虫日記 平成21年 前期





平成21年2月3日 雑記 もう一つの虫(VW Bug)趣味 その二

開いた穴から大量のゴミや錆


放置されていた屋根の錆に処置


純正ジャッキ・ポイント


ミッション上辺りボディ後部裏
ショップに入院中の Oval
いい加減な処置や補修が満載
引越しとVWに纏わる諸々の作業と手続きで、悉く私的な時間が潰れている。増してや最近は風邪やインフルエンザが家族から私へ、私から家族へ、子供から妻へといった具合に、トランプの婆抜きゲームのように家庭内で疫病が蔓延して止まない。お陰で忙しないやら身体が動かないやら、常に慌しい日々を送っている。
虫の話題はとても少ない。成虫も幼虫も冬眠中なので当たり前といえば当たり前の話だが、まるで虫を構っておらず、放置状態に近いと言うのも事実だ。但し、去年の冬にリュウキュウコクワの越冬成虫を何匹か纏めて乾燥死させてしまった失敗を教訓に、半月程前に越冬成虫容器の湿気確認をしておいた。全て問題なさそうだったから、今年も春先から大量の成虫と幼虫の世話が小生の日程を煽り立てる事だろう。

'56年式Oval の専門ショップでの修理は1月21日迄掛かって、入手後1 ヶ月を経て漸くOvalが我が家に来る事になった。修理代は…聞いて吃驚…もう1台車が買えてしまう…全然お買い得なOval じゃなくなってしまった。何はともあれ約12年振りに自分のVW を運転する生活に漕ぎ着けたのだ。懐かしい感覚が蘇った。言葉にし尽くせない。現代の車の方がよっぽど快適に走れるのだが、小生にとっては、VWの魅力はそれを差し引いても有り余っている。運転して楽しいと感じさせてくれる車を、現代車の中から選べと言われると、きっととても数が少ないんじゃないだろうか。加速がどうのとか、エンジンの馬力とトルクがどうとか、フル装備がどうとか、豪華装備がどうたらこうたらとか、新車から何年落ちだとか、そんな事は小生にとってはどうでもいい事だ。運転して楽しい車、所有して嬉しい車がいい。純粋に単純明快な要求だ。
名義変更は2月28日に自分で陸運局に行って済ませた。風邪を引いていて熱があったが、その日しか平日に行ける日がなかったので根性でやり遂げた。そうでなければ、書類や手続きは既に全部済ませて、後は車本体待ちの状態だったので、車庫証明は取得してから1ヶ月で期限切れになってしまう為、もう一度車庫証明を取らなければいけなくなってしまう。大きな損失と手間になるのだ。
新しいナンバーは成田ナンバーになった。ナンバーには全く拘りはないのだが、以前はこの地域は千葉ナンバーだったので少々面食らった。成田ナンバーは新しくてまだ余り見かけないので少し得した気分だ。これで晴れて名実共に'56年式Oval が小生の所有物となったのである。
しかし、放置された傷や錆があちこちにあったり、至る所でいい加減な処置が施されて似非Cal look になっている個体である。その上自走出来なかった訳で、かなりヘタレな扱いを受けていた事を意味している。 (写真に示したヘタレな部分はほんの氷山の一角) 車検が残っていたのが不思議な位だ。重症で修理に緊急を要する場所は運転席側Aピラー根元が腐って穴が開いている部分だ。タイヤ・ハウス内にも直径 2cm 程度の穴が開いていて運転席側Aピラー根元に繋がっている。どうやらこれが原因でAピラー根元が腐ったようだ。救いは、この重症箇所を除けば、シャシーもボディーもクラッシック・カーとしてはとてもしっかりしているし、更にはエンジン及びミッションらの機関も好調な事だ。だから時間を掛けてゆっくりと自分で内外装を仕上げて行けるだろうと考えている。それがこの車を入手した理由でもある。
車高とエンジンを含む運動性能に係わる部分以外は、オリジナルに近い状態に戻そうと画策している。クラッシック・カーはそれが格好いいと考えているし、そうする事でその時代に敬意を払いたいとも考えている。その時代なりの必然性から生まれた機能美を尊重したい。


以下は広辞苑からの引用だ。去年の引用を使い回し。
せつ‐ぶん【節分】
(セチブンとも)
季節の移り変る時、すなわち立春・立夏・立秋・立冬の前日の称。
特に立春の前日の称。この日の夕暮、柊ひいらぎの枝に鰯いわしの頭を刺したものを戸口に立て、鬼打豆と称して炒いった大豆をまく習慣がある。<(季)冬>。
りっ‐しゅん【立春】
二十四節気の一。太陽の黄経が315度の時。春の始め、太陽暦の2月4日頃。<(季)春>。
いい加減なモールパテ埋め似非cal
ヒーター調節不能



平成21年2月12日 VW (もう一つの虫趣味) フード・ケーブル

いい加減なオールペンの痕
錆びたフード・ケーブル
新旧フード・ケーブル
インフルエンザが重くなって、先日の土日 (7日と8日 ) が丁度休みで、それを挟んでその前後金曜と月曜の仕事を休んでしまった。先週の木曜夜半から身体がきつくなってそれから4日間は動けない状態であった。予防接種を受けていたのと発病後のタミフル服用のお陰で驚く程早期に仕事復活となった。それにしても、インフルエンザの症状は強くてきつかった。医療が行き届いていないような国や地域で死者が出るのも頷ける。

入手前からフロント・フードの閉まりが悪くてキャッチ部で見えているケーブルも錆が酷い状態だった。だから、ケーブルが切れてフロント・フードが開かなくなるのを恐れて、フロント・フードを閉める際にはロックを掛けずに置くだけにしていた。それ故に、防犯と精神衛生の面からとても良くない日々が続いていたのだ。海外から注文していた部品数点が数日前に届いており、夜勤前の日中が晴天に恵まれたので、フロント・フード・リリース・ケーブルの交換作業を実施した。

フード・ケーブルを外すのには、キャッチ側のネジを外して開放すれば、運転席側からノブごと引き抜く事が可能だ。取り出したケーブル全体を観察するが、キャッチ側で酷く錆びていた部分は磨けば直ぐに綺麗になったし、強度も問題なさそうだった。せっかく用意した新品部品は、よく見比べると、ノブ部分の質感がかなり落ちる品物だ。生産国を見るとブラジル製であった。「やっぱりなぁ、メキシコかブラジルだと思った」とやけに納得した。古い方の部品はノブが黒いと思っていたのが引き抜いてみると元はアイボリーだった事が判明。古い方の元の質感は良好なので、スプレーで色を塗り直してキャッチ側の方はHolts のサビチェンジャー(錆び止め剤) を塗って元通りに設置した。以前の開閉動作そのものも悪かったのでキャッチ部分の具合も調整してフードの開閉がうまく機能するようにした。
ステアリング・コラムが本来ならアイボリーなのがボディと同色の黒になっていたので、最初からいい加減なオールペンが施されていたのを承知していたが、フード・ケーブル・ノブまでアイボリーが黒になっていたのには気付かなかった。ステアリング・コラムがボディと同色にされているかどうかは、いい加減なオールペンが施されたかどうかの小生の個人的な物差しの一つになっている。小生のオーバルの場合はボディ色が黒なので、元々のVWのノブ類が黒というのもアリなのが奏功してか、小生のオーバルのいい加減なオールペンは、そのいい加減の度合いは幾らか和らいでいるのが不幸中の幸いだ。これが赤とかペパー・ミントみたいな明るい色だと、手抜きのオールペンが施されているとその粗が目立ってどうしようもない。小生のオーバルは現在色が黒なのだが、その前にもいい加減なオールペンで、この年式の純正色の一つであるコーラル・レッドに似たピンクのような色になっていたのが、いい加減なオールペンが繰り返されていた為に判明している。
黒が特別に好きな訳ではないが、クラッシック・カーに黒は無難にサマになる色ではあるし、補修する際には色合わせに苦労しない利点も兼ね備えている。



平成21年2月15日 雑記 春一番

気象庁によれば、13日に九州、中国、四国、北陸、関東地方で春一番が吹いたようだ。関東では過去10年間で最も早く、昨年より10日早いそうだ。12日の深夜から13日の早朝にかけて激しい風が吹き荒れていたので、これが春一番だったのだろう。続いて14日の日中は日本各地でとても暖かく、6月並みという夏日になった場所が何箇所かあったようだ。
今期の冬は一度も雪が積もらないで終わってしまうのだろうか。年に1 度位は雪景色を見たいものだ。初霜が早かったり、連日で氷が張っていたりしていた割には、雪が積もる事もなく早々と春になってしまうのだろうか。

昨日は妻と子供がチョコレートを作ったが、皆で出掛けて帰宅が深夜だったので、チョコレートを食べるのは今日迄お預けであった。可愛い餓鬼共は「お父さんにチョコレートをあける」と言いながらも、小生よりも沢山チョコレートを食べていた。
今日は空いた時間があったので、幼虫の餌交換を予定していたのだが、交換必要、不要の選別をしたのみで、昨日のお出掛けの疲れが取れずに殆ど寝て過ごしてしまった。餌交換が必要な幼虫の瓶が増えただけだった。気温が上がってきたので時間をみて早めに交換してやりたいと考えている。あと1ヶ月もすると、飼育中の越冬成虫が活動し始めるだろう。そういう時期になって来た。


以下は広辞苑からの引用だ。去年の引用を使い回し。
はる‐いちばん【春一番】
立春後、はじめて吹く強い南寄りの風。はるいち。<(季)春>。
お手製チョコレート



平成21年2月21日 VW 廃車

自分で陸運局へ行って '64年式ビートルを廃車した。廃車と云うと一般の人には解体屋で鉄屑にするのだと受け取ると思うが、小生がやったのは一時抹消登録と云う奴だ。自動車業界では廃車 (一時抹消登録 ) と解体(永久抹消登録 = 鉄屑にしてしまう事 ) を区別している。一時抹消登録をしておくと、後にまた車検を取って復活させる事が出来る。その間は自動車税が掛からないのだ。書類付きで '64年式ビートルはいつでも売れる状態になった。後は買い手を探すだけだ。東京オリンピックが開催された昭和39年当時から日本の道を走っていた貴重な一台だ。ばらばらにして部品取りにはせずにレストアして復活させてくれる人が見付かると嬉しい。復活させるには、ボディとシャシーを分離するパン・オフ・レストレーションが必須と考えているので、それなりの資金が必要なのが悩みの種だ。
今のところヤナセ物(ディーラー車 ) なのか並行輸入物なのかは定かではないが、調べる方法がない訳ではない。勿論、ヤナセ・プレートが見当たらないから言ってる訳で、何はともあれ、昭和39年の新車当時から日本にある貴重な車だ。

'56年式Oval をいじっていたら、漸く本来の純正色が露出しているらしき場所を発見した。リア・デッキ・リッド(リア・フード ) を開けてエンジン・ルームを検分していたところ、リア・デッキ・リッド付け根のヒンジ部の塗装がいい加減だったのかやれたのか禿げ禿げで、黒とコーラル・レッドに似たピンクのような色、そして、現代の塗装色で云うシャンペーン・メタのような色の3 色が入り乱れていたのだ。クラッシック・カーをオールペン又はレストアする場合には、余りメタリック系の色は使わないと考えられる。それはメタリック系はクラッシック・カーらしくない色であるのと、塗料の値段と手間が掛かるのが理由ではないか。従って、後から塗るのが面倒なシャンペーン・メタが新車時本来の色だった可能性が非常に高い。面倒な事をわざわざ後からする事は少ないからだ。
実際にこのシャンペーン・メタは、L412 Diamantgrun (for export) ダイヤモンド・グリーンと云う純正色として '56年〜'57 年に存在した。'55年8月5日に戦後生産累計100万台目のビートルがライン・オフした。このビートルの色がゴールド(ダイヤモンド・グリーン ? 記念車だけ本物のゴールド ? ) で、記念車の実物はドイツ本国の博物館で現在も展示されている。小生の '56年式 Oval の生産と近似年月日なのも説得力がある。
ドイツ本社の出生証明の手続きをすれば新車当時の装備や出荷状況が調べられるが、大方は判明しているのでその方法は最後の手段という事でとっておこうと思う。前述の '64年式ビートルがヤナセ物かどうかもこの方法で調べる事が可能だ。
因みにL351 Korallenrot (for export) コーラル・レッドは、'56年〜'58 年の輸出向けモデルの純正色の一つだ。
現在の '64年式


