ミオ・マスト・ダイ
作:gazelle

 3月14日・壬生屋邸。
 壬生屋未央のもとに唐突にチルドゆうパックが届く。中身は、長いこと凍らせてあったのを解凍したらしいクッキーと手紙、そして色あせた写真であった。
『兄様……』
 武道しか知らない未央と違い、兄は多芸多才であった(以下、未央嬢の兄に関する設定は当方のオリジナルです)。お菓子作りはその多彩な趣味のひとつに過ぎない。
『お前の元に届いたのは、こっちのフォーチュンクッキーだったか。じゃあ、俺は今頃墓の中だと思う。士魂号のとんでもない秘密に気がついた俺を、味方が後ろから斬って『幻獣にやられた』と大嘘ぶっこいてくれていることだろう。ご丁寧にそれっぽく俺の遺体をバラバラにして飾ったか? 斬った跡もわからなくなるから一石二鳥だ』
 手紙を手にしたままぞくり、と壬生屋が震えた。

『兄は…手足をもがれて綺麗に飾ってありました』

 未央が表情を曇らせて滝川に語った台詞だ。
『まあ、そのへんは決戦存在ヒーローにでも仇を討ってもらえ。お前にその辺の事情に口を突っ込んでもらいたくはない。そんな暇があったら素敵な恋でもしろ』

『勝てない……』

 男子の当主が認められていたならば、未央は絶対に当主になれなかっただろう。自分の仇を討つ暇があったら恋でもしろなどと、並みの人間が言えようか?

『そんな辛気臭い話より、もう少し面白い話をしよう。まず涙を拭いて鼻をかめ』

「ええっ?!」
 未央は慌てて涙を着物の袖で拭った。
『お前の性格はわかりやすすぎる。壬生屋の歴史にたびたび関わる鬼というのがいてだな……』

 (中略)

『何者をも打ち倒すその拳を封じて、お前は剣を手に取り、足技を使うようになったんだよな? その拳なら、鬼も倒せるはずだ。壬生屋は拳を使いたがらない。一番身近な武器だからだ。いつ何時、一番振るってはならない者に向けて振るわれるかわからない。不祥の武器だ。が、あえて壬生屋の拳技の深奥を伝えておこう。拳でしか語り合えない相手もいるはずだから。そろそろ、クッキーを食いなよ』

 未央がクッキーを噛み砕く。中に紙切れがあり、人間と鬼が戦う絵が書かれていた。クッキー全てに絵が入っており、絵の中では激しい拳の応酬があり、最後に人間の拳が鬼の胸板を貫き、雄叫びを上げる絵で終わった。
『ところで、ばあちゃんが持っていた鬼の写真だそうだが、この顔に心当たりはあるか?』

 見間違えるはずもない。
 瀬戸口隆之。

 未央をあざ笑い、何もかも知り尽くしたような顔で彼女の未熟さを責める。
 許しがたい天敵だ。
 もっとも、最後の一文を読まずに飛び出したあたり、彼女はやはり未熟なのだろう。

『こいつが転生したのを見かけたなら仲良くしとけ。にーちゃんはお前がこいつと結婚してもあの世から文句を言ったりしないから。何でかな、因縁なんて言葉も陳腐に思える強い絆を感じるんだ』

 途中。
「壬生屋! 今日は負けないぞ! 教室までダッシュだ!」
 未央に合わせてわざわざ早起きをした滝川陽平に出会った。まったくもって稀有な異性の『運命の友』だ。お互い何でも話せてしまうが、恋人ではないしそうなろうとも思っていない。
 が、未央は陽平のそばをあっさり通り過ぎた。
「つれねぇなあ……ん? おい! このめでたい『愛の日』にいったい誰をぶちのめそうってんだよ!」
 未央は、珍しく黒い袴を履いていた。その姿は武道家以外の何物でもない。
 バレンタインデーの時はお互い顔も知らなかった人もいたはずだから、今日まとめて祝おう、とのいかにも速水らしい提案で、3月14日は5121小隊に限ってバレンタインデーとホワイトデーをまとめてやることになった。
 そんな日に未央は一人殺気をみなぎらせ、走る。
 陽平が追うが、全く追いつけない。

 瀬戸口のアパート。
「腹減ったなあ……」
 瀬戸口は腹部を押さえる。毎朝朝食を作りに来てくれるののみは、まだ来ていない。

 たんたんたんたん。

 階段を駆け上がる音がする。瀬戸口は着替えて、極上のスマイルでののみを迎えるべく玄関へ向かう。

「めーなの! たかちゃんとけんかしちゃめーなのぉ!」
 ののみの涙声が聞こえる。
「おどきなさい! 賢しげに未来ばかり夢見る少女よ。確かに、いつかは幻獣を許さなければならないかも知れません。でも、その前にせめて一拳浴びせたいと思うのが人です。神やヒーローや幻獣の間で勝手に和平を取り決めるなど……!」
 和平交渉の噂を聞いていた未央は、常日頃から『幻獣の中に悲しい心と云々』と語っているののみに不満をぶつけた。
「その声は……壬生屋! お前、ののみに何を……!」
 吹きこむつもりだ! と言おうとして、隆之は玄関の扉ごと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「人を超えているからといって、なんと傲慢な! 戦いに奔走する私たちを見物するのはさぞや気分が良かったでしょうね!」
 言い返そうとして、隆之は震え上がった。
 どうあっても殺す、と未央の顔に書いてあったからだ。そして、それを可能にできそうなほどの闘気を放ち、未央は隆之を睨みつけている。
「それに……いつもいつも私を馬鹿にして! 見下して! あざ笑って! 今日は普段の私とは違います! あしきゆめ……覚悟なさい!!!」

