ささいな恐怖



 また回想する

 あまり趣味のない私ではあるが、ひとつ、あるにはある。
 牛革を使用して小物を作ることである。
 と言っても、一番大きな物でも携帯ケースぐらいなのだが。
 しょせん我流の趣味。人様にお見せできるような物はない。
 ただ、自分の携帯ストラップに付けるアクセサリー、これは我ながら気に入っていた。
 おかっぱ頭の女の子のシルエットに、「りえぞう」とひらがなで文字を打ったものだ。

 これを気に入った人物が、もう1人いた。
 「めだか」である。
 私が付けているのに気づき、自分も欲しいと言い出した。

「いつでもいいし、デザインはおまかせで♪」

「えー? こんなのでいいのお? やだ恥ずかしいってば」

 そうは言っても、ほめられるとうれしいものだ。

「わかった。いつでもいいんだね。じゃ、催促なしってことで」

「やったー♪」

 私はうそを言ったわけでも、すっぽかすつもりだったわけでもない。
 ただ、元々不精だったのと、たまたまその頃仕事が忙しくなったのとで、ついのびのびになっていたのだ。
 ……でも、やはり何を言ってもいいわけになってしまうだろう。
 結局私は約束を破ってしまった。
 とりあえず完成して、さていつ渡そうかと思っているとき、「めだか」が危篤状態になったのだ。
 そのまま意識は戻らず、「めだか」は亡くなり、私はアクセサリーを渡すタイミングを失ってしまった。

 アクセサリーは、めだかのシルエットになっている。それに、「MEDAKA」と入れた。
 せめて、「めだか」の意識があるうちに手渡したかった。
 それが、悔やまれて悔やまれて悔やまれて悔やまれて、でも、もうどうしようもなかったのだ。

 ネット仲間への連絡、通夜、そして葬儀。
 顔の部分が開いたお棺。
 そこをのぞき込み、それぞれ、最後の別れを告げる。
 「PINK」は泣きじゃくって、最後の別れができる状態ではなかった。
 私も似たような状態だったが、やらないわけにはいかなかった。
 私は、おだやかな顔の「めだか」のそばに、アクセサリーを埋め込んだ。

「間に合わなくて、ゴメン」

 それだけ言って、私はお棺を離れた。

 あのとき、私がアクセサリーをお棺に入れたことなど、誰も知らないはずなのだ。
 それを知っているって、つまり、あんたは。

 
またおいで♪

「なんで偽物のあんたがそんなことを知ってるのよっ!」

 私はモニターを両手でつかみ、顔がくっつくほど近づいて、叫んでいた。

「それってつまりっ、それって」

あんた、本当の「めだか」なのっ?

 そのときの私は、混乱……と言うより、やはりある種の狂気に陥っていたという方がふさわしいと思う。
 聞こえるわけもないのに、私は、モニターの向こうの「めだか」をなじっていた。

「なんでもっと早く出てこないのよっ! みんな、どんなに会いたがっていたかっ!」
「あんたのこと心配して、あんたのこと、掲示板にいっぱいいっぱい書き込んで」
「あんたに会ったこともない人だって、何人も何人も」
「みんな、どんなにあんたのことを思っていたか、あんた、わかってたのっ!」
「だから!」

「だからっ!」

「あんたは死んじゃいけなかったんだよっ!」

 ……どのくらいの時間がたったか、ぐしぐしとしゃくり上げながら、私はモニターから顔を離した。
 ふっと、いつもモニターの隅に常駐させているカレンダーが目に入った。

8月15日。お盆。

「今、お盆……めだかの初盆……だから、戻ってきたわけ? だから、会いに来てくれたわけ……?」

 あまりの律儀さに、笑いがこみ上げてきた。
 笑いながら、涙が止まらなくなっているのにも、気づいていた。

「やっぱあんた、バカだ……お人好しすぎる……」

 笑いながら、泣きながら、もう1度更新ボタンをクリックした。
 「PINK」と「えいこ」さんの、私を心配する書き込みが、それぞれ2度ずつ書き込まれていた。
 それ以後、偽めだか……いや、「めだか」の書き込みはなかった。

 その後、私たちは【めだか’S SCHOOL】のデータを、それぞれのパソコンに移した。
 これで、サイトが閉鎖されても、いつでも【めだか’S SCHOOL】を見ることができる。
 「PINK」と「えいこ」さんは、自分たちもホームページを作ると言っている。
 「PINK」は掲示板を、「えいこ」さんはギャラリーを引き継ぎたいのだと言う。
 それって、いいかも知れない。

 さて私は……今のところ、これといった動きはしていない。
 【めだか’S SCHOOL】を開き、掲示板の過去ログを読んだりしている程度だ。
 生前の「めだか」の書き込みを読み、お盆の間の出来事を思い返して、私は時たま考える。
 もしかしたら、いつかまた、「めだか」がこの中の掲示板に書き込むかも知れない。
 たとえば、こんな風に。

>知らないうちにサイトが無くなっていて、びっくりしたわん♪

 そしたら私は、

>>いらっしゃいませ。お待ちしていましたわん♪

 と、返答してやるつもりでいる。だから、またおいで。





若くして逝ったいさな君と、
彼の人柄を愛したすべての方々に、
本編を捧げます

(推奨BGM:BEGIN「涙(なだ)そうそう)



ささいな恐怖