トピックス009

駅売りタブロイド


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ここは「駅売りタブロイド」。心の話には不透明で不確かな話も、矛盾だらけの話もたくさんあります。
ここでは独断や偏見が混ざることを承知でそんな話をあつかっていきましょう。
よって、ここでの記事には特にご注意ください。読まれた方のご批判・ご意見・ご感想をお待ちしております。
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大人たちにできること 1

子供たちの心と教育について
 2000年5月3日、佐賀に住む17才の一人の少年が高速バスをジャックし、一人の乗客の命を奪い、大勢の人に深い心の傷を残しました。現在も連日、この事件についての報道が続いてます。少年は精神病院に入院中であり、その外泊中に起こした事件として、病気と犯罪事件との関連性が再び話題になりました。

 私は犯罪心理学の専門家ではありませんし、少年のことも報道によってしか知ることはありません。ですから、この問題について直接触れることはできません。しかし、一方で現在、精神科を含め、学校や少年の問題、そして報道とその受け止め方という点ついて話の整理をしてみる必要はあるのかもしれないとも感じました。ここにもいまだ明確な答えはありません。しかし、これらの問題も現在の精神科医療に求められる一つの側面であると思い、少しだけ書いてみることにしました。

 今回の事件で大きく注目されていることは先にもあげたとおり犯人が17才の少年であったことと精神病院に入院中だったことに他なりません。そして、今回の事件は残念ながら安易な二つの考えに問題をすり替えてしまう危険性を持っています。
つまり、
「少年法を改正して大人同様に処罰すればいい」
「精神障害者は恐ろしいから、病院に閉じこめておけばいい」
という二つのものです。この考えにはもちろんこの事件以外にも、これまでのさまざまな背景がからんでいます。ただ、こうして文章にしてみるまでもなく、このような考え方が短絡的で、大雑把すぎることに多くの人は気づいていると思います。

子供たちの心と教育について

 確かに、ここ数年、子供たちをめぐる心の問題は常に注目される話題の一つです。バスジャック事件の犯人の少年は不登校であり、いじめにもあったことがあると言っています。私たちカウンセラーや精神医療にたずさわるものをはじめ、今では学校の多くの教師たちが「不登校」という行動が、単に常識から外れているということだけでなく、その子の心のSOSだと考えています。
 「いじめ」はどうでしょう。「いじめ」という言葉は不思議で肉体的にも、精神的にも他人を傷つけていながら、被害にあった者にあたかも責任があったかのように言われることがよくあります。しかし、当然これも人を傷つける加害者の心に問題があることは明らかです。そして、いじめにあった者はそのために心の傷までも背負うことになるのです。「いじめ」は異なる二つの心の問題を持っていることがわかります。
 では、非行に走ったり、家庭内暴力に向かう子供たちはどうでしょう。この子供たちの心にも何かが起こっていることは言うまでもないはずです。
 そして、さらに現代では外見的にはごく普通に見えて、その実態のつかみきれない子供たちも増えています。大学には入ったもののその先の道が見えず、結局学校に行かなくなってしまう大学生、援助交際と称して売春や美人局(つつもたせ)をする少女、中学受験のために夜遅くまで塾に通い、親と話す時間もない小学生・・・。ここで今さら取り上げなくても、子供たちにも、その親にも、そして、それを囲むこの社会にも、何か大きな問題があるのではないかということは、みな感じているのではないでしょうか。

 このホームページは「心の病」ということを取り上げながら、それがこの時代の中で生きていくということやその人を囲む生活状況などと、本当に密接に結びついているのだということを取り上げてきました。この複雑な現代の中で、それは子供たちであろうと、大人であろうと、また高齢者であろうと、多くの悩みや苦しみを抱え、いろいろなことを我慢し、妥協しながら生活していることに何の変わりもありません。そして、こうした心の問題は決して特殊なことだとは言えないのです。

 確かに人を傷つけたり、社会に迷惑をかけたことに対して相応に罰することも必要なことです。少年といえど社会の一員として責任をとることは当然と言えます。ただ、今、我々大人が考える大切なことは少年という精神的に未完成な時期の存在に対して、その責任をどこまで求めるのか、そして単に罰を重くするということで、先にあげた様々な問題がより良い方向に解決できるのかということではないでしょうか。これまでにも少年の起こした事件であっても、その社会的意味において大人同様の処罰を受けてきたものは何例もあります。また、刑罰がより重い大人であっても、実際に起こす事件の数はあとを絶ちません。今の複雑多様な社会ではあらためて、人を傷つけることとはどういうことか、社会の一員としての責任とは何なのか、心の健康とはどういうものなのか、深く考え直してみる必要がありそうです。

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