本にまつわる、ヨモヤマ話


裏を取る

昔、といっても50年ほど前ぐらいまでのことだが、外国の国名・地名・人名などは今のようにカタカナではなく漢字で表記されることがよくあった。その漢字表記も、今では見慣れぬものばかりである。そのため、その時代の本のデータをつくる時、読みの確認にかなり手間どることがある。

アメリカひとつをとっても「亜米利加」をはじめ、「亜墨利加」「米利堅」「弥利堅」など数種の漢字の形が存在した。また、「瑞典」などは、初めて目にした時は国名とは思えなかった。国名以上に問題なのは、外国人名だ。漢字で書いてあるから、日本人か中国人か韓国人かと思えばさにあらず。「沙翁」「舌克斯畢」は「シェークスピア」のことで、「比斯馬克」「比須麦克」は「ビスマルク」のことだ。が、漢字で書かれると、誰のことだか、ピンとくる人の方が、現在では少数なのではないだろうか。

最初の上司の口癖が「裏を取れ」だった。読み方が判然としないものはしばし保留にして複数の辞典にあたったり、過去の仕事で得た資料を参考にしたりして、読み方の裏が取れてからデータ化した。時間はかかるが、それがデータ作成の当たり前の手順だと教えられた。

自分が教える立場になっていた1994年5月、信じられないような記事が新聞・雑誌に載った。明治期刊行図書のデータベースの索引CD−ROMが商品化されたが、その書名・人名の読みの部分に多数のミスが発見されたというのだ。『出埃及記』を「デアイオヨキ」。「埃及」を「ホコリオヨビ」、「土耳其」を「ツチジソノ」、「伯多大帝」を「ハクタタイテイ」とするなど、 その時点で60件以上のミスが見られたそうだ。

 

正解は、「シュツエジプトキ」「エジプト」

「トルコ」「ピョートルタイテイ」である。

裏をとらずに無理矢理ヨミをつけてしまったためのミスだ。普通なら、そういったミスは、幾度かのチェックの段階で発見されるはずなのだが、どういうわけかすり抜けて、不幸にも商品化されてしまったのだろう。
現在のデータベースは、漢字で検索することもかなりできるようになったが、ほんの数年前まで、検索語は、ローマ字もしくはカタカナでしか受け付けてくれない場合の方が多かった。だから、読み方を間違えるということは大問題で、欠陥商品として報じられてしまったのだろう。その記事を目にした時、もし、自分が関わった仕事だったらと想像して正直ぞっとし、また自問もした。 「裏の取り方」の指導は充分か、効率を優先するあまり、チェックが甘くなってはいやしないか、と。

その時の新聞記事は、「裏を取る」ことの大切さを説くものとして、今も手元に残してある。

さて、こうした漢字の読みを調べるのに興味がでた方(いるのかしら?)の参考のために、いくつか本を紹介しておこう。
といっても、ある程度の国名ならば、漢字の中辞典でもなんとかなる。「瑞典」も「埃及」も、『漢語林 新版』大修館書店(平成6年)には載っていた。
また、村石利夫編著『難読難解日本語実用辞典』第一法規出版(1988年)は漢字の総画数からも引けるので、初心者の方でも使いやすいのではないかと思う。ただ、国名の漢字表記は、トルコは「土耳古」と「土耳其」など複数存在する場合もあるのだが、これ1冊ではそこまでは確認できない。それ以上を求める方は、佐藤喜代治ほか編『漢字百科大事典』明治書院(1996年)をもよりの図書館で探してみてください。

外国語の漢字表記について詳しく紹介しているところ(p1204〜1263)があって、基礎知識を仕入れるのには適していると思う。ただし、大変高価な本なので個人購入はおすすめできない。また、この本は国名・人名のカタカナ形から漢字表記形を探すことは可能だが、漢字の画数から国名・人名を検索することはできない。

追記(2000.5.23)

かなり参考になりそうな本を見つけたので、ご報告。
『宛字外来語辞典』柏書房(1979)は収録語も多く、漢字の総画数からも引ける。
また、人名・地名索引から、漢字表記の割れを確認することも可能だ。



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