「おわび、と言いますと……」

「罰当たりなことをしてしまいました……。近くに観音堂がございます。一緒に来ていただけないでしょうか」

「観音堂……ですか」

 そこへ行ってどうしようというのか。
 わけがわからないまま、私は立ち上がった巴田夫人の後に従って、玄関へ向かった。

3.

 巴田夫人は玄関を出てそのまま外へ歩き出した。私も続く。
 舗装されていない地道を歩くこと数分、小さな観音堂に到着した。
 観音堂は古く、あまり手入れもされていないような印象を持った。
 巴田夫人はそのまま、数段ある木の階段を昇って、観音堂に入っていった。
 いったい何があるんだと思いながら、私は巴田夫人の後に続いた。
 観音堂とは言うものの、御本尊らしき像は何もない。やはり第一印象の通り、今はほとんどうち捨てられているに近いようだ。
 だが、私の目を奪ったのは、そんな堂内の様子ではなかった。

 観音堂の中、四面ある壁のすべてに、びっしりとムカサリ絵馬が掲げられていた。

 冥婚という風習がある。
 もともとは大陸から伝えられたものらしいが、現在では主に東北地方でよく行われている風習だ。
 伴侶を得ることなくこの世を去った者を哀れみ、花嫁人形または花婿人形を伴侶に見立て、奉納するのである。
 山形にも同様の風習があるが、ここの場合、奉納されるのは人形ではなく、婚礼姿の「絵」である。
 この「絵」のことを、天童市とその周辺──いや、この場合は旧地名で最上/村山地方と言うべきだろう──では「ムカサリ絵馬」と呼ぶ。
数少ない山形への来訪時、美那子に連れられて山形市内の立石寺に行ったことがある。
 そこで、生まれて初めてムカサリ絵馬の実物を目にした。
 存在は知っていたが、やはり実物を目の前にすると、圧倒された。
 その絵馬が持つ、死者に対する「想い」に圧倒されるのだ。

「でも、私はあまり好きじゃないんだけどね」

「どうして。気味悪い?」

「と言うか、この絵馬を奉納した人の想いが強烈すぎて。気持ちはわかるけど、たぶん、成仏を願うなんていう、生やさしい想いじゃないと思うの」

 美那子はそう言っていたのだが、そのときの私は、単純に心打たれたものであった。

 ここは違った。
 この観音堂に奉納されている絵馬は、以前私が立石寺で見た物より、はるかに想いが濃密であるように思えた。観光や単なる参拝で来る人間が少ない分、ここに絵馬を奉納しようとする者は、「本気度」が高いということなのかも知れない。
 奉納?
 実際は、こっそりと持ってきて、堂内に掲げているのではなかろうか。
 なるほど、ここのような物だったら、美那子が言っていたように、「強烈すぎる」と感じるのも無理はない。
 自宅からほんの数分の場所にあるここに私を案内しなかったのも、この堂内に充満する怨念が強烈すぎるからだったのだろう。
 絵馬の迫力に圧倒されていた私だったが、ふと気づくと、巴田夫人が堂内に掲げられた絵馬のひとつをはずそうとしていた。

「何をされているんです?」

「おわびしたいことというのは、これです」

 巴田夫人は、はずした絵馬を私に差し出した。
 何も考えずすなおに受け取ってその絵馬を見た私は、目をむいた。
 絵馬そのものは、今まで見た物と同じだ。
 おそらくは専門の絵師が描いた物なのだろう。
 問題は、そこに書かれた名前であった。
 花嫁の横に書かれた名前は、美那子の名前だった。巴田美那子。
 そして、花婿の横に書かれた名前は、佐々木邦彦。
 ──私であった。



4.