ダイヤモンド・グリーンの Oval


ダイヤモンド・グリーンの Ovalの内装
Oval のリア・デッキ裏側ヒンジ部



平成21年2月24日 VW 屋根付き車庫

半世紀以上も落ちた骨董品を雨曝しにしておくには余りにも忍びないので屋根を付けた。車庫に屋根を付ける方法には色々あるが、熟考の結果、我が家の状況で予算と実用に最も見合う方法は、最近流行りのアルミ製骨組みにポリカーボネイトのパネルを組み合わせた簡易車庫を、家の脇にテラス風に設置する方法だ。これなら只車を仕舞っておく目的だけでなく、テラスの中に置くように子供の遊具も家の壁際に仕舞えるので一石二鳥になる。とても広々としたコンクリート車庫が新しい柱で二分されてしまう格好になってしまう不利益が生じるが、妻とは真摯で( ? ) 激しい家族会議の末、こうする事の利益が不利益を上回ると云う考えで合意した。
屋根の設置に当たっては、小生としては、Oval を雨曝しにさせない事が第一の目的であったが、それなりの買い物に家族の同意を得る為に、子供の遊具も仕舞えると云うこじつけらしき誘い文句に、少なからず下心があったと云う事に 100% は否定しない。だから、屋根を選ぶ際には何が何でもテラス風には拘った。どれにしようかあれこれ悩んでいた時期に、テラスのようにならなくても良いと妻に言われてはいたが、そこまで寛大な家族に対して良心の呵責が全くなくもなかったのだ。
組み立て施工工事に4 万円近く掛かるので、自分でやろうと試行錯誤したのだが、どうしても既に打ってあるコンクリートを削る自信が持てなかった。だから業者に全てを任せた。出来栄えは上々なので業者に任せて正解だった。

今後は強風で屋根と柱が吹っ飛ばない事を祈るのみだ。さぁ、湿気だらけの日本の気候よ、我がOval にかかって来給え。
テラス風の屋根

今日も昨日も明日も雨雨雨



平成21年2月25日 VW ホイールの手入れ

本物の虫はそっちのけでVW の話題ばかりになっている。それで今日もVW ネタ。
昨日頼んでいたタイヤが入庫したと云う知らせをタイヤ屋から受けたので、意気揚々としてそのタイヤを履かせるPorsche 911 レプリカ・ホイール (Fuchs ) を軽に積んでタイヤ屋に出向いた。
先に来ていたお客さんが終わって小生のタイヤ・ホイールの番になり、待つ事数十分、なかなか組み付け作業完了の知らせが来ず、一緒に待っていた長男には聊か気の毒であった。店員さんが何やら怪訝な顔で小生を呼びに来たので、恐る恐る作業場へ行ってみると、ホイールのタイヤが当たる面が荒い為、空気漏れが激しくて使えないと云う説明を受けた。空気漏れせずに使えるホイールはたったの1 本だった。ビニールを被せていたものの殆ど雨曝し状態の時期が何年かあったので、そんないい加減な扱いが祟ったに違いない。タイヤが当たる面のアルミが腐蝕して凸凹ざらざらになってしまったのだ。アルミは錆びないしタイヤはゴムなので大丈夫だろうとは朧気に考えていたのだが、現実は甘くはなかった。使えないなんて夢にも思っていなかった。表の見える面だけは熱心に磨いたり、再塗装したりと、浅はかだった。
店員さんはワイヤー・ブラシで荒い面を磨いてまで組み付け作業に苦闘してくれていたのだった。店員さんには大変に迷惑をかけた。タイヤを返品するのか、わざわざ店頭にないタイヤを注文したので取り敢えず買うのか、どうにか対処法はないのか店員さんと話した結果、タイヤ・シーリング剤が使えるかも知れないと店員さんに提案された。恐らく、店員さんはこの道のプロなので最初からこの方法を考えてはいただろうが、職業柄、安全面で不安の残る対処法なので、直ぐには話さなかったのだろう。それに仮に今は良くても、長期的に耐久性で見てタイヤ・シーリング剤で解決されるかどうかも不確実だ。

そんな経緯があるので、自分でツートンに塗装を施したストック・ホイールにも空気漏れの可能性が考えられた。最近は雨天ばかりだったので、ストック・ホイールの準備は間に合わず、今回のタイヤ装着は見送っていた。塗装後未使用ながら5 年の歳月が経っていた為、若干の浮き錆びや塗装剥がれが見られる部分があり、再仕上げが必要であった。この内スペア・タイヤ用の1 本だけは元々激しい腐りがあって補修してあったのが (小生が自分で腐らせたかも ? 失念した )、5 年でまた浮き錆びがあちこちに出て来たので、補修と塗装を完全にやり直さなければならなくなっていた。こういう時にはプロのサンド・ブラストが欲しいところであるが、そんな機械を持ち合わせている訳がないので、手作業でこつこつやるしかない。タイヤの当たり面は激しく凸凹になっている部分があるので、ホイールを1 周するように当たり面の両面をグラインダーで磨いた。スペア・タイヤ用以外の4 本は当たり面をサンド・ペーパーで手磨きした。後は、スペア・タイヤ用を再塗装前にパテで面出しをして、それから纏めて5 本をそれぞれ部分的に再塗装する必要がある。
タイヤを履く為の面磨き



平成21年2月28日 VW 助手席側ドア周りの防錆処理

内外装共にあちこち手を施す必要のある所が沢山控えており、休日に晴れていれば手を余す暇はない。最近は皮肉にも雨降りばかりの日が続いており、特に小生の休日には狙ったように雨が降っている。そんな状況下で、今日は珍しく快晴になってくれた。優先順位を考えて先ずはドア周りに防錆処理を施す事にした。今日は助手席側で、運転席側は後日とする。

両側のランニング・ボードを外し、助手席側ドアのウェザー・ストリップ (ゴム ) を錆びが出ている腰下辺りから外して作業した。所々で錆びが出ているものの、幸いにして鉄板が腐り落ちるような場所はなかった。改めて日本に輸入される前にこのVW が過ごしていた、乾燥したかの地の気候が羨ましく感じられた。
ランニング・ボードが除けられて現れたサイド・シル外側で、塗装が浮いている場所が散見された。塗装はマイナス・ドライバーで抉って簡単に剥がれた。特にバナナの皮を剥ぐようにスルスル剥がれた場所では、まるで下地処理が施されておらずにボディ色と同じ黒だけの塗装下に鉄板が剥き出し状態で、そんな脆弱な処置下で錆びが進行している最中であった。この錆びを医学に譬えて云うと、まるで胃癌のスキルスのようではないだろうか。そこまで酷くはないにしても、錆びが塗装の下を掻い潜って広がるように進行しているのだ。こんなお粗末な芸当は、日本の気候を知っている日本人がやらかした処置ではないと、十中八九言える。そうでなければ、相当なワルだし、良心の欠片も持ち合わせていないだろう。
錆びはワイヤー・ブラシで擦った後にPOR15 で覆った。後日、純正ジャッキ・ポイントを含めて(平成21年2月3日 雑記 もう一つの虫(VW Bug)趣味 その二 ) 必要な場所にはパテで面だしをしてPOR15 とパテの上に塗装を施す予定である。だから、その後の工程も1 日では終わらない。手間が掛かるものだ。
助手席側ドア周りの防錆処理



平成21年3月1日 VW 掃除用具

医療現場の誤嚥時吸引用具
狭い場所用ゴミ吸引用具
ラゲッジ・スペースから続くA ピラー内側の狭い区画の清掃方法を思案していた。実際のところ腐って開いた穴から大量の錆びやゴミが出て来たので(平成21年2月3日 雑記 もう一つの虫(VW Bug)趣味 その二 )、もう一方の助手席側A ピラー底でも同様の事態が進んでいる可能性を否定出来ない。既に大雑把にゴミ出しした運転席側A ピラー内側も、開いた穴を塞ぐ前に何としてでも綺麗さっぱりにする必要がある。そうでなければ、仮に穴を塞いだとしても、中の泥やゴミのお陰で一旦湿気を含んだら万年泥々状態が続くので、雨天時にも乗るのなら10 年以内にはボディが腐り果てて素人では手の施しようがなくなってしまうだろう。掃除の際には水抜き穴の手入れも忘れてはならない。
或る時職場でふと思いついた。患者が誤嚥した時に使う吸引用の器具だ。普通の掃除機に装着して吸引に使う。この器具の造りを真似て細いノズル状にすれば狭い中にも入って行けて、細かいゴミの除去が可能になると云う寸法だ。但し、弱点としては、固着したゴミまでは吸引出来ない。



平成21年3月4日 VW ホワイト・ウォール・タイヤ

その後 Porsche 911 レプリカ・ホイール (平成21年2月25日 VW ホイールの手入れ) へのタイヤの装着は、タイヤ屋さんに提案されたシーリング剤を使う策で辛くも解決し、晴れてPorsche 911 レプリカ・ホイール を履く段取りが付いた ?! と喜んだのも束の間で、思わぬ誤算に見舞われた。
ニンマリしながらホイール・アダプターをドラムに装着してPorsche 911 レプリカ・ホイールをドラムに引っ掛けてラグ・ナットを一つずつ締め始めていた。すると悪夢は突然に襲って来た。ラグ・ナットがアダプターのスタッド・ボルトに噛み合わずに空回りしているではないか。スタッド・ボルトに噛み合うナットと合わないナットが混在しているではないか。1 台分全部で20 個だ。決して安くない買物だ。買う時に店頭で店員さんにアダプターの実物を提示して、ラグ・ナットが上手く合うかどうか確認してから購入したのだ。だが実際はこんなザマだ! 笑うしかなかった。只ひたすら笑うしかなかった。そして、その日は身体の力がすっかり抜けてしまった。
後日、購入店に電話したら、運良くその店員さんが電話に出て、店頭でラグ・ナットをアダプターに締めて確認した事を覚えていてくれた。買ったのは2週間も前の話なので、小生の買物は相当印象深かったのかもしれない。店員さんと話した結果、店頭には遠くて出向けないので、取り敢えずその現物のラグ・ナットをお店に宅配で送る事になった。

Porsche 911 レプリカ・ホイールの件で、タイヤ屋さんには「もう今後はこんなホイールの仕事は受けられませんね。」と言われてしまったのだが、何とか拝み倒して残っていた案件である、ストック・ホイールへのタイヤの装着をやって貰った。この時、タイヤとホイールの間に挟んで擬似ホワイト・ウォール・タイヤになる部品の装着もお願いした。違うホイールなのにも拘らず、Porsche 911 レプリカ・ホイールの件を引き摺って、最後迄空気漏れを心配する声が店員さんから聞かれていた。タイヤ屋さんにとっては、小生は「空気漏れ」の代名詞であるかの如く、烙印的存在になってしまったようだ。価格もサービスも良心的なお店だけに苦しい立場になってしまった。しかも、Porsche 911 レプリカ・ホイールはタイヤが装着されていても、ラグ・ナットの件で未だに履けない状態が続いているのに。
ストック・ホイールへのタイヤの装着は問題なく完了した。そして店員さんの顔からは、前回見られたような煙たそうな雰囲気は消え去っていた。これで他人から見て如何にも何かが変わったと云うような、はっきりとした見た目の変化が、このOval を入手してから初めて得られたのではないか。ホワイト・ウォール・タイヤに変えたとたんに、一気にレトロな雰囲気が強調されたと思う。早速近くでの買物ついでに、駐車場で写真を撮ってしまった。小生は何歳になっても餓鬼のようだ。
タイヤ交換でレトロ色爆発



平成21年3月6日 雑記 啓蟄

最近は雨天が多くて特に小生が家にいる時は決まって雨だ。今年になって虫よりも車弄りを優先していたものの、それでも曇天雨天の合間を縫っての厳しい作業状況であった。
なかなか作れない時間から夜勤前のなけなしの30分を捻出して越冬中の成虫容器の湿気を確認した。乾燥気味だと活動を開始しようとした成虫が干からびて死亡する事故が起こるからだ。

以下は広辞苑からの引用。去年と内容は全く同じ。
けい‐ちつ【啓蟄】
(蟄虫、すなわち冬ごもりの虫がはい出る意) 二十四節気の一。太陽の黄経が345度の時で、2月の節せつ。太陽暦の3月6日頃に当る。驚蟄。<(季)春>。



