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| 人生の意味が何であるかなんて誰も知らない。 ここにあるのはただガタゴト生きる人の、がたごと物語。 |
飛んだ日 |
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| ふにふに 女性 31才 | |
| それは、去年の9月の始め。 大鬱に飲み込まれていて 起こした、発作的な衝動。 ダ−の、不倫した事実がまだ 私の頭から離れなくて、どうしようもなくなってしまい、 飛び下りた。 3階のベランダから・・・・。 救急車がきて、病院に運ばれた。 処置中は、腰が痛くて何をされているのか、全く解らなかった。 気が対おたら、ベットの上だた。 2日めから錯乱状態になってしまい、 1番重傷の人が入る病室に移された。 両手、両足を縛られ安全ベルトまでされていた。 それでも、1度脱走した。 くぐり抜けて廊下まで行った時看護婦さんに、 見つかってしまい、先生&看護婦さん10人がかりで、病室に戻された。 私は『第2腰椎圧迫骨折』だったので、 逃げようとする私を先生達は驚いていた。 入院していたのは、2ヶ月半だったけれど、 退院する3週間前までは、拘束されていた。 毎日、24時間安定剤の点滴を受けていた。 安定し始めて、足を外され手を外され、安全ベルトを外され、点滴もとれた。 入院中、辺鄙な場所にある病院だったのに、 2日おきくらいにダ−は、お見舞いに来てくれた。 それが、唯一の楽しみだったかな? あ、あと頭を洗ってもらうのが楽しみだった。 背骨が、良くなってきた頃コルセットの型をとるのに、 久しぶりに、ベットから立った。 足が、がくがくして気持ち悪くなってきて、長い時間立つのが嫌だった。 型をとった後に、ギブスをつけられた。 ギブスは、きつくて苦痛だった。 コルセットが、出来上がった日 私は、大喜びだったよ♪ 苦痛から、逃れられると思ってね♪ コルセットをはめてから、リハビリが、始まった。 階段の、昇り降りが大変だった。 退院してからは、ダ−は始めは優しかったけれど、 段々怒りん坊さんに変わっていった。 今では、毎日お小言がある。 困ったもんだ o( ̄ー ̄;)ゞううむ 今では、コルセットもとれて 歩く事も、走る事もできる。 ただ、後遺症で手の震えが止まらない。 クリニックで「震え止め」をもらって飲んでいるけれど震えは止まらない。 いま、よく生きていたなろ自分で思う。 頭を打っていたら、死んでいたかも、それないのに。 又、半身不髄にならなかったのも、先生達に驚かれた。 よっぽど悪運が強いのかな? 今では、もうリスカする気もない。 ODする気も全くなくなったよ。 何か、憑き物が落ちた感じ。 今は、一生懸命処置してくれた先生達や、看護婦さん達に感謝しています。 (*- -)(*_ _)ペコリ 生きていて本当に良かった♪ |
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| 2002/4/13記 | |
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