『ネオホンコンにて』

作:Gazelle

 海上コロシアム。
「1秒」
 とアムロ=レイ。
「0.1秒」
 これはカミーユの答え。
「計測なんてできんのかよ?!」
 とジュドー。

 ドモンのお下がりの武道着を着こんだロラン=セアックと、悠然と立つドモン=カッシュ。向かい合った時点で勝負は決している。
 最も、ロランの興味は勝敗にあるのではない。ドモンの活殺自在の拳を体感することにある。

 アウドムラ・ブリーフィングルーム。
 その日の朝に時間は戻る。
「ムゲゾルバドスの人だって、生きているじゃないですか!」
 つまらなさげに立ち去りかけるドモンの前に立ち、ロランは言う。
「そう言うことは、もう少し強くなってから言え。お前のヒゲガンダムなら、生身の俺の拳でも砕ける」
 ドモンの拳に、キングオブハートの紋章が浮かぶ。
「じゃあ見せてください。その拳を」
「正気か?」
 ドモンは自分の耳を疑った。だが、ロランが安易に嘘をつく人間でないことは、ここ数ヶ月の付き合いで熟知している。

 そして話は戻る。
「行くぞ!」
「はい!」
 答えた瞬間、ロランの身体は吹っ飛んだ。ドモンとしては極力手加減している。
「ロラン!」
 ソシエ=ハイムが慌てて抱き起こすが、ロランは寝れば治る打撲傷で済んでいるはずだ。
「ここに至るまで、俺は何の苦労もなく来たわけじゃない」
 ドモンはロランを軽々と抱え上げ、アウドムラの医務室に運ぶ。

 アウドムラ・食堂。
「最も、あいつはなるべくしてガンダム乗りになったわけじゃないようだから、戦いに抵抗があるのはわかる」
 ディアナ=ソレルにドモンは言った。
 希代の武闘家だが戦争は嫌いで、己が拳でこの不毛な戦いを終えられるのなら…と地球解放戦線に飛びこんだドモン。敵の高名なパイロットが駆るMSを、軒並み撃破して来た。 彼の前に立ちふさがって無事で済むのは、同じガンダムファイターのみとも言われている。
 月をむざむざムゲゾルバドスの手に渡してしまったディアナには、何とまぶしく見えることか。
「だが、敵を生かしたければまず自分が生きていなければならない」
 だがまだロランは甘いし弱い、とドモンは思う。
「最も、その甘さと弱さが救いになっているとも言える」
「…え?」
 ディアナは不思議そうにドモンを見た。
「ロランやシローがいるから、俺は殺人マシーンにならずに済んでいる。デュオの台詞じゃないが、『壊すのは兵器だけで十分』だ」
 ドモンはコーヒーの紙コップをダストシュートに放った。
「ネオホンコンの街中でメカを持ち出すほど、敵も馬鹿じゃないだろう。少し出かける」
 錆びた刀を背に戻し、ドモンは艦を降りる。

 ネオホンコン市街。
「呼吸を落ち着け、神経を研ぎ澄ます…ロラン、身体に力が入り過ぎだ」
「ドモンさん、気配の消し方の講習と言うより、これは覗きです」
 カミーユ=ビダンとフォウ=ムラサメのカップルを、ドモンとロランは尾行していた。
「その通り!」
「いやその、胸を張られても…」
 困るロラン。
「東方流派の拳を極めた代わりに、俺には得られなかったものが色々とある。例えばレインへの接し方がわからなくて、やれ『山猿』の『朴念仁』のと言われることなんかがそうだ」
 拳豪にも悩みはあるらしい。人並みの青春は歩んでいないのだ。
「触れたら壊れそうでな」
 ドモンが言うと洒落にならない。なにしろ、素手で巨大メカを倒せる男なのだ。
「だが! 俺は言われっぱなしで済ませる男じゃない。これも人生修行の一環だ」
 実は大真面目なドモンであった。
「手法は間違ってると思いますけどね」
 ほう、とため息をつくロラン。

