ある日、留学生が図書館にやってきて、遠慮がちに云った。
「国の友人からEメールがきて、論文を探してほしいっていうんだけど、相談してもいい?」
留学生自身がかかえる本探しの問題に答えるのがわたしの本来の職務。だが、論文探しの方法を知っておくのは、今後留学生自身のためになるだろう。
わたしがオーケイすると、留学生は喜び、メモをとりだした。
「論文の著者は、Sudake Akiko。論文名は『Giseigo no kenkyu』で、1961年のものだって」。
「漢字はわからないの?」と尋ねると、友人のメールでは、漢字は送れないとのことだった。
で、考える。論文名はたぶん『擬声語の研究』となるのだろう。が、この当時、論文名から検索できるCD−ROMはまだ所有していなかった。
国語に関する論文情報が掲載されている『国語年鑑』で著者名索引を手がかりに探していく方法が、まず頭に浮かぶ。が、「スダケアキコ」という名前に聞き覚えがまるでない。
わざわざ海外の研究者が欲しがる論文の著者が、無名なんてことがありえるだろうか?
とりあえず、1961年発表の論文情報が掲載されている『国語年鑑』をとりだして、著者名索引を見る。
だが、やはり、「スダケアキコ」という名はない。それに「スダケ」という苗字は、いったいどんな漢字をあてるのだろう。「須竹」か「須岳」か。そんなことを考えながら、著者名索引のサ行を眺めていた時、ある名前が視界に飛び込んできた。
その名前は「寿岳章子」。有名な研究者だ。この人の論文を探しているなら、納得できる。
実際には、この名前は「ジュガクアキコ」と読むのだが、もし、そのことを知らなければ「寿岳」を「スダケ」と読んでしまうことはありえるだろう。
索引が示す論文番号の情報を見ると、やはりというべきか、『擬声語の研究』という論文をこの年、寿岳章子は発表している。
その後、確認のために、留学生の友人には改めてファックスしてもらい、論文著者名が「寿岳章子」であることを確認した。
日本語を勉強する外国人にとって、日本人の名前は、やっかいなもののひとつだ。
時折、図書館に、日本人名の辞典を探しにくる留学生がいる。歴史上の人物や著名人を調べるためではなく、普通の日本人名の読み方が知りたいという場合も多い。
難しい姓の読み方を調べる辞典はあるが、名前の方は無理だと説明してもすぐには納得してくれない。
日本以外の多くの国は、すでにある名前や聖人、神様の名前から選ぶという方法をとっていて、日本のように、あれこれ親たちが頭をひねってつくる国はたいへん珍しいようだ。
日本人だってすぐには読めない名前がたくさんあること。日々、名前の種類は増えていくこと。名前にも流行があること。同じ漢字を使っても音訓で読み方がかわること。だからこそ名前を書く書類には、「ふりがな」をつける欄があることを説明してようやく、留学生たちは納得してくれる。
その時の顔は、「なんで、そんなやっかいなことをするんだろう」という、疑問と疲労の入り混じった複雑なものに見える。
そんな時は、心の中で「その気持ちはとってもよくわかる。日本人名の読み方には、図書館関係者はみ〜んな苦労しているのよ」と呟いてしまう。
最近はコンピュータの性能があがり、漢字からでも引けるようになったので、たとえ読み方がわからなくても探し出してくれるようになったが、ひと昔前はカナでしか検索してくれなかったので、データ化する時も、逆に検索する時も大変だった。
公立図書館の館内検索機械は、まだ、漢字から検索できないところもあるが、いずれは解決するだろう。データ化時の苦労も、人名のデータベースが整備されていけば、以前よりはずっと楽になるかもしれない。
ただし、外国人留学生が、日本人の名前の読み方が載っている辞典を探しにきて、がっかりするのは、たぶん、この先もなくなりはしないだろうと思う。
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