トピックス005

駅売りタブロイド


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 精神病院と鉄格子。この言葉の結びつきにはいまわしい、嫌なイメージがつきまとっている。これは誰にも否定できない。精神病院が収容所のように機能していた頃のなごりと言えないわけでもない。かつてはやはり病者を閉じこめるために、これは使われたのだ。飾りがついていようといまいと、その意味に変わるところはない。それが理由はどうであれ、今ようやく取り除かれようとしている。精神病院の鉄格子はまさに偏見の象徴的な存在と言っていいものだ。鉄格子が取り除かれるということは私たち医療者にとっても、当事者の人たちにとっても、この偏見を変えていく心強い一歩になってくれないだろうかと僕は期待している。

 しかし、現在でも統合失調症やその他の病気には普通考えることができないような、混乱状態が押し寄せるときがある。アカの他人を故意に傷つけようとするのは少数で、物を壊したり、家族と大ゲンかをしたりする人がまず多い。警察や役所に特殊な保護を求めに行ったり、苦情を言いに行ったりする人もいる。中には自殺しようとする人も、自分自身を刃物で切ろうとする人などもいる。こういうときは本人でもどうにもならない。理屈ではない力が働いているからだ。こういうときにはこれからも「閉鎖病棟」に入って、病気がおさまるのを待つことになる。その意味で現在、鉄格子が無用の長物になってくれたのかと言えば、答えはNoだ。

 閉鎖病棟は今でも必要だが、その目的は「隔離」ではなくなった。現在の目的は「保護」である。先のような状態を私たちは「自傷他害(じしょうたがい)」と言っている。病状の悪化したある時期には、現実から切り離して相互の被害を最小限に食い止めなければならない。病状が安定したら退院すればよいだけのことだ。そして、これから大事なことは、今まで以上に精神病に対する正しい理解を持ってもらうように私たちが努力をすることだと、僕は思う。鉄格子が無くなることは偏見をなくすための一歩だが、病気を克服したということを意味しない。「収容」か「保護」かという問題は、本来私たち自身がこれらの病気といかに向き合い、いかに乗り越えていこうとしているかという問題なのではないだろうか。病院では鉄格子を無くしたあとには、非常に耐性の高い強化ガラスを入れ、窓が全開しないようなストッパーをはめることで、閉鎖病棟を保っている(もちろん、それらの必要のない自由な病棟もある)。

 今回日本の多くの精神病院で鉄格子が無くなるだろう。全ての病院で鉄格子が無くなるのはもはや時間の問題だ。しかし、本当の意味で私たちの心の中にある偏見という鉄格子が無くなるのはいつのことになるだろう。排除することと守ることの本当の区別がつくようになるのはいつのことだろう。たとえ、精神病院の鉄格子が無くなったとしても、私たち医療者がこの問題から逃げ続けることは許されないのだと思う。

(1999/7/9記)
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