 ネオホンコンでも、遠い昔からの町並みが残る辺り。
「あっ! ドモンさん!」
 ロランの視線の先では、カミーユとフォウが何者かに囲まれていた。
「ほう…ああして自分の強さを女の子にアピールか。だが、俺がレインにアピールしなきゃならない物はそういうのじゃないんだが…」
 もう少し気のきいたことはできないのか、と言いたげなドモン。
「何を言ってるんですか! あれは…福建少林寺の僧侶です!」
 ドモンの友でありシャッフル同盟の仲間でもある、嵩山少林寺大僧正サイ=サイシー。 彼の指揮のもとに地球解放戦線に手を貸す北少林に対して、福建の南少林寺は一枚岩の結束とはいかないようだ。一流のガンダムファイターと互角に渡り合える僧がざらにいるので、始末におえない。
「カミーユ一人では…死ぬな。連れの女の子も何らかの強化と訓練は受けているようだが、そんなものが通用するほど南少林の拳は甘くない」
 ドモンは冷静に分析する。
「ドモンさん! 助けないんですか!」
 対照的に焦るロラン。
「わかっている! だがしかし…今出てしまうと…少しばつが悪いな……ん? あれは?」
 ドモンの視界に入ったのは、チャイナドレスの縫製店だった。

「貴様、何者だ!」
「ローラ=ローラ」
 既製品のチャイナドレスを着こみ、化粧を整えてロランはカミーユと少林の僧との間に飛びこんだ。影の中にドモンが潜んで、ロランを操っている。要は二人羽織だ。
「流派は」
「東方不敗!」
 ロランが構える。
「東方流派は、ドモンさんとその先生だけじゃなかったのか?!」
「妹弟子です」
 カミーユに言いながら、ロランは僧Aの掌打を掌で返した。ドモンの気が、ロランを力強く支えている。そうでなければロランの腕は粉々になるところだ。

『ドモンさん、今日はどんな感じで調理を?』
 戴宗・チボデーなどの『油断のならないお調子者』に囲まれて、最近のロランはユーモアを覚えた。
『ウェルダンの熱い拳を食らわせてやる。そうでないとお前やカミーユが死ぬ』
 ロランの拳が、僧Bの胸板に打ち込まれる。僧Bは車道まで吹っ飛んでエアカーを何台も弾き飛ばし、由緒ある銀行のビルの壁にめり込んで気絶した。
 次の敵の懐に疾風と化して飛びこんだロランが、重い一撃を放つ。
 別れて奔流となったり、まとまって神槍ともなるその拳。
 およそ、凡百の拳士とはレベルが異なる。
「まだ、やりますか?」
 残った数人の僧に向かい、ロランは構えを取る。少林の僧の一団は、先ほどまでそこにいたのが嘘であったかのように姿を消した。

「ロラン=セアック! 覚悟!」

 さすがにネオアメリカに次ぐ映画の都、ネオホンコン。ムゲゾルバドスの女性兵士、ポゥ=エイジがワイヤーワークを駆使してビルの上から舞い降りてくる。ビームガンの乱射のおまけつきだ。幾度となくロランに翻弄されてきたとは言え、そこまでやるかとドモンは思う。
 ともあれ、このままではネオホンコン市民に迷惑がかかる。ドモンは胡弓を弾く老人から弓を借り受けた。
「覚悟をするのは貴様の方だ!」
 ドモンが高速で回転し、ポゥの真下から飛ぶ。
「ぐっ!」
 ロケットの如く飛んできたドモンによって、腹部に弓を叩きこまれたポゥは着地するなり倒れた。
「甘いな、それは囮だ」
 衝撃のアルベルトが、小脇にぐったりとなったフォウを抱えてニヤリと笑う。傍らにカミーユが倒れている。ティターンズの依頼を受けて、フォウを取り戻しに来たらしい。
「待てっ!」
 ドモンが追う。が、逃げるアルベルトとの距離は一向に縮まらない。それもそのはず、
「秘術、『縮地の法』」
 策士・諸葛孔明が術を用いてドモンの距離感を狂わせていたのだった。強さではガンダムファイターと同等と言われるBF団だが、個々の老獪さでははるかに勝る。

 アウドムラ・ブリッジ。
「『恋人は預かった。カミーユ一人でネオホンコン海上コロシアムに来い』…か、どうする? あからさまに罠だと思うが」
 ドモンはカミーユに手紙を放る。
「一人で行く…ふりをします。こんなとき、シュバルツさんがいればいいんですが…」
 カミーユがブリッジを見回す。が、こう言う時に限っていない。
「一番目立つ人ですが、ゲルマン忍術をちゃんと使えば役に立ってくれますからね」
 ジョルジュ=ド=サンドは代わりの人材を物色するが、何より敵にBF団から十傑集が出張っているらしいのが痛い。『隠れて動くのが得意』程度の者ではまず見つかるだろう。
「まあ、やつらに気取られない程度の距離からついて行くから、危なくなったら呼べ」
 ドモンは軽く請け負ったが。

