物語051

 
僕の、私の、
車窓

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人生の意味が何であるかなんて誰も知らない。
ここにあるのはただガタゴト生きる人の、がたごと物語。

ライン1

癌との戦い

レン 女性
学校が終わり、体調不良だった。
産婦人科を受診した。検査結果は、ずばり、癌だった。

「あなたは、癌です!」と、担当医に検査入院手続きを事務的に勧められた。

あまりにも、それは、突然の出来事で、私は、混乱した。
「ちょっと、待ってください。私にも生活がある」
と、一旦、考えこんだのも無理はない。
混乱は、ピークに達し、担当医に泣きながらわめいた。

ドクターからすると、単なる子宮ケイガンの検査入院だったかもしれない。

だけど、告知された私は、たまったモンじゃない。
混乱に混乱を極め、母に、申した所、
「貴様が入院するのは、精神科じゃぁ!」と、母も混乱していて、辛い日々が続い
た。

だけど、改めて、「入院する&手術を受ける」事に合意した。
10日程度の入院で済み、子宮も摘出する事もなかった。

お陰様で、癌と戦い、勝った。
これは、今後の私の人生において、大いに励みになる事だろう。
神様から頂いた大切な体を、これ以上傷をつけたくない。
腕には、切り刻んだ跡が残っている。
いわゆるためらい傷というヤツ・・・。

なおかつ、こんな所では、死にたくないという願望が強かった。
毎日、お坊様が俳諧してる、亡くなられた方の棺もたくさん見てしまった。

末期の患者さんに、色々、励まして頂いた。
ありがたかった。
「絶対に負けたらあかん!負けたら最後や!」
と、姉様にもはげましていただいた。
そのうち、私は、院内で、頼られる事が、多く、
色々、世話をしてあげた。

「夫や息子が着たら、リハビリに行ってる」と、伝えておいて!ETC・・・など。
「お湯の温度調節が分らないから、教えて」など。

いつのまにか、頼られる存在となっていた。
私は、嬉しかった。
「お互いの思いやり&優しさ」があったからこそ、今の自分は、存在してる・・・と
かんじた。
私の癌も最小限に抑えられたのも、「優しさ」のお陰だと思う。
患者同士の励ましあいが、本当に精神的に助かりました。

そして、11月頃退院し、療養しつつ、家業である麻雀荘を手伝っていた。
そんなある日、1月に父の訃報が入った。
今でも引きずっている。

とてもじゃないが、最悪の精神状態です。
次回は、父の死について語ろうとおもいます。
2003/5/3記

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