| ここは「駅売りタブロイド」。心の話には不透明で不確かな話も、矛盾だらけの話もたくさんあります。 ここでは独断や偏見が混ざることを承知でそんな話をあつかっていきましょう。 よって、ここでの記事には特にご注意ください。読まれた方のご批判・ご意見・ご感想をお待ちしております。 |
ニッポニア・ニッポン |
| 最近ニュースである鳥の名前をよく耳にする。トキという鳥である。僕はたまたま新潟県の出身なので、この鳥のことに昔からちょっとだけ関心があった。今朝も卵がもうすぐふ化しそうだというニュースが流れ、そして、ほんのついさっき小さなヒナが、この世に生まれてきたことを告げた。 トキが七羽に減ってしまったと新聞の片隅に写りのよくない写真を添えた記事がある。 ニッポニア・ニッポンという名の美しい鳥がたぶん、僕らの生きているうちにこの世から姿を消していく これはさだまさしの歌う「前夜」という曲の一節だ。この曲が歌われた十数年前には、日本にはトキがまだ七羽いたことになる。それからもトキは減り続け、今、卵を生んだトキは、二羽とも中国から送られてきたトキである。新しい命にケチをつける気はないが、残念ながら日本に住み続けていたトキの血筋はもうすでに途切れてしまっているのだ。 トキは今や図鑑に載っている珍しい鳥ということになっている。日本海の佐渡という島にある保護センターの飼育室にいるために、もう限られた人しかその姿を見ることはできない。トキはかつて日本中にあふれ、いたるところの空をのんきに飛び回っていたらしい。その大きさは体長約75p、体重約2s、羽根を広げるとその幅が1mを越えるというからなかなかの大きさである。身体は白いが、羽根先と裏側がオレンジがかった桃色に染まっている。その桃色があまりにきれいだったために、トキ色と言われるようにもなった。トキは群れをなして飛ぶので、そのトキ色の羽根が空を染めていたことだろう。江戸時代、明治の初期までトキは身近な鳥だったのだ。ニッポニア・ニッポンというのはトキの学名である。 そのトキを絶滅に追い込んだのは人間だ。トキは体が大きく動作が鈍いわりにはあまりに優雅だったために、多くの人間に捕まえられ、殺されてしまった。肉は食用になり、羽根は剥製(はくせい)や飾りになった。そして、日本にいたトキは1羽もいなくなってしまったのだ。 さだまさしの歌はこう続く。 わかってる、そんなことは。たぶん、小さな出来事。 それより君にはむしろ、明日の僕たちの献立のことが気がかり 世の中にはたくさんのニュースがあふれている。その中でトキのニュースはまたたく間に忘れられていくだろう。これは仕方のないことだと思う。今このときにも空爆が行われている国だってあるのだから。 だけど、僕はどういうわけか、何かあるたびにこの歌のこのフレーズが頭に浮かんできてしまう。 わかってる、そんなことは。たぶん、小さな出来事。 約束が破られたとき、破ったとき。嘘をつかれたとき、ついたとき。大切な物をなくしたとき、悔しいとき、落ち込んだとき…。わかっていることはたくさんあって、わかりたくないこともたくさんある。誰のせいでもないたくさんのことが、僕たちの周りにはあり過ぎて、僕たちは知らぬ間に傷ついていく。そう、たぶん、僕の心の中には誰かに「わかってもらいたい」気持ちがあるんだ。ホントはわかってなくたって、ただそこにいてくれて、わかろうとしてくれるだけでいいんだと思う。同情も、優しさもいらない。ただ、そばにいてくれるだけでいいんだ。きっと、ただ「わかっている」と言ってくれるだけで。 早すぎる時間の中で僕たちはいろんなことをごまかしているのかもしれない。自分の気持ちも、人生さえも。トキだって、本当は日本のトキがいなくなる前に気づくべきだったんだ。中国から送られてきたトキで、日本のトキがまだ消えていないと言う前に、死んでいったトキたちに「忘れないんだ」と、「わかってるんだ」と言ってあげることの方が大事なんじゃないだろうか。助けられなかったことを「助けられなかった」と言えることの方が、優しさなんじゃないだろうか。 きっとテレビでは新しい命を報道し続けるだろう。そこにはもう大勢の味方がいる。だから、私はこのページではほんのわずかだけれど、いなくなっていたトキたちの話しをしたかった。この片隅に「忘れないでいる人がいるよ」と言いたかった。 |
| (1999/5/21記) |