 巴田邸に戻り、夫人が淹れた茶をすすりながら、話を聞くことになった。
 独りで死んだ美那子を不憫に思い、巴田夫人がムカサリ絵馬専門の絵師に頼み、美那子のためのムカサリ絵馬を描かせたのだという。
 絵馬が完成した後、巴田夫人が花婿側に私の名を書き加え、観音堂に奉納したのだ。
 うすうす察してはいたが、やはり気持ちのいいものではない。だからといって、巴田夫人の気持ちも痛いほどわかるので、怒るわけにもいかなかった。

「娘のことを想うあまりとはいえ、情けないことをいたしました。申しわけありません」

 巴田夫人は、畳にこすりつけんばかりに、頭を下げた。
 私としては、「まあまあ。そうお気になさらずに」と言うしかなかった。

 結局、その日は巴田邸に泊まることになってしまった。
 日帰りのつもりでいたのだが、「美那子も喜びますので」という巴田 夫人の言葉をむげにするのも気が引けて、帰宅は明日に延ばすことにした。

 夜。
 巴田夫人の手料理が膳に並んだ。
 私の前にだけ料理が並べられ、巴田夫人は台所と食卓とをかいがいしく往復した。
 どこか天童市内の店にでも、と提案したのだが、巴田夫人は「せっかく来ていただいたのだから」と、あっという間に作ってしまった。
 「間に合わせの物ばかりで……」と巴田夫人は恐縮したが、とんでもない。
 素朴な家庭料理には違いないが、決して手を抜いてはいない、それなりに手間のかかる料理ばかりであった。
 ご飯は、山芋の芽の「ムカゴ」を炊き込んだ、ムカゴご飯。
 そう言えば、美那子はこれが好きで、たまに作っていた。
 八百屋などでムカゴを見つけたときは、喜んで買っていたものだ。
 箸休めの小鉢は、山形名産の食用菊「もってのほか」をさっと湯通しし、甘酢で味付けした物。
 これも美那子の好物だ。
 東京では「もってのほか」が手に入りにくく、美那子はいつも不満をこぼしていた。

「菊の花、売ってるの見たけどな」

「あれはお刺身の飾り。『もってのほか』は飾りじゃなくて素材だから」

 椀物は、椀物と言うには具だくさんな、「芋煮」だ。
 全国ニュースでも、山形の各地で行われる「芋煮会」の様子がよく流れている。

「お酒はいかがですか」

 巴田夫人が日本酒を勧めてきた。

「実はここしばらく、酒は控えているのですが……まあ、少しだけ」

 味と香りから判断して、酒は「出羽桜」の純米大吟醸と見た。
 美那子は大して飲めなかったが、この出羽桜だけはお気に入りで、時々晩酌に上ったものだった。

 美那子の好きな物……。

 一瞬、箸の動きが止まった。
 もっと早く気づくべきであった。
 食卓に並べられているのは、美那子が好きな物ばかりであった。
 この家は、美那子がまだ生きているものとして動いている。
 この家の中では、美那子は生きているのだ。

「お代わりはいかがですか?」

 食卓をはさんで私の向かいに座った巴田夫人は、微笑みながら言った。

「お風呂も沸いています。お食事が終わりましたら、お入り下さい。その間に、お床を延べておきます」

 さらに笑った。

「じきに美那子も戻りますので。今日はゆっくりしていってください」


 眠れるわけがなかった。
 娘を亡くしたことを理解していないとしか思えない、ゆっくりと壊れつつある老女と同じ屋根の下にいて、そう簡単に眠れるわけがない。
 もしかすると、私はここへ来るべきではなかったのではないか。
 巴田夫人は、私の名前を記入したムカサリ絵馬を奉納した。
 娘の成仏を願って、と言えば聞こえはいいが、要するに私の死を願っているのと変わりない。
 だとすれば、私の来訪はムカサリ絵馬に託した祈りが無駄だったことの証明で、巴田夫人にとってそれはかなりのショックだったのではないか。
 食べたあとで心配したところで意味はないが、今さらながら、毒のひとつも盛られていなかったか気になった。
 腹をさすってみる。
 胃の具合が悪いのは昨日今日始まったことではないが、とりあえず今のところは急激な異状はないようだ。

5.