平成21年3月8日 VW 車高ローダウン

前後共に車高が落ちている
前の車高のみ落ちている
飽くまでも趣味なので自己満足の世界なのは言うまでもないが、前後の車高を落としたのでOval の容姿が格段に引き締まったように感じられる。シャコタンになったオーバルに惚れ惚れ。(笑) 車高は入手した時からフロントのみが落ちていた。ドラッグ・レースをやるのならこれでも良いだろうしサマになっているのだが、前のめりな姿勢は精悍と言えなくもないものの、小生としては何となく物足りない。
スプリング・プレートをこじり抜く
3月4日にPorsche 911 レプリカ・ホイールが装着出来ずに半ば怒りの勢いに任せて、それならリアの車高を落とそうと意気込んで挑戦し、スプリング・プレートが抜けずにあと一息と言うところで挫折して途中で止めていた。それでもリアの車高を落とす為に、福沢さんを飛ばせてラチェット・レンチ類と特殊工具を新たに揃えたので (特殊工具だけはもう6 年前には用意していた )、今更どうにも後に引くに引けない心境であった。だから、Hot VWs の特集やら、Hanes Manual やら、Robert Bentley Manual やらをもう一度舐め回すように読み直し、自分でやり遂げる目途を立てる事が出来て今日に至った訳だ。
車高が落ちて頗る格好が良くなったし、容姿のみならず重心も低くなったので走行性能も向上している筈だ。だが反面、それと同時に、低い車高がもたらす弊害にも気を配らなければならないようになった。リア・サスペンションのネガティブ・キャンバーは極端ではないので、それ程焦る必要はなさそうだが、車高が低い為に車体下側を擦らないように取り回す気配りが常に付き纏うようになった。車高が落ちて嬉しいような悲しいような、自己満足でマゾヒスティックな状況である。

フロントの車高は、去年の12月にこのOval を入手した時点で落ちてはいたのだが、これがキング・ピン・サスペンションにありがちな昔のヘタレなインチキ作業で、トーション・バーを引っこ抜いて文字通りヘタらせて落とす手法であった。フロント・ローダウンなんて響きの良いカスタム・オプションのように謳っておいて、内容はトホホなアレである。こんなインチキ・ローダウンでは、乗り心地が悪いだけでなく、サスペンションのバネが抜かれて減らされている訳だから、何よりも走行性能がノーマルよりも悪いという最低最悪の状態である。昔はこんなインチキを働いておいて金を貪るショップがまかり通っていたのだろう。バブル経済万歳!そんな時代だったんだろう。しかし、小生としては、手抜きでインチキな内容だから、即刻、お金とトーション・バーを返して貰いたいと考えてしまう。車高なんかどうだっていいから元通りに戻して頂きたい。
そんな酷い状態だったので、1 月のショップでの入院中に、Gene Berg 製アジャスターを上下のトーション・バーに加工して埋め込んで貰った。これでいつでも自分で車高調節が出来るようになった。抜かれたトーション・バーを入れ直したのは言うまでもない。しつこいようだが、インチキ業者め!トーション・バー返せ!金返せ!

リアの車高を落とす作業は、左右両方で4 時間を要した。熟練者や専門業者なら2〜 3 時間の作業なんだろうか。以下に手順を追う。先ずはタイヤ・ホイールを取り、ジャッキ・アップする。ショック・アブゾーバーの下のネジを取り、ドライブ・シャフトとスプリング・プレートをネジ3 本を取って引き離す。この時サイド・ブレーキを緩めておく。ドライブ・シャフトは作業の邪魔にならないようにジャッキか何かで挙げておく。4 本のネジを取ってスプリング・プレート・カバーを除ける。
そして、愈々この作業の最難関でクライマックス。スプリング・プレートを抉り(こじり ) 抜く。要点は、大形のプライヤーで下から抉ってスプリング・プレートを引っ張り出す動作だ。ここは、マニュアルによっては、木槌か何かでスプリング・プレートを叩き出すともある。更にこの場面は「トーション・バーの強力な力が下に働いているので挟まれないように注意する」と、どのマニュアルにも明記してある。だが実際は呆気なくて、スプリング・プレートが外れて「幾らか下に落ちて緩んだかな」程度の出来事であった。小生は今までマニュアルの「脅し」を鵜呑みにしていて、車を支える程の強力なバネの力でスプリング・プレートがビョビョビョビョーン!と下に跳ねるものとてっきり本気で思い込んでいた。(笑)
スプリング・プレートが外れればもうシメたもの。トーションバーを抜いて車高を変えたい方向に調節して入れ直せば良い。参考迄に、プロトラクターを使って計測すると、目安として、スプリング・プレートの変更角度が1 度につき、実際の車高の変化は1/4 インチだ。(Hot VWs, August 1987 ) だから、スプリング・プレートの角度を4度変えると、約1インチ(約3 p ) 車高が変わる。
小生の場合は、左右共にトーション・バーを抜いたら、奥の方から先に抜けて来た。だから作業性から、トーション・バーの奥のコマを左右共に1 つずつ車高が落ちる方へずらした。こうする事でスプリング・プレートの角度は左右共に約8 度も変化したので、車高にして約6 p 落ちた事になる。思い描いていた車高よりも低くなってしまったが、途中から雨が降ってしまったのもあって、リア・フェンダーを取っ払ってまで、トーション・バーの手前のコマを弄りたくはなかった。(手前のコマを弄るにはトーション・バーを完全に引き抜いて取り出す必要があるので、フェンダーが付いていると取り出しに邪魔になる) それにトーション・バーの奥1 コマで落ちる車高も試してみたかったから、その儘手前のコマまで弄らずにリア・サスペンションを戻す作業に入った。
新たに用意した必要な工具類

スプリング・プレートの角度を測る

若干のネガティブ・キャンバー
最後に wheel cap VW large logo を取り付けた。この部品は6 年前に用意して倉庫にしまっていたにも拘らず、メッキの質が悪くて直ぐに裏側に錆が出た。メッキが悪い上に水抜き穴さえ備わっていなかったので、やはり6 年前に自分でドリルを使って純正風の水抜き穴を作り、薬剤と塗料で防錆処理を施して保存していた。(日本の某有名ショップではこれにトリプル・メッキを施して高値で販売している ) 昨日は装着前の準備にVW ロゴを黒ペンキでなぞった後、呉工業の金属面・メッキ専用シーリング剤( KURE シールコート ) を吹いておいた。
因みにこの wheel cap VW large logo の部品としての起源は、1949年のデラックス(エクスポート )・モデルのオプションとして登場したのが最初だ。

そして、遂に走行テストを兼ねて某ショッピング・モールの大きな駐車場を目指した。走行後の不具合出しと、そこで写真を撮って記録し、外観の変化の違いを確認するのだ。前回写真を撮った3月4日も曇天雨天だったが、今日も同様の天気だ。先月から1 週間に1〜2 日程度しか晴れ間がない上に、小生が完全に開放された日は狙ったように必ず雨だ。
大きいVWロゴのキャップ



平成21年3月14日 雑記 雨

今日の休みを基点として前後合わせて10日間びっしり仕事漬けで、やっと休みの今日は朝から大雨で、どうにか止んだ頃には薄暗い夕方と云う、小生を狙ったように皮肉的な雨ばかりの日々だ。天気予報では朝方は雨で午後は晴れの予報だったので、幾らか期待はしていたが、こんなもんで1 日が終わる。先日は久々に夜勤前の昼間が晴天だったが、長女がインフルエンザに罹った為に学校を休んでいたので、生憎の子守と久々の晴天だったので洗濯に追われて他に何も出来ずに午後は夜勤に出向いた。
明日は早朝から仕事で続けて夜勤だ。天気予報では晴天らしい。(苦笑) いつまで経っても幼虫の餌交換が出来ない。



平成21年3月16日 雑記 洗濯と幼虫の餌交換と車弄り

漸く晴天が続くようになったのに生憎の仕事続き。それでも今日は夜勤明けを押して日中は寝ずに根性で活動した。昼頃に帰宅して洗濯した後は、室内飼育の幼虫の餌交換をした。そして余った時間は車弄り(いじり ) をちょっとだけ。
幼虫の餌交換は今年に入って初めての作業となった。室内飼育の幼虫の餌交換は時期としてはもういい加減に遅過ぎるのだが、まだ蛹室を作っていない芋虫のみの作業となった。蛹室を作っていないにしても、殆どは脂が乗り切っているので、今日の餌交換が刺激になって蛹室を作るきっかけになる個体が多いものと予想している。
20年近く落ちたオンボロ三菱ミニカのバッテリーが寿命のようなので、新しいバッテリーを買って来て取り付けた。バッテリーの電極に繋ぐコードが最低限の長さしかないにも拘らず、新しいバッテリーは電極が今までとは反対に付いていた為、取り回しに幾らか苦労した。バッテリーに合わせたコードを買い足すなりすれば正当な付け方だろうが、夜勤明けなのと時間に追われているのとでそんなゆとりがある訳がない。何とか無理矢理に据え付けた。と云っても、安全性に無理があるようなやり方ではない。
雨降りの日にはVWに乗らないので、まだまだミニカには頑張って貰わなければならない。車検も後1 年残っている。それにVW に乗った後にオンボロ・ミニカに乗ると、これがどんなにオンボロな軽であっても、オートマチックでの運転とその乗り心地は、あたかも高級車かと思える快適な体験であるのに気付かされる。技術の進歩と日本車の信頼性と性能は畏るべし。それでもVW が好きである事に変わりはない。70年以上も前に設計された車が現代でも支障なく使えるのがこれまた畏るべし。



平成21年3月19日 VW ガソリン・タンクを外す

ガソリン・タンクを外した
近い内にガソリン・タンクを空にして取っ払って、普段は手の届かない場所に防腐処置を施そうと考えていた。或る時にフロント・サスペンション周りを覗いていた際に、とても厭な光景を見てしまったのがきっかけだ。実際には見てしまったと云うよりも、見つけて良かったと云った方が正しい。何せ古い車は錆や雨漏りを防ぐのが長持ちさせる為の必須条件だ。対処は出来るだけ早いに越した事はない。早期発見と早期対処だ。

給油せずに通勤に使えば数回の通勤でガソリンが底を突く。小生のVWにはガソリン・メーターが備わっていないので、何回乗ったかを数えながらガソリン・タンクを空にして行く。もう少し詳細を述べると、4 回で少量のガソリンを残すのみになる計算なのだが、最後の通勤で帰宅の途中にガソリンが尽きて、走行中にガス欠になって急に車を寄せなければならなくなった。計算が狂った。今回は予想より燃費が悪かった。ガス欠の時のアクセル感覚は、急に非力になったかと思うと、その内に更に非力になって、遂には幾らアクセルを踏んでも反応しなくなる。あんまり歓迎したくない経験だ。
急遽、惰性でまだ走っている車を道の脇に突っ込んだ。そして、ラゲッジ・ルーム内に携行している予備タンクからガソリンを移して帰宅の途に就いた。これがオリジナルなら、純正タンクに予備タンク機能が備わっていて、ガス欠になったと分かったら即座に足元にある予備タンク用のコックを捻れば良い。しかし、小生の車は入手時から予備タンク機能がイカれていたのとガソリン漏れが生じていたので、タンクと流出ラインを繋ぐコックを予備タンク機能がない年式新し目の部品に交換していた。予備タンク機能がない年式新し目の車にはガソリン・メーターが速度計の脇に備わるのだが、小生のOval への対処は飽くまでも応急処置で、ガソリンが尽きれば只走れなくなるだけだ。オリジナルのコック部品は近い将来に自分でオーバー・ホールする心算だ。
小生が選んでいる通勤路は、渋滞を避ける為に街中を走る場面が少ない。だから意図してこういう危険を冒せるのだ。だが、これが都会の真っ只中だと、急に停車する必要が生じた際に退避場所が殆どないので、こういう芸当は不可能だ。考えてみれば、そんな都会での生活は、それだけ落ち着ける環境がないとも言えるのではないか。小生には田舎暮らしが似合っているのかもしれない。余裕のない生活を長く続けたくはない。

ガソリン・タンクを外せたので、普段は手の届かない車体前部パネルの裏側に徹底的な防腐処置を施した。腐りは殆どないものの、まるで錆のコーティングが施されているが如く、錆だらけな部分があった。パネルの裏側なので雨に濡れた事は殆どなかったから腐らなかったのだろう。これが一旦どこかに穴が空いて水が流れ込もうものなら、一気に腐り果てる筈である。日本の気候下で普段の足にして雨天時にも乗るのなら、そうなるのは時間の問題なのは明白だ。小生は雨天時には乗らないと決めているが、万が一にも備えて徹底的に錆止め処置を施す心算だ。出来れば雨の日に乗っても錆を心配しなくて済むように、いい加減な処置やヤレた所を1 日も早く改善してやりたい。
錆が鉄板に這うように進行しているような場所は、マイナス・ドライバーのような道具で塗装を剥がしてから実施する。紙ヤスリ、細目ワイヤー・ブラシの順で磨いた後、POR - 15 を塗って固める。筆が入らなくても手が入るような狭い場所は、薄手のビニール手袋を装着してPOR - 15 を手塗りする。
1 日掛かりの作業になった。疲労で身体中がガクガクになった。車の下に潜って塗る場合が多かったので、髪の毛の所々に垂れ落ちたPOR - 15 が付着してしまったので大変に困った。作業終了後は妻に頼んで部分的に髪を切って貰った。
痒い所に手が届く



