| ここは「駅売りタブロイド」。心の話には不透明で不確かな話も、矛盾だらけの話もたくさんあります。 ここでは独断や偏見が混ざることを承知でそんな話をあつかっていきましょう。 よって、ここでの記事には特にご注意ください。読まれた方のご批判・ご意見・ご感想をお待ちしております。 |
温室の花 1 精神障害者を巡る法律の変遷 |
| このホームページを作った大きな理由の一つは精神病や心の病、さらにはその治療機関としての精神病院の役割などについて、日常の社会ではあまり取り上げられることもなく、社会の暗闇の部分としてひっそりと見過ごされていることに、少々の疑問を感じたことにあります。最近は学校問題や、大災害、不況などに伴ってその心への影響が注目されてきましたが、それでも精神病や精神病院というのは、やはり影の中にある気がします。今日の精神科の問題を考えるときに、その歴史を振り返ることはとても重要なことになるようです。これからこのHPで扱っていく、いろいろな話を理解してもらうためにも、ちょっとだけこれらに触れておく必要があると思います。 昭和25年(1950年)、精神衛生法という法律が日本にできました。当時、精神病は病気として治療を受けるというような理解が弱く、多くの場合、家族が直接その責任を負い、そうした人をただ抱えながら、人目を忍び隠れるように暮らすという状況にありました。この新しい法律はそうした家族の負担をやわらげることと、病気に対するきちんとした治療を求めるという目的を持って作られました。この法律はその中で「私宅監置の禁止」を明確にし、患者を隠すために治療せずに放置したり、自宅に監禁したりすることを禁じたのです。これは明らかに戦後のアメリカの影響を受けたものですが、精神病を偏見の対象から治療の対象として理解するという意味で、一歩前進したことは確かだと思います。この法律が近代日本の精神科医療を変える出発点でした。 昭和39年(1964年)3月、アメリカ大使ライシャワーが統合失調症者に足を刺されるという事件、いわゆるライシャワー事件が起こりました。この年は10月に東京オリンピックの開催をひかえ、外交問題に敏感な時期でもありました。テレビの普及も高まる中、マスコミもこの事件を大きく取り上げ、翌年の精神衛生法の改正に大きな影響を与えることになります。それまでも「私宅監置の禁止」は、本来の意味から離れ、多くの場面で自宅監置から、病院への入院に移行しただけという状況になっていました。それが、この事件でさらにこうした傾向に拍車をかけることになったのです。世の中には精神病者は危険だから精神病院に入院させておいたほうがいいという風潮が高まり、それによって精神病院の収容施設としての役割がどんどん拡大されることになりました。日本はそれから高度成長の勢いに乗って急激に発展していきますが、精神病院もこの時期に一気にその数を増やし、入院者もそれまでの数倍という数字で増えていくことになります。 精神衛生法のうたう「私宅監置の禁止」は、こうしてそのまま精神病院への移行という経過に発展していきました。精神病者はこの法律の元で、逆に地域での暮らしを奪われることになり、また社会は精神病者という存在を当然のごとく精神病院という社会のスミに追いやることで自らの偏見を合法的に解決していくようになるのです。精神病者と社会の溝はおのずと深まりばかりでした。 |
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