 寝床の中で何度となく寝返りを打っていたが、そのうち眠ってしまっていたようだ。
 ガタ、とふすまが開けられる気配がして、ふっと目覚めた。
 巴田夫人が、静かに入ってきた。
 私の枕元から少し離れたところに正座する。
 巴田夫人は数瞬の間うつむいていたが、やがて言った。

「ムカサリ絵馬はだめでした……」

 私は寝床の中にいたまま、それを聞いていた。
 身体が動かないのだった。

「絵馬を奉納して、お百度も踏んだのですが……無駄でした」

 ぼそぼそと、巴田夫人は私が寝入る直前に考えていたことを言った。

「このままでは、美那子は成仏できません。ですから、佐々木さん……申しわけありませんが、美那子のために、死んでやってください」

 巴田夫人は、右手に包丁を持っていた。

 やはりそうなるか……

 横になった状態のまま、私は思っていた。
 ここに至っても、まだ身体が動かない。
 それでも、巴田夫人の動きがわかる。
 初めて経験するが、これが「金縛り」という現象なのか。
 巴田夫人は膝を進め、私のすぐそばまでやってきた。
 右手の包丁を逆手に持ち直し、高く振り上げた。
 そのまま振り下ろせば、巴田夫人の願いは成就するわけだ。
 それもまあいいか……
 あきらめとも違う、言いようのない感情が浮かんだ。
 そのときであった。

「おかあさん。もうやめて」

 声と同時に、振り上げた巴田夫人の手を、何者かがつかんだ。
 包丁を持つ巴田夫人の手を背後からつかんだのは──美那子であった。
 いつの間にか、巴田夫人の後ろに、美那子が立っていた。

「美那子……!」

 振り向いた巴田夫人は、狼狽した声を上げた。

「おまえ、どうして……!」

「おかあさん。もういいの。ここに帰ってきたのは私のわがままでやったことだし、病気は誰のせいでもないの」

 美那子は悲しげな顔で言い、つかんだ右手を引いて、巴田夫人を立ち上がらせた。

「行きましょう。もう邦彦さんに迷惑をかけないで」

 美那子は巴田夫人を伴い、部屋を出た。
 ふすまを閉じる直前、美那子はちらりと私を振り向いた。
 ふすまが閉じられた。
 部屋に静寂が戻った。

6.

 普通に朝が来て、私は寝床の中で目覚めていた。
 どこにも痛みは感じないし、立ち上がった私のそばに、血まみれで横たわっている私の死体があるわけでもない。
 要するに、昨日の「あれ」は夢だったようだ。
 情けない話だ。
 やはり美那子の死や自分の名前が書き込まれたムカサリ絵馬で、動揺していたのだろう。
 早々に、ここを失礼しよう。
 美那子への香典なりなんなりは、戻ってから改めてやらせてもらうことにしよう。
 それしか、今の私にはできることはない。
 服を着て、仏間へ続くふすま──昨夜、金縛りに遭っているときに巴田夫人が入ってきた──を開いた。

 仏壇の前に、巴田夫人がつっぷしていた。

 一瞬、仏壇の前で眠ってしまっているのかと思ったが、巴田夫人を中心にして、部屋の半分程度まで広がっている赤黒い液体が、そうではないことを語っていた。
 赤黒い液体は、巴田夫人の身体の下、胸のあたりから流れ出していた。
 何か、刃物で自分の胸を刺したものと思われた。昨日の金縛りのときに見た包丁を連想した。

「巴田さん……」

 さすがに絶句して、それ以上言葉が続かなかった。

「あなた……」

 声がして、私は仏壇の前で絶命している巴田夫人のそばに立っている人物に気づいた。
 美那子だった。
 サマーセーターに、膝丈ぐらいのスカート。
 一緒だった頃は、そういう姿をしていることが多かったように思う。