平成21年3月20日 探索 千葉県

今日は春分の日で祝日だ。春が来て動植物が活動を始めるこの春分の日にあやかった訳ではないが、まだ千葉県で自分の手で採集した事のない或る虫を求めて某所を探索した。去年も似たような時期に同じ地域を探索して成果がなく、今年も懲りずに去年から数えて4 度目の探索だ。しかし、今回は小生一人ではなく、採集仲間のS 氏に同行して頂いた。単純にこれで見つけられる可能性は2 倍だし、何時間も一人で山を歩くのは非常に厳しいので、今回は大変心強い。

1 週間前から天気予報では今日の天気が芳しくなく、昨日の天気予報でも雨後晴れであった。こういう良くない予報は当たる確率が高いもので、実際に出発時から雨。強く降ったり止みそうになるのを繰り返して12 時過ぎまで雨だった。
まるっきり1日中が雨という予報ではなかったので、予定通りに朝6 時半に千葉市を出発し、現地に到着したのが9 時近くだった。昼からは晴れるのを祈って雨の中を強行した。幾らか歩いて途中で見掛けた材をS 氏が割ると、材中の蛹室からコクワの雌が転がり出た。ここにもコクワがいるのを確認した。当たり前のようにどこにでもいる種類だが、クワガタが見られたのは嬉しかった。
雨の中をS 氏と話しながらひたすら進み、強く降れば木陰で休み、一服し、また話ながら歩き、と山の中を只歩いて、或る時に木陰で休んでいると、長靴に蛭( ヒル ) がへばり付いているのに気付いた。2人とも仰天して互いに身体検査をした。更に進んだ先でも材を検分している時に複数匹の蛭が長靴の中に入って来ていた。1cm台から2 cm台まで大小様々で、脚に纏わり付かずも雨に打たれて湿った土の上を多数の蛭が這っているのが観察された。脚に付いた蛭を取っている間にまた他の蛭が長靴を這い上がってくるという有様で、悪夢のような光景に手の施しようがなく2人で途方に暮れた。2 時間歩いたところで、相談の上、仕方なく引き返す事になった。2人とも蛭に咬まれなかったのは幸いだった。

コクワの雌を割り出した
予定が狂ったので急遽日程を変更して、午後は富津市、鋸南町、君津市、長柄町の順で房総を廻った。S 氏の案内で各ポイントの木々を見て廻って、目の保養とした。夏が楽しみな場所が沢山見られたし、採集話と情報交換で大変に有意義な時間を過ごした。

最後に房総巡りで気になった事が一つあった。海側か山側かは無関係に至る所で山の規模、地域規模で土砂の採掘が原因と考えられる広大な丸坊主地帯が見られた。地域の住民はどう感じているのだろうか。千葉県民はこれを見てどう感じるのだろうか。小生は極めて不愉快になった。理由が何であろうと許せない気持ちになった。どんな政治的、経済的、社会的に正当な理由があろうと、やってはならない野蛮な行為だと思う。千葉県で唯一残る房総の原生林と豊かな自然が、野蛮で大規模な破壊で危機に瀕していると実感した。アクアラインが必要か不要かは関係ない。野蛮で無神経な行為を慎しんで、文化的な生活や自然を守ろうと云う精神が必要なのではないか。ゆとりのない貧しい精神の儘では政治的、経済的、社会的な如何なる行為も未来には繋がらないと考える。


以下は広辞苑からの引用。春分は昼と夜の長さが同じになると言われているが、実は昼の方が長くて12時間8分となっている。それは昼の長さは、太陽の中心がどこにあるのかは関係がなく、日の入りと日没時の太陽の縁が地平線に隠れるかどうかを基準にしているからだ。
しゅん‐ぶん【春分】
二十四節気の一。太陽の中心が春分点上に来た時の称。春分を含む日を春分の日といい、太陽暦では3月21日頃。春の彼岸の中日に当る。昼夜の長さがほぼ等しい。<(季)春>。⇔秋分。


■今日の収穫
コクワ 1 ♀
至る所で山が丸坊主



平成21年3月22日 VW モールを復活させる

夜勤明けの今日は、天気予報によると午後から雨のようだ。実際、朝から曇り空。昨日の日中は晴れていたのに仕事。もう1 ヶ月以上もこんな感じで、仕事に行ってれば晴れで、自宅にいる時はまるで狙われているようにかなり高い確率で雨に降られている。
今日は雨が降るまでにガソリン・タンク、ステアリング、ステアリング・コラム、その他小物の塗装を予定していたが、強風が全く止まないので、作業内容を切り替えてボディー・モールを復活させる作業に取り掛かった。
小生のOval は外装のモールが悉く取り去られており、しかもそのやり方はどちらかと云うといい加減で、仕上がり具合は似非キャル・ルックと言わざるを得ない。窓はモールのない廉価なキャル・ラバーだし、ランニング・ボードにはモールが付いているが、そのモールは細い '67年以降の部品が使われていてキャル・ルックを狙っていたと云うりも、たまたまそうなっているだけのように中途半端な組み合わせだ。本来なら '66年迄は極太モールが正解なのだ。全て自分でオリジナル仕様に戻す予定で、部品もほぼ全て揃いつつある。後は作業に当てられる時間次第で完成に漕ぎ着けるだろう。

どっかの誰かさんが過去のいつの日か、モールを取っ払って、その取り付け穴を上から叩いて凹ませて、アルミ・テープで穴を塞いでパテで覆ったようだ。やり方がいい加減で下地処理は全くせずに済ませたようなので、処置された穴の多くで、中の鉄板が錆びてパテが浮いて塗装ごと割れた状態になっている。非常に格好悪く目立って恥ずかしいで、早い内にしっかりと下地の処置をしてモールを復活させたいと願っていた。因みに、モール取り付け穴を叩いて凹ませてアルミ・テープとパテで覆う方法は、15年程前に業者間で流行っていたらしい。

パテを剥がすと大抵は穴の周囲が錆びていて、穴に貼ってあったアルミ・テープを取り去ると布ガムテープのような接着剤が残って始末が悪かった。凹まされたモール取り付け穴は、ボデイ・パネルの裏から金槌で叩ければ良いのだが、ドアの全ての穴とリア・クウォーター・パネルの半数以上の穴は、構造的に穴の位置が袋状になった鉄板の中に入っているので、裏から叩けないのが問題だ。表から引っ張るしかないだろう。車の入手当初は、塗装とパテを剥がせば穴の錆処置だけだろうと高を括っていたのだが、それは大間違いだった。意外にも大変な作業になってしまった。
15時頃から雨が降り始めた。モール取り付け穴周辺の鉄板が剥き出し状態で雨に降られてしまい、巡り合わせとしては最悪の事態だ。仕方なくやりかけの各穴をガムテープで覆って作業を中断した。
いい加減なモールのパテ埋め


車体左右で全28のモール穴



平成21年4月2日 VW モールと内装の復活、雨漏り問題

今年は虫日記がまるで方向転換したかのように車日記のようになっているが、小生の車趣味もBug (Beetle) が対象なので虫には違いない。あたかもそれらしい言い訳になっているが、虫は虫だ。生き虫も車の虫も小生が情熱を注いでいる趣味には違いないから、今後も同じように両方共に日記に書く心算だ。特に今年はOval を仕上げるのを優先する年になるだろう。あと20 年は安心して乗れる車に作り上げる事を目標にしている。それには特に車体が錆びないようにする為の対処とその後の日常的な配慮が肝要だと考えている。機械的な部分は定期的な交換と整備で何とかなっても、車体が駄目になってしまっては元も子もないからだ。クラッシック・カーにとっての最重要課題は錆びさせない事だろう。

入手当時はCal Look になっていて、フロント・フッドとランニング・ボード以外のボディー・モールが失われていた。これを漸く復活させた。塗装とパテを剥がして錆びている鉄板に防錆処理を施し、凹んでいるモール穴を引っ張り出したり、再度パテ付けをして表面を整えたり、磨いたり、塗ったりして、その塗装の具合が不良でまた更に塗ったりと、雨に降られ、風に吹かれ、曇ったり、晴れたりと、紆余曲折で苦難の10日間だった。
矢張りOval にはモールが似合っている。長い歴史を持つVW の中でも、最も美しいモデルとの誉れ高いOval らしい外観を取り戻しつつある。黒の車体に燻んで落ち着いた雰囲気の象牙色と美しく光り輝くメッキの対比が、ビンテージ贔屓の心をくすぐってくれる。これでこの黒の塗装に更に磨きをかけて鏡面仕上げ風になると、より一層に洗練された雰囲気となるだろう。モール周辺の塗装の磨きは、また更に数日経って塗料が乾燥し切った頃合を見計らってやる予定だ。接近して見ると新しい塗装が汚く目立ってかなりみっともないのだが、磨けるようになるまではどうにも仕方がない。
ドア・パネルの張替え、ステアリング、ステアリング・コラム、その他付属物の再塗装、ガソリン・タンクの塗装とその周辺の防錆処理もほぼ完了した。ドア・パネルは'58年式〜'64年式用の代物で、本来のOval 時代にはないデザインなのだが、なかなか良い雰囲気を出しているので良しとした。この組み合わせも大変気に入っている。同系統デザインのシートを張り替えれば、内装がそれらしくなってかなりサマになるだろう。もう直ぐ全ての部品の調達が完了して揃う予定だ。だが内外装の最終的な仕上げには、細かい部分を上げるとキリがなくて、まだまだ途方もない時間が掛かる見込みだ。完成するのは今年一杯と考えている。
ボディー・モール復活


モール取り付け部の塗装
内装パネル復活
ガソリン・タンクとキャップ
後部座席の灰皿復活


昨日は夜勤を終えて仕事からの帰宅時に雨に降られてしまった。雨天時は使用しない方針を原則としているのだが、日常の足に使うのなら、日本の気候下ではどうしても避けられない時もあるだろう。それに幸いにして突然の雨のお陰で、これまで見逃していた問題を見つける事が出来た。重大な問題だ。雨漏りしていたのだ。

今日の早朝は小雨と強風だったものの、昼前から晴天に恵まれたので、軽くVW の整備をしようとあちこち気になる部位を観察していた。すると、運転席ペダル奥と足許の絨毯が湿っているのに気付いた。昨日の雨降りの中、乗車する際には履物に泥や極端な湿気がないように、しっかりと注意して乗り込んだ心算だった。ところが、今日になって、昨日の細心の扱いに反して、湿気が余りにも多い事に疑問を持った。絨毯を退けて写真@の穴に指を入れてみたら、ここが異常な湿気の原因だった事が判った。この穴は先日自分で穿って拡げて大きくしたのだ。最初に見付けた時は錆びた鉄板に極小さい孔が開いているのみだった。表面が錆びただけならまだしも、軽い力を受けただけで形が崩れるような腐った鉄板は、いつまでも放置していても全く意味を為さない。周辺や手の届かない裏側に拡がってゆく錆と腐りの温床となるだけだ。だから、長い目で見た場合には、こういうのは見つけ次第に崩し去るようにした方が良いに決まっている。そんな理由から、小生がこのOval を入手した時点で、@ABの写真中、元々開いていた穴はAのタイヤ・ハウス内だけだったのが、今では@ABの写真全てで格好悪く目立つ穴が見られるようになっている。写真Bの穴と云うか割れ目だけは、ガソリン・タンクを取っ払う直前の日に気付いたが、後はOval を入手した前後の日には気付いていた穴だ。



@ペダル向こう内側ボディーの穴


 A運転席側タイヤ・ハウスと
   Aピラー底の穴


これらの穴の補修とその周辺の防錆処理をする前に、どこからどうやって雨漏りしているのかを考える必要がある。それにはどうしてこれらの穴が開いたのかについて仮説を立てる必要がある。先ず、一番最初に開いていた穴は写真Aのタイヤ・ハウス内だ。最初に見えたのはこれだけだった。故に最も古く開いた穴だろう。この穴は、長い年月の間に出来た飛び石による塗装の傷が原因と考えられる。この傷の錆が拡がって、遂には穴になったのだろう。雨天時に乗る度にこの穴から泥水が入り込んだ。そしてこの周囲の車体内側パネルが錆びた。次に写真AのA ピラー底部と写真Bのサスペンション後ろ側鉄板、及び写真@の部分が錆びて腐った。跳ね上がった泥水は写真AからもBからも入り込んで写真@の鉄板を更に腐らせた。

