ささいな恐怖


ボケ老人とテレビ

(あるいは実話になったかも知れない話)



 もう十数年以上前の話。
 十二指腸潰瘍をわずらい、3週間ほど入院したことがあった。
 潰瘍の症状そのものは大したことはなく、治療も朝夕1回ずつ点滴するだけで、あとはひたすら横になっているという、退屈きわまる入院生活だった。
 部屋は3人部屋。
 一人は痔をわずらった50がらみのおっさん。
 もう一人は、脳出血か何かでボケボケになったじいさんだった。
 このじいさんが、ぼけているだけに、タチが悪かった。
 まずやったのが、病室内でのたばこ。
 これはすぐに看護師に見つかって、ここでは吸わないようにと注意された。
 本人はよくわかっていないので、じいさんの奥さんがペコペコ頭を下げていた。

 次に、じいさんは病室内に小さなテレビを持ち込んだ。
 こちらは、特に禁止されてはいない。
 イヤホンで聴くようにして、周りに迷惑にならないようにすれば、許可されていた。
 じいさんは、ベッドの頭の方にある台に、テレビを置いた。
 そちらの壁に、テレビのアンテナ端子とACコンセントがあった。

「この線は、これでいいんですかの」

 じいさんが、横のベッドの私に訊いてきた。
 見ると、左手にACコンセントに差し込む交換用プラグ、右手にはテレビのアンテナ線、いわゆる平行フィーダーを持っていた。
 プラグに平行フィーダーを接続し、それをACコンセントにつなごうとしているのだった。

 平行フィーダー

 交換用のACコンセント

 中はこういう風


 あわてて、やめさせた。
 平行フィーダーはアンテナ端子に、電源プラグ(じいさんが手に持っていた交換用の物ではなく、ちゃんとテレビ本体から出ている正しい方)をACコンセントに接続した。
 スイッチオン。
 なんの問題もなく、画像が出た。
 めでたしめでたしである。
 本職が電気関係の技術職なので、この程度は手間と言うほどもなくできる。
 ──が、このときテレビが正しく映るようにしたことを、すぐに後悔した。

 おそらく、脳出血で倒れる以前から、元々テレビぐらいしか楽しみがなかったのだと思う。
 じいさんは、TVが映るようになると、夜明け前、まだ放送が始まっていない時間帯から、テレビのスイッチを入れるようになった。
 イヤホンを使っているので、爆睡中にいきなり「ザーッ」という雑音が鳴ったりはしない。
 それでも、暗い病室内ではテレビのブラウン管の光はけっこう明るいものだ。
 放送が始まったら始まったで、画面の変化によって明かりがちらちらと変わるものだから、ちょっとしたネオン程度にはうっとおしい。
 じいさんは目が覚めると、まずテレビのスイッチを入れ、イヤホンを耳に差し込んで、テレビの前にぺたんと座り込む。
 正座だったかどうかは、記憶にはない。
 その体勢で、ひたすらテレビウオッチングを続けるのだ。
 ほけてるから仕方がないとはいうものの、こちらの気が立っているときなどは、テレビを頭に叩きつけてやろうかと、半ば本気で思ったりもした。
 いえ、もちろんそんなことはしませんって。

 そんなこんなで、私が先に退院。
 それ以後、じいさんがどうなったかは知らないし、興味もない。
 ただね。
 当初じいさんが間違っていた、アンテナ線の接続。
 あれをそのままにしていたらどうなったかな、なんて、たまに思う。
 アンテナ線に直接ACコンセントからの電気をつないだ場合、おそらくは激しくショートすると思う。
 火花の一つや二つは飛び散るだろう。
 そうなると、じいさんはどうなっただろう。
 またしても脳の血管が切れたかも知れないし、コンセントに接続するときの状況によっては、直接感電したかも知れない。
 要するに、そのまま天国行きになった可能性は大きい。

 残念。もとい、危ないところだった。

 さて、さらに妄想を広げて、間違いを正さずに、そのままじいさんが死んでしまっていたらどうなっていただろうか、などと考えてみる。

 夜明け前。
 なにやらちらちらとした明かりがうっとおしくて、目を覚ます。
「ったく、ボケじじいはどうしようもねえなあ……」
 目を開きかけて、思い出す。
 老人は、接続ミスで感電して、死んだのだと。
 凍り付くような恐怖に身体をこわばらせつつ、薄目をあけて、隣のベッドに目をやる。

 老人がいる。
 生前のように、ぺたんとベッドの上に座って。
 死んだ後に私物は片づけられたから、すでに枕元にテレビはない。
 それでも、そこにテレビがあるかのように、じっと前を見つめている。
 嘘っぱちを教えたこちらに恨み言を言うでもなく、ただ、テレビが置いてあった場所をじっと。

 ……やっぱ怖いね。
 嘘を教えないでよかった♪



ささいな恐怖