物語061

 
僕の、私の、
車窓

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人生の意味が何であるかなんて誰も知らない。
ここにあるのはただガタゴト生きる人の、がたごと物語。

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愛情返し

凛夏 女性

 私の父はひどいアル中だった。母は気分が不安定な人でよくヒステリーを起こして私に暴力を奮った。男癖が悪く、いつも愛人を家に連れてきたりしていた。その愛人は当時小学生だった私に性的ないたずらをした。私が14歳の時、ついに親は離婚した。どんな親でも一応親だから悲しかった。私は父と暮らすようになった。母が私の引き取りを拒否したからだった。アル中の父から私はまた性的虐待を受けた。摂食障害になり、リストカットをし、大量服薬をした…死にたいんじゃなくて…汚れてしまった自分を消すためにだった。母の愛人と父に抱かれ…「私はてめぇらの性欲処理機かよ!」と自棄になった。3回、自分の父の子を中絶した。感情なんてあったら辛いだけだし、生きていても辛いばっかりだって絶望してた。今、親が離婚してから9年がたった。私の摂食障害や消えたい気分は今だに消えない。生きるのが苦しくてたまらなく、精神病院に入退院を繰り返して病気と共存している。そんな私は今年、病気を抱えつつ看護師になった。なぜ看護師になったのか…それは入院してた病院の看護師さんに「もらった愛情は人に返していかないといけないよ」って言われたから。その看護師さんは私に言ってくれた…「あなたは汚れてないよ。生きてていいんだよ」って。そして抱きしめてくれた…私が母にずっとしてほしかったこと。愛情返し…単純かもしれないけど、それをするために看護師になった。まだ私はトラウマを引きづりながら生きている。死にたくなる事もしばしばある。でも、私は本当は死にたくないんだと思う…本当は生きたいんだと思う。だって悔しいじゃない…親や大人にめちゃめちゃにされたまま人生終わっちゃったら。だから私は生きる。『これが私の人生だ!』って、自分の人生を取り戻して、看護師として、自分があの看護師さんにもらった愛情を人に返していくまでは自分から命を絶つことはしない。辛くても、悲しくても…私は生きる。

2006/1/10記

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