だから、運転席ペダル周辺に流れ込んでいる水の現在の経路は、写真Bからの侵入だと考えている。写真Aの穴はこのOval を入手した当時からガム・テープ保護をしているからだ。ウィンド・シールド・ラバーも疑ってみたが、雨漏りするような隙間があるとは思えない事もその根拠を裏付けている。
本格的に補修するには纏まった時間と心の準備が必要なので、写真Bの部分から泥水が入り込まないように当面は臨時的に写真Bの部分をガム・テープで塞ぐ事にした。ガム・テープが有効なのは写真Aの部位で実証済み。
Bサスペンション後ろ運転席側の穴



平成21年4月6日 飼育

日中晴れれば最高気温が20℃になるようになった。3月下旬は寒気の影響で平年より気温が低い日が続いたので、今時の桜が持ちが良くて丁度満開になっている。明日の次女の入園式には美しい桜を背景に写真が撮れそうだ。
冬場に引越したので夏場の陽射しの動きは当然のように読めず、家の裏側に並べた飼育コンテナに直射日光が当たるようになっていた。数日前に急遽幾らか奥に引っ込めたのだが、それでも太陽が通る角度が上がった影響で自宅裏のほぼ半分が日光に晒される時間帯がある事に気付いた。この時コンテナ内の温度は31℃になっていた。どんなに夜が冷え込んでも、これではこんな中途半端な時期に越冬クワガタ成虫が活動を始めてしまうだろう。現実に各容器を確認してみたら、コクワとヒラタの一部が今年になって活動した痕が見られた。アカアシなんかは雄がマット上で活動している真っ最中で、小生を威嚇している始末であった。虫の目覚めのお告げに大急ぎで成虫共に餌を入れてやった。単純な機械的作業にも拘らず2時間も掛かった。まだ物置の中に成虫容器が沢山入っているが、これらは後回し。改めて飼育個体の多さを痛感した。



平成21年4月12日 VW ボロジェクト'64

準備中の '64年式VW
ポルシェ911 ('79年式930 ) の畏友と共 に'64年式VW を置き去りにしているショップへ足を運んだ。 ゆったりと時間が流れているような日曜の晴天の下、ポルシェ911 とOval のランデブー走行でドイツ製空冷水平対向エンジンを共鳴させて千葉県を疾駆した。
今日の目的はポルシェ911 のクーラー復活をショップにお願いする事と、我が '64年式VW の部品整理をする事である。 '64年式VW は 6年にも亘ってレストア依頼をしていたにも拘らずOval 入手で断念した訳だが、小生の果せなかった夢を次期オーナーに託せないものかと考えている。出来るだけ早い内に部品整理をして何時でも手渡せる状態にしておきたい。一時抹消登録済みで、書類は既に準備が出来ている。後は車を整理して写真を撮れば譲る為の作業は殆ど完了だ。
部品の脱着は強い春の陽射しに晒されて汗だくになりながらの作業であった。だが911 の友人に手伝って貰ったので意外に捗って助かった。一番の難問は、小生の車とその隣のドンガラ・ビンテージVW に巣食っていたアシナガバチであった。巣作り最中らしくて中位の巣から小さい巣まで、車のあちこちで幾つも巣が作られており、まさしく蜂の巣窟状態だった。目的は虫採りではなくて車弄りなのに、自然と向き合いながらの作業だった。子供では唯一連れ添った長男は、蜂と聞いたとたんに怖がって逃げ出したかと思えば、いつの間にか小生の隣に立っていたりと、頼もしいやら頼もしくないのやら分らない奴だが、蜂に刺されるのを避けさせたかったので、可哀想だったが作業場所から離れて貰った。後日倅にショップに行った日は楽しかったかどうか訊いたところ、楽しくなかったと話していた。過ごし方を見ていてまんざらでもないように映っていたので意外だった。理由を尋ねてみると、「蜂がいたから」だそうだ。倅は去年初めて自力でコクワガタを幼稚園の近くで採集して来たかと思えば、蜂と蜘蛛は大嫌いだそうだ。

ショップを後にして再びドイツ製空冷水平対向エンジンを2 台は轟かせた。夕食後は友人の趣味であるリサイクル・ショップで中古品を物色。小生も倅もそこで楽しんだ。そして駐車場で話し込んだ後、帰路に就いた。自宅に近付いて細い曲りくねった道が続く場所で、結構頑張った走りを堪能していたら、倅は隣の助手席で前方を見ながら頻りにピョンピョン跳ねるような動作をしていた。横目でその様子を見ながら、「こういう走りが楽しいなんて倅も男だな。」と男同士で通じ合えるような気分になってニンマリしていた。
帰宅すると、倅は即座に「おしっこ」と言ってトイレで大ションベン。我慢しきれずにパンツまで濡らしていたのが分った。
オーバルの窓から覗くポルシェ911


アシナガバチの巣



平成21年4月15日 VW 電装と諸々の調整

フロント・フッド・サポート復活
■ボディ・モールの再装着
4月12日に友人からボディ・モールがこんなに浮いているのは本来の付き方かどうかと疑問を投げ掛けられていた。小生も最初から気になって考えていたのだが、これがきっかけで、元々残されていたフロント・フッドのモールの付き方をよく考察してみる気になった。そうしたら、ボディ・モールが浮いて装着されているのは正しくない事に気付いた。今まではモールが復活した事だけでも大きな変化と喜びだったと云うのもあるが、まだそれに纏わる塗装が完了していなかったので、完成させるには全く余裕がなかった事が正しく装着していなかった最大の原因であった。モールに留め金と保護ゴムを取り付けた状態でモール穴に押し込む方法では、どうしてもモールが浮いてしまう。そこで、保護ゴムのみを最初に突き当たりの奥まで押し込んでおいて、それから留め金付きのモールを保護ゴムが付けてあるモール穴に押し込めば良い事が判明した。当たり前の話だが、実際の現場の作業は何事も経験が必要である。経験があるのとないのとでは掛かる時間と仕上がりの出来具合は全く違って来るのを実感した。塗装の最終仕上げはこの日の夕方で完了。最後の部分をコンパウンドで磨いた。磨くのも経験があるのとないのとでは大違いだ。先ず塗装後、塗装が乾燥して固まって定着する時間が必要。そして、磨くのは日中の暑い時間帯は塗装が磨かれながらその熱で溶けてしまうので駄目。冬場ならいざ知らず、春の陽気なら日中にはもう磨けない。
これで正真正銘にボディ・モールが綺麗に復活した。これに要した期間は先月の22日から数えて25日間だ。長かった。雨に打たれ、風に吹かれ、日が沈んで暗くなり、日が昇って明るくなり、暑くなり、寒くなり、風が吹いて埃が舞い、子守りに追われ、家事に追われ、仕事に追われ、苦難のDIY だった。(笑) ノウハウのない素人の仕上がり具合とプロの仕事とを比べると、時給で考えると、プロに任せた方が良かったのかもしれない。


■フロント・フッド・サポートの装着
4月12日にショップからフロント・フッド・サポートを入手したので装着した。この部品を売ってくれるショップは珍しいので非常に助かった。その上もう色を合わせて塗ってくれていたし、只間違えないように取り付けるだけのお手軽作業だった。セルフのガソリン・スタンドが増えたし、実際に給油する場所はセルフばかりだが、まだ時に従業員に給油して貰う場合があるので、フロント・フッドとサポートを折られないように要注意だ。


■電装系の調整
ここのところ2〜3日間はイグニッションの接触不良でエンジンの始動が儘ならずとても不便で気になっている。イグニッションだと判明する前は、てっきりエンジンのどこかしらに問題が出たのかと冷汗を掻いていたのだが、何度かテストしていたらスターターが動作してもアクセサリーに電気が来ていない事に気付いた。それでイグニッションの接触不良だと分った訳だ。職場に乗って行ってエンジンが掛からない時に限って人がよく通り掛るので、他人にオンボロだとバレまくっている。(苦笑) 目安はアクセサリーに電源が来ているかどうかなので、イグニッション・スイッチを捻った時にアクセサリーが点いていれば問題なし。加減を見計らってイグニッション・スイッチを固定するネジを締めた。いつの間にかこのネジが緩んでイグニッション・スイッチに遊びが出たのが原因だったようで、このネジで何度かイグニッション・スイッチの向きを調節してエンジンが掛からない問題が解決。

オーバルは電装が弱いと言われている。現実に不具合に出くわして実感している。VW 歴4 台目にして、これだけ多くの電装の不具合が短期間に出たのは、オーバルだからこそだろう。元々新車時にはこれ程ではなかったにせよ、半世紀以上も経っている機械だから、オーバルの電装系は弱いと云う評判を差し引いて当然ともいえるだろう。
機械が古くなって不具合が出たら直せば良いじゃないか。VW は設計段階から持ち主自身が整備するのが前提になっていた。それは国民車が持つべき幾つかの条件の一つだった。だから、KDF の一番最初の非公式マニュアルで示されているのは、グリース・アップ・ポイントが記されたシャシーの極素朴なイラストだ。このように経済性と整備性が追求されたお陰で、何十年も経っても使える機械足り得るのだろう。国民車の国策を推し進めたアドルフ・ヒトラー総統と、国民車設計の大望を叶えたフェルディナント・ポルシェ博士の情熱と功績に感謝したい。

ディマー・ライト(上向きヘッド・ライト) の右とメーター内ディマー警告灯が点かず、ヒューズが何度も飛んで左テール・ランプと両ヘッド・ライト内スモール・ランプが点かない不具合が長らく続いていた。両方共に最初は接触が悪そうで点いたり消えたりとか、ヒューズを入れ直せば復活とか、前触れがあるにはあった。だが、今はすっかり機能しなくなってしまっている。自作PCに不具合があってちゃんと使えないと、精神衛生上不健康な日々が続く。このオーバルの不具合のお陰でそれと全く同じような心境になっている。実際のところ、夜間に走る時には、ヘッド・ライトは点けっ放しにすればスモール・ランプは無関係であるが、左テールのスモール・ランプが点灯しないのは危険なので頗る気分が悪い。それだけでなく、何よりも、交通法規違反を犯しているのが大問題である。
今日は予定していた他の作業を終えてまだ時間があったので、イグニッション以外にも電装系を調整する事にした。オーバル時代までのVWは、ヒューズ・ターミナルが1 ヶ所に纏まって運転席の膝元にあるのではない。ダッシュ・パネル裏トランク・ルーム内に2 ヶ所に分散した位置にある。 1つは速度計とラジオの間、もう1つは左タイヤ・ハウス・パネル上である。配線を辿ってショートしている箇所がないか確認したが分らず。各ヒューズの接触具合を再度確認して調整。すると切れてしまうヒューズには車体後部から来ている配線群とアクセサリーに向かう配線群、そしてヘッド・ライトに向かう配線群の3 ヶ所と繋がっている事が分った。だから、その3 つの内の1 つを外して通電させた時にヒューズが切れなければ、外していた配線群がショートの犯人だと判明するのが分った。問題解決。左テール・ランプが犯人だった。だけど、犯人が分るまでヒューズを3 回切らせてしまった。詰り、一番最後にテストしたのが犯人だったのだ。ささやかな皮肉だ。それで、テール・ランプを分解してみたが、単純な構造にも拘らず、どこがショートしているのか不明。取り敢えず配線と電球を一旦外してまた付け直した。そうしたら、正常に機能するようになったとさ。この作業でまたもやいい加減な処置を発見。もう何を見ても驚かないように免疫が出来上がってしまっている。テール・ランプもヘッド・ライトも配線を装着するのに配線が車体部分を通る部分に必要なブッシュがどこも省かれている。本当にいい加減。これじゃあ雨天時に走ろうものなら泥水の浸入で電装系が悉く錆びてしまうではないか。言うまでもないが応急処置は施しておいた。
ヒューズの点検



平成21年4月17日 雑記 椎茸を栽培する その四

自家製椎茸が実った
3月のまだ寒い時期からとても小さい椎茸の芽のような物が生え始めていた。4月に入ると次第に生長して椎茸が収穫出来る迄になった。肉厚のある大きい椎茸なので手応えは感じられるが、まだ収穫と云っても全部でたったの5 本。傘部分がふにゃふにゃになってしまった出来損ないの 1本は採らないで原木に残した。だから、食べられたのは4 本だ。
椎茸が採れている原木は今のところ2 本だ。植菌したそれ以外の原木は、今春に収穫出来ないのは確定している。だが、他の菌に侵入されている気配は感じられないので、椎茸の菌が順調に蔓延ったのも確定だろう。秋には全ての原木から椎茸が採れる筈だから、椎茸尽くし間違いなしだ。収穫する当てがあるのはとても楽しみだ。長女が椎茸が生っているのを見たいと希望していたので、まだ椎茸が付いている内に原木を見せた。2人で収穫を楽しみに庭でニンマリしていた。