 どうやったらそんな超俗的な思考ができるのか、人類勝利の暁にはこれまでの一切を水に流すべきだとしたり顔で語る者もある。
『……もう、この戦いを終わらせたいと。そう言っている。あの竜を、許せと』
 来須がこんなことを言う夢を見た。

「ここまでいいようになぶられて来たのに、その痛みも理解できない相手に何が和平ですか! 何を許すのですか!」

 隆之の手を閂に極めたまま背負って投げ、頭から地面に叩きつける。未央の技の真髄は、大味な上段回し蹴りなどにあるのではない。倒した相手の頭蓋と地面の間に空間を作り、その上から内力のこもった掌打で何度も打ち据える容赦のなさだ。人ならば一撃で即死している。
「……からかって悪かった。今のお前はシオネ=アラダの子孫じゃなくて、一流の武芸を持つ拳魔だ。この四世絢爛舞踏、本気で相手をさせて……があっ?!」
 跳ね起きた隆之の右目に、剣訣(人差し指・中指を伸ばし、曲げた薬指・小指に親指をつける)に組んだ未央の左手が突き刺さる。
「ほらほら、無駄口を叩く暇なんて与えませんよ」
 血塗られた指を舐め、未央がにっこりと笑う。
「拳魔……そう、これは壬生屋古流の技ではありません。壬生屋未央一代の殺技!」
 指を引き抜いて戻し、瀬戸口の頸部の血管を親指と人差し指のみでつかみ潰しにかかる。
「みおちゃん! やめてえっ! やめるのーっ!!!」
 ののみが泣きながらすがりつく。
「いい子ですね、東原さんは」
 左手でののみの頭をなで、右手は隆之を高々と持ち上げて地面に叩きつける。指が隆之の頸部に食い込み、血が噴き出す。
「わかった……お前さん、そんなにも苦しがってたのか……じゃあいい、俺を殺して幻獣への恨みを晴らせ……ただ、こんなざま、東原には見せないでくれ……子供の教育に……ぐふっ!!」
 隆之の頭部を、未央の足が踏みしめる。
「東原さん、よく見ておかないとこの人の頭をゆっくりと踏み潰しますよ。見ているなら今すぐ踏み砕いてあげますけど」
「こ、の……今、のお前と…」
 言いかける隆之の頭部を、未央はさらに強く踏む。
「幻獣とどう違うんだよ」
 陽平が言葉を継いだ。瞳から深紅の光を放つ未央に、恐れる風でもなく近づく。
「ヒトの痛みは、俺がちゃんと幻獣に伝える。絶対に。嘘じゃない」
 未央の手を取り、陽平はハンカチで血を拭った。
「未央……そうじゃなくて、本当はこれを渡したかったんだろ? 苦労して作ったんだもんな」
 未央の手に、可愛らしく包装されたチョコレートが握らされる。
「なのに別の子が通い慣れた風に朝食を作りに来たから逆上しただけなんだよな?」
 違う、と言いかけた未央の口に、隆之が右人差し指を当てる。
「そこまで思われてたんなら、男冥利に尽きるな。ののみ、今日は朝ごはんはいいよ。どれ、じゃあ一口味見させてもらおうかな」
 絶体絶命の危機に瀕していたと言うのに、隆之はいつもの幅広い層の女性を魅了する笑みを浮かべ、チョコレートを口に入れた。
「わ、私……本当は……」
 何か言おうとして青い瞳からぽろぽろと涙を流して黙り込む未央を、隆之は片手で抱き寄せた。
「過去の幻像を現在のお前に重ね合わせ、もどかしさを感じていたよ……未来へ、歩いていかなきゃならないのにな……」
 二人に何か言いかけるののみの肩に陽平が手を置き、
「学校行こうぜ」
 とうながす。
「滝川さん、チョコまで作ってくださって、ありがとうございます……」
 慌てて隆之から離れ、真っ赤になった未央は陽平にお辞儀をする。
「へ? 俺は壬生屋を追ってきて止めただけだぜ?」

「俺だよ」

 未央によく似た瞳の青年が、不意に隆之のそばに姿を現す。
「兄様! 生きて……」
「相変わらず肝心なところで状況判断が甘いな。それさえなきゃ武術だけは昔の壬生屋当主と並ぶのに。よく見ろ。ちゃんと足がない」
 『ちゃんと足がない』と言われて未央は困惑し、隆之は苦笑いした。
「不束者の妹だが、頼む……誰かの生まれ変わりなんかじゃない、壬生屋未央を、頼む」
「わかりました」
 5121小隊の誰もが目にしたことのない真剣な顔で、隆之がうなずく。
「ありがとう。5月には人類が勝つだろうからさ、ちゃんとやれよ、ジューンブライドってやつをさ」
 青年の姿が、徐々に消えていく。力ある真の預言者のような物言いといい、つくづく兄に当主の座を継いで欲しかったと未央は思う。

『そうすれば、一人の女の子として何のわだかまりもなく隆之さんに恋できたのに』

「じゃあな」

 青年は、完全に姿を消した。気がつけば、滝川とののみの姿もない。



 瀬戸口と壬生屋は、Hな雰囲気になった。



END

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