| こうした問題については1番ホームの統合失調症「予後と社会的問題」の項目でも触れてきました。実は精神科の平均在院日数はこの10年ほどで100日も短くなりました。薬の改良も進んでおり、最近では新たに発病された方が1年を越えるほど長期に入院することは非常に少なくなっています。退院後の予後も以前に比べれば非常に良好な人が多いのです。 つまり、精神科の世界では一般社会以上に高齢化と少子化の二極化が進んでいるというのが本当の姿なのです。発病してすでに何十年かが経過している人は、その中で両親も帰る家も失って、今はむしろ高齢化という問題に直面してきています。このような状態の人は病院の中で安定した生活を送っていて、客観的に精神科医療の対象として見れば、入院の必要がないと言ってもいい人たちです。こうした人たちの調査結果にはややばらつきがありますが、最低でも入院患者の30%、多いものでは50%ほどに達するのではないかと報告しています。精神科の平均在院日数が極端に長くなっているのは、こんなところにも理由があります。 現在、日本の精神科医療は長期入院患者の高齢化の問題と医療の進歩による統合失調症の軽症化の二つの問題から、医療のあり方を問い直されています。厚生省はここ数年の政策で医療費削減という現実的な課題を見すえつつ、この両者に共通で、しかも国際的にも見ても日本固有の問題である精神科の入院者数の削減に力を入れています。これはまさに合理的な政策であって、その趣旨も目標も理解しやすいものであることは確かです。厚生省は入院を助長するような医療に対しては保険点数の配分を少なくし、外来医療の充実や早期退院に向けての医療活動に対しては非常に割高な保険点数をつけて、病院が積極的にそれらに取り組むように方向づけています。 私自身、こうした考え方の中で精神科医療の教育・指導を受けてきました。このホームページも精神科の病気や病院をもっと一般的に理解してもらって、統合失調症も、もっと日常で起こりうるうつや神経症といった問題も、身体の病気と同じように普通に身近な問題として知ってもらいたいという気持ちで作っています。 しかし、それでも前回にあげた精神科医療をめぐる法律や社会の歴史を振り返り、現実に病棟で暮らす大勢の人の姿を見るたびに、その矛盾に複雑な気持ちになってしまうことを認めざるをえません。 日本の精神科の歴史は患者を取り込むように発展してきました。それは結果として一般の社会とは切り離されて、良くも悪くも一つのコミュニティとして発展してきました。入院という限られた環境の生活になじめばなじむほど、社会人としての自立した生活力は当然落ちてしまいます。結果として先に見たように高齢化し、帰る当てもなく、現実的な生活力も十分でない人たちが長期の入院生活をしています。しかし、この状況にしても、こうした現実の歴史の中で押し流されてきた人たちにとっては、まかない付きの下宿暮らしとでも言えるような生活を保証しています。仲の良い気心の知れた入院仲間と、よく世話をしてくれる看護者と、健康に配慮してくれるあたたかい医者と、栄養や食べやすさを考えられた三食の食事と、適度な日常を過ごすのに必要な施設と、贅沢さえしなければ困らないだけの生活保護費などが、そこにはあるのです。統合失調症といっても病気の山を越えれば平静は普通の人と変わりません(ニュースに取りざたされるような事件を起こす人の割合は一般の人のそれと大差ありません)。現在の長期入院患者は、いつのまにか社会に戻るきっかけを失い、ズルズルとこの生活に居場所を見つけた人たちでもあるのです。 人間の暮らしは理屈で解決できるものではないと感じます。確かに患者を苦しめるひどい病院もあるでしょう。社会的入院という考え方も間違ってはいません。しかし、多くの病院は患者の収容を中心としてきたその歴史の中で、気がつけば世間の激しい雨風から患者を守る温室となり、また患者もその生活の中で暮らしになじみながら、それなりの花を咲かせてきたのが、もう一面の姿でもあるのです。温室の中で咲いた花を、外の風の中で再び咲かせるのはむずかしいことです。外の風の中で本当に花を咲かせたいと願うのなら、外の風の中で育てなくてはなりません。長期入院患者の退院という問題を考えるとき、私の頭をいつもこうした思いがよぎっていきます。 現在、精神病院の入院患者の平均年齢はどこでもおそらく50才台中半から後半になっていると思います。あと30年ほどすれば世代交代は確実に進み、おのずと病院のあり方は変わらねばなりません。今はその過渡期に当たる時期とも言えるでしょう。これからの精神科医療は少なくとも同じ過ちを繰り返さず、外の風の中で花を咲かせる工夫を身につけなければならないことは確かです。それに私たちの社会もこうした人たちの存在を切り離して、関係のない振りをしているわけにはいきません。心の病気を含めそのほかの様々な障害を持つ方が、その人なりに生きていくためにいろいろな援助や工夫を当たり前に必要としていることを認めねばならないのです。これまでの社会のあり方は、もしかしたら私たち自身の方が健康に恵まれた人だけの大きな温室に入っていたのかもしれません。 そう、未来はそうでしょう。この道を進まねばなりません。しかし、それでもなお、今私の目の前にあるのは温室に咲く花であるのです。私の勤める病院でもこの夏から秋にかけて、60床のベッドを削減します。精神科医療の中に横たわる重く答えようのない矛盾がこんなところにもあるのです。 |
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| (2000/1/28記) |