※参照記事
「平成20年3月26日 雑記 椎茸を栽培する」
「平成20年4月9日 雑記 椎茸を栽培する その二」
「平成20年10月30日 雑記 椎茸を栽培する その参」



平成21年4月18日 VW リヤ・フェンダー周りとサスペンション

リヤ・フェンダーが外された
2連休を使ってリヤ・フェンダーを外してその周辺の防錆処理作業と、「平成21年3月8日 VW 車高ローダウン」の続きで、リヤ・フェンダーを外したのでトーション・バーをアクスル・ビームから完全に抜き出してみた。
ところが、トーション・バーとスプリング・プレートの噛み合わせ部が錆びているようで、強固に固着していて、叩いても引っ張っても押しても引いても何をやっても分離する事が叶わない。本来ならフェンダーを取っ払うまでもなくすんなり外れる筈だが、トーション・バーを引き抜いて俎板上の鯉状態にしても尚目的が達せられないのだ。諦めてリヤ・サスペンションは車高が落ち過ぎた儘元に戻した。
固着したトーション・バーとスプリング・プレートは、何か引き抜いて分離する手軽な方法はないのだろうか。それともトーション・バーとスプリング・プレートを新品に交換するのが手っ取り早くて、且つ現実的な選択なのだろうか。50年以上の使用に耐えた結果で固着している可能性が大なので、どうしても車高に拘るのならその方が良いのかもしれない。車検に通すには最低地上高を満たす必要がある訳だが、現状ではマフラー部分が最低部になっていて、測ってはいないが、ぎりぎりの線じゃないかと考えている。この儘通れば良いのだが、そうでなければ車検が来る今年10月までに対策を講じなければならない。それより何より車を取り回すのに下を擦らないようにする配慮が負担でもある。擦ると気分は頗る萎えるし。車高はストック状態に戻したくはない。これが今のところ最大の障害か。
ジャッキ・アップする度にミッション・オイル漏れしていて、右アクスル・ブーツが原因なのが判明しており、ジャッキ・アップするのが少々面倒になっている。劣化したアクスル・ブーツからオイル漏れしないようにアクスル・シャフトを浮かさないといけないからだ。これは車検の時にショップに頼もうか、それともその前に自分でやろうか、どうしようか迷っている。車検までにジャッキ・アップせずとも湿ったり滴ったりするようなら自分で交換する事になるだろう。
トーション・バーとスプリング・プレート



平成21年4月23日 VW 運転席側ドア周りとその他の防錆処理

ドア周りゴムの接着剤
一昨日の夜勤前と昨日、今日の休日3 日間を利用して運転席側ドア周りとランニング・ボード装着部、リア・クウォーター下、及びシャシー下周り外側の防錆処理( 既に錆びてる部分あり ) を実施した。

防錆処理で一番苦になるのは、錆びている下地を出す為の塗装の剥離作業だろう。特にドア周りの剥離は、ゴムを噛ませている部分には塗装とゴムの間にボンドが塗ってあって、これが曲者でゴムと一緒に剥がれずに塗装面に固着しており、ゴム溝の幅が狭いのが障害になって、剥離作業にとことん時間が掛かった。これだけで丸1 日掛かった感じだ。泣きたくなった。腕も筋肉痛が酷くなった。剥離作業だけで、全体作業の9 割りの手間を占めているんじゃないだろうか。板金業者はこういう作業を何台もやるんだろうなぁ。
ランニング・ボードを外すとその装着部のネジ穴は中空構造になっているヒーター・チャンネルに通じている。ここからNoxudol 700 (スウェーデンのボルボで純正として使われているノックスドール社の防錆ワックス剤) を満遍なく吹いておいた。VWではこの中だけはA ピラーと並んで一番錆に弱い部分にも拘らず、パン・オフした時だけしか直接拝めないのが辛い。能書きを見る限り今のところこれはNoxudol を信望するしか道がない。この対策と雨天未使用を貫くマゾな使い方で付き合って行こうと思っている。パン・オフしないなら本当にこの方法しかない。その後Noxudol 700 は両側ドア内部にも吹いておいた。

今後の作業で今のところ予定している内容は、フロント・フェンダー、フロント・エプロン内部、フロント・フッド合わせ面全体、シャシー下周りの残り部位、内装のフロア周りで、これらは防錆処理作業が主体だ。続いて、両側Aピラー内部と運転席側穴4 ヶ所の補修、新品ランニング・ボードの寸合わせと装着、シート骨子の塗装 (オリジナル色に戻す)、シート張替えで、これらも目立った大きな作業として挙げられる。
シート張替え以外は他人が見てもまるで何をやったのか分らない部分や内容ばかりだ。他人からは見えない部分を地道にこつこつと仕上げていく。面倒がらずに妥協を許さず納得が行く迄手間を掛ける。なんて格好良い事を言っておいて、実際は妥協しまくり。今は金を掛けられないので自分で手間を掛けるしかない。一通り終えるのに今年一杯は掛かるだろうか。今年中には完成させたい。
  塗装を剥離したらAピラー根元に新たな穴
処置前のシャシー下周り



平成21年4月26日 VW ストリート カー ナショナルズ

お台場の青海で開催された23回目ムーンアイズ ストリート カー ナショナルズ に行って来た。千葉方面からお台場に行く場合、昔は湾岸道路と並走する国道357号線を上ると葛西までしか行けなかった。ところが、久々に357号線を走ってみたら、お台場まで一直線で行けたのである。このお手軽さには驚かされた。お台場の臨海都心と千葉市の臨海副都心がまるで同じ地域のように繋がっているような感じで、お台場も幕張も街や景色の雰囲気に大きな違いはなく、埋め立てによる陸地なので整然としているのも相俟って、臨海都心と云う言葉がしっくり来た。
過去17年位前に1 回だけ同イベントに来た事があった。今年久々に来てみて感じた印象は、ムーンアイズでのVW 色は以前よりも落ちたような気がした事だ。アメ車と国産のトラックやバンが盛んで、新車に近い車の数も多かった気がする。高年式フェアレディのカスタムやオープン・モデルのhoodride が目立っていた。実際の数を数えた訳ではないので、本当のところは分らない。小生のVW 熱が当時よりも強烈になったが為に、見慣れたVW は実際よりも一層少なく感じる錯覚を起こしたのかもしれない。全体の展示数はとにかく巨大だったのは確かだ。

最近になって、イベントに行く小生の最大の目的は、スワップ・ミートでVW の部品を探す事だ。新品で買っても良いのだが、その前に適度にヤレていてそれなりのお手頃価格な中古品があればシメたものと考えている。だから今のところ新品で買うのを見合わせている部品が幾つかある。しかし、生憎、今回のイベントではVW 関連の部品はどこにも見当たらなかった。あってもミニカー位。トラックなんかの部品はあったが、特に衣類やアクセサリーの出店ばかりが目立った。ストリート カー ナショナルズがこういう状態なので、スワップ・ミートでVW の中古部品を求めるのなら、VW が主役のイベントのみしか期待出来ないだろう。たしか17年前の同イベントでも、朧気ながらVW の部品があった記憶はない。だから仕方ないか。

レストアされた前期 Oval

Type II バーン・ドア


イベント出展では沢山の見応えのある車があったが、こういうマニアなイベントでは只の観客が乗って来る車も見逃せない場合が多い。観客駐車場の中にも、オーナーがその場にいないので無断ながら写真を撮った車がある。国産、外車、旧車に関係なく魅力的な車達が多かった。恥ずかしながら小生のVW も結構他人に見られていたようだ。偶然途中で駐車場の車に戻った時、数人の人集りが見られた。嬉しいような悲しいような気分だ。遠目ではピカピカに見えるだろうが、近付いてみると正直言ってボロで、辛口な観察者は拙いDIY 箇所を多数発見出来るだろう。極めつけはガム・テープ貼ってるし。(笑) それでも小生はVW 生活に不満は全くないし、楽しんでいるのだから、他人の目は気にしないようにしている。第一、基本的に日常使用車だし、ショー・カーを目指しているのではないから。

さて、同イベントの中で主催者が決めた各々の賞があったのだろうが、昼食を摂りに行ったら大人数な家族なのでイベントの最後を見届ける時間がなくなった。 だからと云う訳ではないが、小生なりに今日のイベントで最も印象に残った車をここで写真として掲載している。
先ずはVW Type Iで、'53年後期から'55年前期の年式と考えられる。車高とタイヤ・ホイール以外は、エンジンを含めて全てオリジナル仕様で、ネジ1 本まで手抜きなくレストアされているように見えた。非の打ち所のない極上車だ。特にラジオ・グリルへの埋め込みメーターが羨ましい。ここのメーターは時計が一般的なのだが、この車にはタコ・メーターが入っていた。滅多に見る事がない超稀少アイテムだ。ましてや実物を目の当たりに出来たのは収穫だ。写真でしか見た事がなかった。全体として小生のOval に近い年式なのでとても参考になった。撮った写真枚数はこれが一番多かったと思う。
次にVW Type II バーン・ドア。Type II は年式毎の違いに余り詳しくないのだが、'51年から'53年の中の年式だろう。多分オール・オルジナル仕様。欲しいなぁ。 古ければ何でも良いと云う訳ではないが、バーン・ドアと云うだけで非常に嬉しい。旧い車には、現在のハイテク満載車時代とは違った、工芸品的趣と味わいがそのデザインや装備に感じられるのだ。特に戦後から'70 年辺り迄の車。(Type I の誕生は戦前だけど ) 時期をもう少し拡大すると、その時代までにデザインされた車なら、改良されながらもその後の年代でも生き残っていた車種はある。
最後に二世代目日産ブルー・バード。日産の一般大衆車にもこんなに格好良い車があったんだねぇ。アルファロメオ・ジュリアみたい。どっちも欲しい!
二世代目日産ブルー・バード



平成21年4月26日 VW ETC設置

ETC を使い始めたのは、ハイウェイ・カードが廃止されたのがきっかけだから、もう随分と年月が経つ。片道 40km の自動車通勤に必要不可欠なので、否応無しに使わざるを得なかった。一番高かったハイウェイ・カードを買うとたしか1 割引だったが、これが廃止になると、この割引を享受するにはETC へ切り替えるしか道がなかったからだ。その内ハイウェイ・カード廃止の猶予期間が終わると、なんとETC での1 割引制度も終了。政府はヒトをナメている。そして、月日が経ち、ETC の普及が芳しくないと、ETC 購入への補助金制度が始まった。じゃあ、初めからETC にせざるを得なかったヒトは、一体何なんだ。ヒトの足許を見てヒトの弱みにつけ込むような政策を執る政府はヒトをナメ切っている。

政府と官僚への恨みはひとまずここまでとして、軽自動車にはETC を設置していたが、まだOval には設置していなかった。だから、雨降りでない日にはOval を使う方針だったので、そういう日は出勤時間を早めて有料道路は使わずに過ごしていた。とても不便でマゾな生活だった。
ゴールデン・ウィークが近付いて家族内で遠出の話がちらほら出始めていた。そこで、ETC 購入補助金制度とETC 使用のみの有料道路割引制度の恩恵に預かる為、Oval にもETC を設置する事が家族会議で決定された。他の車よりOval が家族内で一番人気だからと云うのもある。大変有難い話だ。

ストリート カー ナショナルズの帰り道、予約してあったETC の機械をオートバックスに取りに寄った。クラッシック・カーへの取り付けは、その車の専門店でもない限り、どこに穴を開けて設置されるか分らないので、怖くて任せられない。だから、お店にはセットアップのみして貰って、取り付けは自分でやった。
グラブ・ボックス内の ETC
ストリート カー ナショナルズから帰ってからの取り付け作業なので、時間は当然夜中。虫採り用ヘッド・ランプ(電気を額に着ける奴) で照らしながら作業した。昼間の内にアクセサリー電源を取る位置を確認しておいたので、作業は思ったよりもすんなり進んだ。一番気になるのは据付後にクラッシック・カーの内装の雰囲気が崩されないかどうか。出来るだけ目立たないような配慮が必要だ。ETC の機械本体はグラブ・ボックス内に隠すように設置した。次にETC アンテナが厄介だ。取説によると、窓ガラスに貼る方法と、ダッシュ・ボードに置く方法の 2種類がある。後者は、VW の構造上によって却下せざるを得ない。だから必然的に前者の方法になる訳だ。取説では、ウィンド・シールド(和製英語だとフロント・ウィンドー ? ) の角度が80°以上だと仕様上で電波の入りが悪くなるので、ブラケットを使う事になっている。だが、小生の車にそんな事をする気はさらさらないので、単純にリア・ビュー・ミラー裏の目立たない場所に貼り付けた。Oval のリア・ビュー・ミラーは中心より幾分右寄りに付いているので、ETC アンテナも幾分右に倣えで設置した。車検シールが中心に来るから、これで良いだろう。