 コロシアムに建てられた小屋の中。
「こうなるとは思ってたよ」
 カミーユはふう、と息を吐く。ドモンとジョルジュはアルベルトとコ・エンシャクに足止めされ、その間にカミーユはフォウともども椅子に鎖で背中合わせに縛り付けられている。少し離れたところで、爆弾のタイマーが順調に数字を減らしている。
「悪いなカミーユ! 貴様とはいいライバルになれると思っていたが、ロンド=ベルの戦力を削げとの上からの命令じゃしょうがない。せめてもの償いにお前たちの新婚生活に必要なものを贈らせてもらった。ほんの一瞬だが、お幸せに!」
 窓の外でジェリド=メサが笑う。確かに小屋の中には家具やら電化製品やらが置かれ、『若い二人の新居』と言う雰囲気をかもし出している。
「せっかく、君と分かり合えると思ったのに…」
 カミーユが言うが、フォウからの答えはない。
 …かと思えたが。

「甘いぞカミーユ! この程度のことであきらめるとは!」

 フォウの口から、男の声がした。
「シュバルツさん?! ど、どこで入れ替わったんですか?! でも、一緒に縛られていては世話ないと思いますけど…」
「そう思うのが素人の浅はかさ! ゲルマン忍法、見せてやろう!」
 二人が話している間にも、タイマーは3分を切った。

 ちゅどーん!!!

「カミーユっ!!」
「しまった!」
 なんとかBF団を退けたドモンとジョルジュは、なす術もなく立ちすくんだ。
「秘技! ゲルマン忍法『カスケーダー』!!」
 フォウの顔をしたシュバルツが、例によって巨大な水柱の上で腕組みして立っている。
 『カスケーダー』とは、ネオハリウッド帰りのスタントマンがゲルマン忍者に伝えた、自邸にしかけられた爆弾を冷蔵庫に隠れてやり過ごす大技だ。
「いい加減変装を解いてください…」
 横には目の幅の涙を流すカミーユがいる。

「フッ、俺もあの程度ではくたばらないだろうと思っていたぜ」
 ジェリドが無茶を言う。
「そこのインチキ忍者! お前とフォウが入れ替わっていることは先刻承知だ! フォウとお前の助っ人はこっちで捕まえたぞ!」
 ジェリドが指した方向を見ると、激動たるカワラザキがアレンビーを伴って現れた。
「ドモン、ごめん!」
 謝るアレンビー。縛られているわけでもないからたやすく逃げられそうなものだが、そこは百戦錬磨の激動たるカワラザキ、打つ手はいくらでもあるのだろう。
「と言うわけだ、愛しいフォウに踏み潰されて死んでくれ。サイコガンダム! ショータイムだ!」
 ジェリドが指を弾く。禍々しい黒い巨人が、海の中から現れる。
「カミーユ! 逃げてっ!」
 サイコガンダムの中から、フォウの悲痛な声。
「今助けますっ!」
 ターンエーガンダムが、コロシアムに降り立つ。
「チッ、お約束な展開になってきたな…BF団の方々、ここは退こう!」
 戦況は有利なはずだが、ジェリドは早々に撤退を決める。

『火力で比べるならこっちが不利。接近戦で勝負をつけないと』
 ターンエーガンダムのビームサーベルに浮かぶ『G GUNDAM』の文字。ロランだけの剣ではない。ドモンの魂もこもった剣だ。
「叫べっ! ロラン!」
 ロランはドモンにうなずいて、シールドを放り投げ、空いた手を握り締める。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
 ターンエーが飛ぶ。サイコガンダムの頭上、はるか高く。
 サイコガンダムの中心に沿って、光の線が描かれる。

 パシッ!

 着地したターンエーがシールドをキャッチする。腕を一振りすると、ビームサーベルの刃が消える。ロランが目を閉じる。
 サイコガンダムの大爆発が、ネオホンコン一帯を大きく揺るがした。
「フォウーっ!!!」
 カミーユが泣き叫ぶ。
「安心してください、峰打ちです」
 ターンエーが握り締めていた手を開くと、無傷のフォウが現れた。

「ドモンさん! これがニュータイプなんですね!」
「その通りだ!」
 手を取り合って夕日に涙する二人。
「違う…」
 目の幅の涙が止まらないカミーユ。
「いいんじゃない? 新しいヒトの形には違いないんだから」
 フォウがカミーユにそっと寄りそう。

 ロラン=セアックがドモンより東方流派宗家の座を継ぐのは、これより10年後のことであった。

 End

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