「母が、ご迷惑をおかけしました」

 そう言って、頭を深々と下げた。

「やっぱり生きていたのか……」

 危なくそう口走るところだった。
 そんなはずはない。
 そんなはずはないのだった。

「君は、本当に死んだのか」

 だがしかし、私はそう聞かずにはいられなかった。
 美那子は寂しげに笑ってうなずき、私の問いを肯定した。

「昨日の、その、あれは……本当にあったことなのか」

 再び、美那子はうなずいた。

「母はどうしてもムカサリ絵馬の願を成就させたかったようでした。それで、思いあまってああいうことを……。でも、邦彦さんを死なせるわけにはいきませんでした。それで」

 美那子は言いよどんだ。
 それで、巴田夫人をああいう風にした、ということなのだろうか。

「もういい」

 私は手を伸ばして美那子の両肩をつかみ、引き寄せた。

「あ」

 美那子が小さく声を上げた。
 私は美那子を「ハグ」した。
 私の腕の中に、美那子は確かに存在していた。
 生きているとしか思えなかった。
 美那子もまた、昔のように、私の背に腕を回した。
 そのまま、どれぐらいそうしていただろう。

「俺もそっちへ行こうか?」

 私は美那子の耳元で言った。
 美那子の身体が、びくん、と動いた。
 顔を上げ、私の顔を見つめる。
 驚いたような目をしていた。

「お前さえよければ、俺もそっちへ行こうか、って言ってるんだよ」

「だめ!」

 美那子は数回、しかし激しく頭を左右に振った。

「それは絶対だめ! 邦彦さんは、生きていて!」

 身体を離そうとするのを、懸命に抱きしめた。
 ──が、一瞬で美那子の姿は消え、腕に抱いた風船が割れたように、私の両腕は空を切っていた。
 私はひとりで仏間の中央に立っていた。
 そばにあるのは、仏壇の前につっぷしている巴田夫人だけだった。

「行っちまったか……」

 この世のものでなくなった美那子が、現在の私のことをどれほどわかっていたのかはわからない。
 しかし私は、さほど遠くない将来、美那子に会えるであろうことがわかっていた。
 私の腹の奥に潜んでいる厄介者が、いずれ私と美那子を会わせてくれるだろう。

 さて……それはそれとして、面倒なことになりそうだ。
 警察への事情説明は、かなり時間がかかるだろう。
 まあ、それは所詮ささいなことだ。
 それよりも、どうすれば美那子の心を慰めることができるのか。
 今の私に、何がしてやれるのか。
 私にはそのことの方が重要だった。
 部屋の中を見回して、片隅に立てかけられた、「あの」ムカサリ絵馬が目に入った。
 ──その手があったか。

7.

 山形県天童市とその周辺には、ちょっと変わった風習がある。
 伴侶を持つことなく亡くなった人を慰めるため、伴侶とペアの婚礼姿の絵を描き、それを奉納する。
 これを「冥婚」と言い、この絵を「ムカサリ絵馬」と呼ぶ。
 残された遺族の思いがひしひしと胸に迫り、見ていて切なくなる絵馬だ。
 ムカサリ絵馬は市内各地の寺で見ることができるが、ほとんど人が訪れないような寺にも、奉納されていることがある。
 ある種のマニアは、むしろそういう寺を回りたがるかも知れない。
 そういう寺で、もしかしたらそのマニアは、奇妙なムカサリ絵馬を見つけるかも知れない。
 その絵馬には、花嫁花婿両方に名前が書かれてある。
 マニアであれば、ムカサリ絵馬の由来はすでに承知だ。
 だからこそ、その絵馬の奇妙さがわかる。
 それだけであれば、ある種の「呪い」として、納得できるかも知れない。
 だが、マニアをさらに混乱させるのは、その絵馬の中央、花嫁花婿の間に、小さな子供が描かれていることだ。
 さすがのマニアも、そういうムカサリ絵馬を見るのは初めてだ。
 結局、いくら考えてもそのムカサリ絵馬の意図がわからず、マニアは首をひねりながらそこを立ち去ることになる。
 そして考える。

 なぜあんなに幸せそうな表情なのだろう……



ささいな恐怖