政府と官僚への恨みをまた蒸し返すが、道路に関してはこんなのばっかりだ。腐り切っている。ETC 購入補助金制度で購入した訳だが、最初にオートバックスに行ってみた時にETC 本体は皆売り切れ状態。これは仕方がない。そして、店員に制度と状況を聞きながら、補助金制度で購入する事に決めた。補助金は約5 千円。何やら台数が限られているらしい。だから、限られた台数内に自分が入れなければ購入出来ないそうだ。今回は運良く入れたから買えた訳だ。店員に言われる儘、買うのに予約をした。だが、いつ入荷するのかは不明。しかも、アンテナ分離型か内蔵型かの選択が出来ない。どのメーカーのどの機種かも選択出来ない。この制度に乗るには、限られた台数内で何が来るのか分らず勝手に割り当てられた機種を無理矢理買わされるのだ。更に、数日経って首尾良く入荷の知らせを受け、2日以内にお店に行くと言ったのに、翌日またお店から電話が掛かって来て、早く来ないとETC 本体がなくなると言われた。予約したのにその商品を取り置きしないと言うのだ。
それで、仕方ないから、予約してあったディズニー・レストランでの食事を中止してストリート カー ナショナルズも早目に切り上げて、その帰り道にオートバックスに寄って、取り置きしないので間に合うのかどうかも分らないETC 本体を拾って帰ったのだ。道路政策は1から10まで腐ってる。
ETC アンテナはリア・ビュー・ミラー裏



平成21年4月29日 VW 諸々の調整

今日は庭に畑を作るので丸1 日を車に割く事が出来ない。だから、手軽に終わる作業のみを実施した。

■リア・ラゲッジのパネルの点検
「平成21年2月3日 雑記 もう一つの虫(VW Bug)趣味 その二」のミッション上辺りボディ後部裏の写真で示した箇所は、室内から見たらどういう状態かを確かめようと思って、カーペットを剥がしてリア・ラゲッジのパネルを点検した。パネルの中心辺りに裂け目があるのをアルミ板とゴム・シートで隠しているようだった。何故こうなったのか不思議だ。恐らく車体が紫色の時代にCal Look にされて、コンポでも入っていた名残りなんじゃないか。特に問題ないようなので、その儘にする事にした。後にシャシー下周りに防錆処理を施す際に、ミッション上辺りボディ後部裏も纏めて一緒に防錆処理をするので、不自然な裂け目はこの場所で目立たないし、防錆処理もするのでこれで良しとした。只、小生のような人がこの車を見た時には、裏側に突出しているネジが見苦しいので、これらのネジだけは一旦抜き出してグラインダーで短くして、また元に戻した。

■ウィンカー・レバーの調整と再々塗装
前回の作業の時には強風に吹かれたり、雨に降られたりと、苦難を極めた為に、仕上がりは間に合わせで最悪になっていた。ウィンカー・レバーを左に倒す時に、接触が悪いのか、左ウィンカーがスイッチ部分から反応していないような動作をするので、分解のついでにウィンカー・スイッチのカバーに再々塗装を施した。

■ドア周りラバーのシーリング剤補填
ドア周りに防錆処理を施した時に一旦ラバーを外して処理後にまた戻したのだが、ヒンジ近くで車体の形状とラバーの辺り具合によって、防水上不都合な状態になっている場所が数箇所残ったので、時間が経つと硬化する液体シーリング剤で不都合な隙間を埋めておいた。

■後部座席灰皿パネル
一旦は内装パネルを交換したものの、灰皿の取り外しと再装着で特に後部座席灰皿の部分はヤレ易いと考えられるので長年の使用に耐えるようにパネルを装着し直した。
リア・ラゲッジのパネル


ミッション上辺りボディ後部裏



平成21年4月29日 雑記 庭でクワトープ その七

クワトープに囲まれている土地に畑を作ったので、これを箱庭的擬似里山と解釈する事して畑の記事をクワトープと一緒にした。ついでに同じ理屈で「雑記 椎茸を栽培する」も今後はクワトープと同じ記事に書く事にする。

庭の一部を小さい畑のようにしただけなので、今風に言えば家庭菜園とでも言うのだろうか。シャベルで固くなった土を穿り返して畝って、ホーム・センターから買って来た普通のスイカ 3本とコダマスイカ1 本、黄色コダマスイカ1 本、そして、普通のトマト1 本とミニトマト2 本の苗を植えた。スイカの果実は 1本の苗につき3 個は取れるらしいので、順調に育てば夏場は毎日スイカ三昧になりそうだ。トマトは手軽に作れて手が掛からず収穫が多く、苗は挿木で増やせるので、最初の苗は少な目とした。種から始めるのはナスとキュウリ、それにシソで、これらはミニ・ポットに適当な数を仕込んだ。

お陰で子供が水遣りに興味を示すようになっている。情操教育に役立つのも都合が良い。だが、それにも増してクワトープでの野菜の収穫で、家計が助かると妻からの覚えがよりめでたくなるかもしれない。そんな目論見も含んでいる。


※参照記事
平成20年5月6日 雑記 庭でクワトープ
平成20年6月6日 雑記 庭でクワトープ その弐
平成20年7月5日 雑記 庭でクワトープ その参
平成20年7月12日 雑記 庭でクワトープ その四
平成20年12月9日 雑記 庭でクワトープ その五
平成20年12月19日 雑記 庭でクワトープ その六

「平成20年3月26日 雑記 椎茸を栽培する」
「平成20年4月9日 雑記 椎茸を栽培する その二」
「平成20年10月30日 雑記 椎茸を栽培する その参」
平成21年4月17日 雑記 椎茸を栽培する その四
庭に畑を作った



平成21年5月1日 VW 三角窓の錆びたフレーム

メッキから錆が出た三角窓のフレーム
三角窓のフレームから錆が隠れた
入手時には前後のバンパーが錆びているのが一番目立つヤレだったが、バンパーは既に錆の目立たない純正シングル・バンパーに交換済みだ。6年前から '64年式がレストアから帰る日を待ち望んで、磨いて取っておいた代物だ。
バンパー交換後の今は目立つ錆はないかと考えていた。しかし、遠目で見ると意外な部分が目立つのに気付いた。三角窓のフレームの錆。古いVW では (ここで言ってるVW は最後期のモデルですら30 年落ちなので当然の如く皆古い!)、この部分はよく錆びているし、又この錆がよく目立つ場所なのが問題だ。車の寿命に直接関係ないので、この目立つ錆が放置されている事が多い。

錆が目立つ三角窓のフレームだが、中身を見ると、実はこのフレームはドア窓が上下するメカニズムと一体になっていて、三角窓とはメカ的には直接関係がない。このフレームを交換するには、ドア窓のメカを分解しなければならない。車の寿命に直接無関係のメカを錆が目立つからと、それだけを理由に分解する気にはならない。そこで、錆は誤魔化す事にした。アルミ・テープの出番。フレームの表面に合わせて切り出して貼り付けた。薄いアルミなので、型から剥がして貼る際に皺が出易くて何回か無駄にして、小一時間で作業は完了。掛けた時間の割には、効果は大きかったと思う。



平成21年5月2日 飼育

午後から夜勤なので出勤前に虫の世話でもしようと思って、物置小屋を覗いてみたら、荷物がごった返していてどうにもならない状態なのに気付いた。わざとらしい言い方をしておいて、本当はこういう状態だったのは百も承知していたが、今までどうしてもやる気が起こらずに放置していた。掃除や荷物整理程気分が滅入る事はない。このように未だに引越しの後遺症が続いている。
それで厭々ながら荷物整理に追われる事になった。荷物整理をしなかったのには理由がないでもない。もう荷物を置く場所がないのだ。新居に奮発して2 つ設けた物置小屋は、虫と車の部品や用具で既に一杯一杯。整理すれば幾らか場所が広がるだろうが、もうどうにもならない。ない物はない。クワトープの場所が圧迫されるので、これ以上は物置小屋を増やしたくはない。今後は部品にも虫にもリストラが必要か。

考えた挙句に名案が浮かんだ。2 つの物置小屋が並んでいてその隙間に荷物を仕舞える空間を見付けた。この空間の屋根と前面蓋には、新築時から業者に残して貰っていた廃材の板を使用した。ここに元々少し位なら雨風に晒されても平気な物品を物置小屋から移動した。物置小屋の中は大分整理された。しかし、今日も相変わらず虫の世話は出来なかった。
整理中の物置内荷物



平成21年5月3日 VW シャシー下周り

今日は朝から夕方まで車の下に潜りっ放しだった。4月23日から途中になっていたシャシー下周りの防錆処理を終えた。POR15 で完全防御。少々の雨なら走っても錆びないだろう。
車を四方完全にジャッキ・アップするのは手間なので、ついでにトランス・ミッションの上辺りボディ後部裏からエンジンに続くパネルにかけた範囲も処置した。車の下周りは今日でぼぼ終了。下回り完全武装。1日中車の下にいたので何度も目の中にゴミが入って痛かったし、POR15が目に入って大慌てで水洗する経験も2回した。



平成21年5月5日 VW カーナビ設置

9年前から自動車に乗る際には、10.3型液晶画面を持つラップ・トップPC を携帯して、カーナビやら音楽やら、果てはビデオやらの用途に使っていた。PC は必要なハードウェアとソフトウェアが揃っていれば万能に近いので、小生の生活には非常に重宝して大活躍していた。当時有り金をはたいて30万円もしたPC の元はとっくに取れている。今まで自動車が変わってもこういう生活様式に支障は来たさなかった。乗り継いだ車を挙げると、日産マーチ、マツダ・ボンゴ、そして現在の三菱ミニカだ。
ところが、9年振りにVW に乗って困った事態に直面した。車内のどこを見渡しても、PC を置くに相応しい場所が見当たらないのだ。普通ならダッシュ・ボードの水平面に置けるのだが、VW のダッシュ・ボードは全て垂直だ。唯一、グラブ・ボックスの蓋を開けた状態で、その上に機器を置ける可能性がある。しかし、Oval まではその頼りのグラブ・ボックスが小さ過ぎるのが大きな問題だ。万事休した。

出掛ける時は我が家に車が3 台ある内、幸いにもVW が大の人気者だ。昨日はゴールデン・ウィークの遠出と云う事で、町田のリス園に行った。地図を見ながら行った訳だが、リス園近辺に来て、どうしても当のリス園が見付からず、近所でぐるぐる廻って連休中の渋滞の中を1 時間も無駄にした。翌日の今日は、その為か、我が家の財務省大臣の許可を難なく得て、カーナビの入手に漕ぎ着けた。最近のカーナビを物色していて驚いたのは、昔からこれがコンピューターなのは当たり前だが、これが本当に家庭や職場で使っているパソコンと基本的には全く同じで、小型PC をその儘小さくしてPC としての機能を省いただけの代物になっている事だ。小型で廉価なCPU にOS はWindows CEで、その上でカーナビ・アプリやマルチメディア・アプリがタッチ・パネルで動作するのがお決まりの相場になっている。実に汎用的で簡易な構造だ。だから、量産効果が得られて、一般のノートPC に価格破壊が進んだように、カーナビにも価格破壊が起こったのだろう。実際に小生は廉価なカーナビを見る前のつい最近までは、今までのPC の代用にはやはりより小型のPC をと考えていた。車で使用するのはカーナビと云う商品に代わったものの、それは本当に超小型のPC になったと云うのが実態だ。

接続にはシガー・ライターが必要になった。Oval には元々シガー・ライターがない。仕方なしに '64年式VW が復活した時に使おうと用意していたVW 純正シガー・ライターに登場して貰う事にした。しかし、これを取り付けても電源の接続にしか使わないから、骨董品としての価値を全く享受出来ないのが勿体無いところだ。シガー・ライターはインパネに埋め込んだのではなく、純粋に電源供給用としてグラブ・ボックスの中に住んで貰うのだ。
これで晴れて我がOval にカーナビが装備された。Oval にはETC も装備されているので、温故知新なクラッシック・カーとでも呼べるだろうか。いいや、意味が逆なので正確には温新知故だな。何か適切な熟語があるのだろうか。
VW純正シガー・ライター

カーナビとETCのある室内風景



平成21年5月10日 飼育

先月の6 日から1 ヶ月振りの餌交換。昨日と今日の2 日に分けて実施して、全て終えるのに延べ5 時間の作業となった。餌交換だけでも日中丸1 日を使う計算で大掛かりだ。
近日中に地元産コクワとコカブトをリストラしようと考えている。コカブトの場合は、累代して維持するには、共食いをしてしまうので広い場所が必要と云う結論となった。今のところ越冬後に活動を開始しているつがいがいるが、お手軽ではないので飼育を終了とする。コクワはかなり厳しい環境でも棲息しているので、大事に累代する必要はないだろう。環境破壊が進んだ将来でも採集可能と考えられるので、飼育終了にする。



平成21年5月10日 VW フロント・フェンダーを外す

普通では吸えない場所を掃除
昨日と今日の2 連休を利用して、また車弄りに興じた。フロント・フェンダーを外して防錆処理に取り掛かった。普段は気付かないか手の届かない部分の錆が露わになるので、あと20 年安心して乗る為にはこういう作業は欠かせない。

特にフェンダーの裏側は、錆ていたのを知ってて錆を処理せずに、錆の上から只塗装しただけのような痕が見られた。こういういい加減な処置痕を見てももう驚かなくなっているのが怖い。慣れとは恐ろしいものだ。怪しい部分の塗装を剥いでいくと、錆がどんどん出て来る。塗装を剥いでも剥いでもきりがない位で、何度か嫌気がさした。幾ら時間があっても足りない気持ちになる。幸運なのは、腐って鉄板に穴が開くような部分は殆どない事だろうか。作業の甲斐があるものだ。救われた。徹底的に錆出しして徹底的にPOR - 15 で固めた。
2 日間の作業は、虫の餌交換と交互に同時進行させていたのが祟ったようで、最後の最後で日が暮れて暗くなってしまった。闇の中でヘッド・ランプを頭に装着しての作業で、普段なら難なく進むような手作業も時間が掛かって能率が落ちた。それでもなんとかフロント・フェンダーを取り付けて完了に漕ぎ着けた。

今回の作業で一番時間を取られたのは、長らく懸案だった運転席側Aピラー内部と穴4 ヶ所の補修だった。車の寿命に直結する切実な問題なので、絶対に手を抜けないから慎重且つ丁寧に進めた。
掃除機の先端に特別にホースを取り付けて、普段は全く手の届かないヒーター・チャンネルとAピラー根元の中空部を掃除した。吸えたのは腐り落ちた鉄粉のゴミが殆どのようで、意外に中は汚れていなかった。(汚れていたなら更に大事なので、業者に頼むしかないだろう) だが、腐った部分の鉄板から崩れ落ちる鉄粉を取り切るまでは、大変な時間と手間と根気を要した。こうしないと防錆塗料を塗っても全く意味がない。だから、狭い場所で作業性が頗る悪いにも拘らず、納得の行くまでやり続けた。掃除が済んだ後は、薄めたPOR - 15 を医療用注射器で吸って、手の届かない部位まで届くように中空部内に噴射した。本当はスプレーのように噴ければ言う事なしであるが、代わりに時間と手間と根気と愛情だけは注いだ。
この部分からの雨天走行時の雨漏りを評価する必要があるので、当面は穴を塞ぐのはアルミ・テープで外側だけにして、内側は開放した儘か、ガムテープで塞ぐだけにした。何度か雨天走行して問題がなければ、内側の穴も塞いで、最後は全てパテで表面を整えて塗装してお仕舞いの段取りだ。

外装の防錆処理に限れば、今回の作業で80% 程度は終えただろう。取り敢えずはイベント参加時や通勤時の突然の雨に、錆の悪化を恐れて舌打ちするような事態はもうなくなったと云う事だ。
フロント・フェンダーを外して作業



平成21年5月14日 VW カーナビの調整

有料道路を飛ばしていると、只でも五月蝿いエンジン音は、まるで冗談じゃないかと思うような爆音になる。オマケのように小さい内臓スピーカーから産出されるカーナビの音は、当然のようにまるで何事もなかったかの如く聞こえない。一般道を走る時には何とか音が聞こえているが、有料道路では常にエンジンが雄叫びを上げているから、カーナビの音はお話にならない位にか細くなってしまう。これではAV機能を重視して購入した意味がない。音楽に限らず、通勤時のニュースやNHK 特集等の視聴、更に遠出の際には映画やアニメと云ったように、子供の娯楽としても求めている使い道だ。一刻も早く音が聞こえない問題を何とかする必要がある。

カーナビを入れた時から音が小さ過ぎると云う懸念は抱いており、三菱ミニカで使っていたインバーター(シガー・ライター電源からコンセント電源が取れるようにする機械 ) と小型モノラル・スピーカーをVW に積み替えて対処していた。しかし、毎日のように使っているとインバーターの寿命は 2年程度と短いので、周期的に買い替える手間がある。カーナビを入れて間もなく、その手間が丁度ぶち当たった。

またインバーターを買うのも一つの手だが、寿命が決まっているのでどうしても気が進まず、電源不要の小型スピーカーを試してお茶を濁せないかと考えた。電源不要に拘ったのは、シガー・ライターからカーナビの電源を取るので、他に増設でもしない限り電源が空いていないからだ。ところが、電源不要のスピーカーでは、これもお話にならない位に音が小さかった。カーナビの元の音の方が遥かにマシだった。非常に安い投資だったが、他に使い道が思い当たらず無駄になってしまった。
仕方なしに自動車用品店に次なるインバーターを買いに出向いた。インバーターはどこに置いてあるのかと店内を探していると、ふと面白そうな品物が目に飛び込んだ。FM トランスミッターだ。随分前に聞いた事があるようなないような、こんな便利な機械があった等とはすっかり忘れていた。AV 機器から取った音源を、自動車に据え付けられているFM カーステにFM 電波で飛ばしてくれるという優れ物だ。だからカーナビの音声は、カーステのFM ラジオの音源から出力出来るのだ。素晴らしく便利だ。
カーナビからカーステに直接繋げないものかと考えた事もあったが、メーカー専用機器だけのような仕様になっていて (小生のVW にはパイオニアのカロッツェリア が付いている )、単にカーナビの音声出力からカーステの音声入力に繋いで外部入力からカーステが音を拾うという機能が果せないでいた。

FM トランスミッターで全て解決した。メデタシ、メデタシ。



平成21年5月17日 VW フラバグ

FLOWER AUTO が開催するFLASH BUGS Meeting (フラバグ ) に行って来た。去年は5000人もの来場者があったようだが、25回目を迎える今年は天気に恵まれず、予報の段階で降水確率80% だった為か、大磯ロング・ビーチの巨大な駐車場は半分弱しか埋まらなかった。
しかし、小生が当てにしていたスワップ・ミートの出店数は良好で例年と全く変わらない盛況振りだった。例年と表現しておいて、実は小生がフラバグに訪れるのはこれが2 度目で、盛況振りの物差しは雑誌記事を基にしている。
1 度目訪問のフラバグは、あれはたしか5〜6 年前で、'64 年式VW のレストア期待と草レース出場への意気込みに一番胸を膨らませていた時期だったろうか。だから、1 回目に来た時には'64 年式VW はショップに出していた為、会場へはVW に乗って来た訳ではなく、足車は多分マツダ・ボンゴだったんじゃないか。草レースとはY's CUP の事であるが、車が'56年式Oval となった今では、もはやこれでレースに出場するような暴挙なんぞは専ら考えられず、この儘では、当分の間は、せいぜい公道でマイルド・チューンが施されたOval のエンジン音を楽しむ程度に終わるのだろう。レース専用車としてもう 1 台VW を持つと云うのもアリかもしれないが、今のところそう云う時間的金銭的余裕が出来るとは思えない。
来場者駐車場に立つ倅 (右奥に小生の黒いVW)
フロント・フッドに付くメダリオン
スワップ・ミートでは、一番欲しかったのはヴィンテージ・ルーフ・ラックだったが、生憎お目当ての品の売りはなかった。ヴィンテージ・ルーフ・ラックは、元の持ち主が使っていたとして、相当ヤレて汚くなって買い替えでもしない限り、中古で売りに出る事はないと考えられる。だから、仮に売りが出たとしても、それなりの状態でそれなりの値段だろう。後に妻とその事を話していたら、長く使う物なら高価でも錆びないステンレス製の入手を薦められた。
他にも入手予定の部品は沢山あったので、スワップ・ミートには丁度 9時に現地に到着して早々から巡回していた。見付けられたのは、ホーン・ボタン。小生のOval に合う品は3 つ出品されており、全て純正品の中古で状態は良好だった。スワップ・ミートだからと云ってもそんなに値段は安くなかったが、結局、値段と品物の状態で折り合いが付く一番納得出来る品を購入した。リプロダクション品と比べると、純正品は表面の丸みが強くて、裏側土台の材質もベークライトでしっかりしているのが良いところだ。小生のOval のステアリングは、自分で施したレストアと塗装がかなりいい加減なので、せめてホーン・ボタン位は奮発して質の高い純正品を奢ってやろうと思った。因みにこのVW 入手時から今まで付いていたホーン・ボタンは、のっぺりした黒1 色のプラスチック・ボタンで、何の色気もないどうでも良い代物だった。その他フロント・フッド用メダリオン (リプロ品) を含む小物部品を数点購入してスワップ・ミート巡回は終了した。

昼食と休憩を兼ねて車内で過ごしていた。朝早かったので正午なのにもう既に疲労が激しく、全く動く気がしなかった。すると、今まで平穏だった大磯ロング・ビーチに爆音が轟き始めた。Drag Race デモ・ランだ。PRA で云うプロストックからブラケットまで、それぞれのクラスで数台が発進のさわりのみであるが、強烈な加速を披露した。重い尻を持ち上げて車から出た。小生と一緒に見に来たのは息子だけで、女共はもう車から出ようとはせず、その後は雨が降ったので、女共は結局帰るまで車内で過ごす事になった。人集りで視界が悪かったので5 歳の息子を肩車してやると、そこから息子は大はしゃぎになった。
デモ・ラン後は雨が降ってしまったので、スワップ・ミートで巡回した以外は、残念ながらカー・ショーを見て廻る時間を取れなかった。雨は雨でも強風が吹き荒れていたから嵐も同然。各賞の発表と海外旅行の抽選が中央で行われ、嵐の中、息子と傘を差して眺めていたが、傘は骨が折れてオチョコ状態になってしまった。当然だが海外旅行は当たらなかった。残念。
嵐で次々に会場を後にする人が絶えなかったが、海外旅行の抽選が終わると一気に帰る人が増えて、15時まで開催されるフラバグに対して、14時にはもう駐車場はスカスカで、出店すら引き払って去っていた。小生一家もスカスカの駐車場を見届けた後、14時過ぎに帰路に就いた。

【運転席側Aピラー内部と周辺の穴4 ヶ所の雨漏り評価】
フラバグの行きも帰りも嵐に見舞われたお陰で、「平成21年5月10日 VW フロント・フェンダーを外す」で記していたように、運転席側Aピラー内部と周辺の穴4 ヶ所の雨漏り評価が可能になった。嵐の中を長時間走行したから絶好の評価条件だ。
帰路途中で大黒埠頭に寄って夕食にした際に、運転席側Aピラーと周辺の穴の内側を、ドキドキしながら目視及び触診した。結果は合格。補修は大成功だった。後は時間が取れる時に仕上げるだけとなった。また一歩前進したので、睡眠時間が長く取れるようになる。
オーバル用純正ホーン・ボタン



平成21年5月19日 VW ウィンカーが点滅しない問題

「平成21年4月29日 VW 諸々の調整」内の「ウィンカー・レバーの調整と再々塗装」でウィンカー・レバーの接触不良と述べていたのは、左ウィンカーを操作する時に、時折ウィンカーが点灯も点滅しなくなる問題を指していた。ところが、後に「平成21年5月10日 VW フロント・フェンダーを外す」の作業後に、左ウィンカーは問題なくなった代わりに、今度は右ウィンカーが同様の症状になってしまった。そこで、偶然、ウィンカーが点灯も点滅しない問題が解決となった。つまり、フロント・フェンダーを外す作業に伴って、左右のウィンカーの組み付けが逆になった。そして、それが原因で点灯も点滅しないウィンカーも逆になった。だから、状況証拠から、点灯も点滅しないのは、何も弄っていないウィンカー・レバーの仕業ではなく、フロント・フラッシャー (オーバルのバレット・ウィンカー ) の仕業であると結論付けられた。考えれば、'64年式VW の時もウィンカーが点滅しなくなる問題に遭遇した事があった。長い冬眠に入る直前だった。この時は、右だったら右が点きっ放しになると云う症状で、ウィンカー・リレーが犯人ではないかと考えていた。点きっ放しと云う点から、Oval のようにウィンカー内の電球の接触不良ではないだろう。 '64年式VW は未だに復活を待つ状態なので、ウィンカー問題の犯人はもはや知る由もない。

犯人が分ったので、点灯も点滅もしなくなるこのウィンカー・ランプの中の電球の当たり面を磨いて、中のバネを調整して作業は完了した。一件落着。





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