物語033

 
僕の、私の、
車窓

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人生の意味が何であるかなんて誰も知らない。
ここにあるのはただガタゴト生きる人の、がたごと物語。

ライン1

飛んだ日

ふにふに 女性 31才
それは、去年の9月の始め。

大鬱に飲み込まれていて
起こした、発作的な衝動。

ダ−の、不倫した事実がまだ
私の頭から離れなくて、どうしようもなくなってしまい、
飛び下りた。

3階のベランダから・・・・。

救急車がきて、病院に運ばれた。
処置中は、腰が痛くて何をされているのか、全く解らなかった。

気が対おたら、ベットの上だた。

2日めから錯乱状態になってしまい、
1番重傷の人が入る病室に移された。

両手、両足を縛られ安全ベルトまでされていた。

それでも、1度脱走した。
くぐり抜けて廊下まで行った時看護婦さんに、
見つかってしまい、先生&看護婦さん10人がかりで、病室に戻された。

私は『第2腰椎圧迫骨折』だったので、
逃げようとする私を先生達は驚いていた。

入院していたのは、2ヶ月半だったけれど、
退院する3週間前までは、拘束されていた。

毎日、24時間安定剤の点滴を受けていた。
安定し始めて、足を外され手を外され、安全ベルトを外され、点滴もとれた。

入院中、辺鄙な場所にある病院だったのに、
2日おきくらいにダ−は、お見舞いに来てくれた。

それが、唯一の楽しみだったかな?
あ、あと頭を洗ってもらうのが楽しみだった。

背骨が、良くなってきた頃コルセットの型をとるのに、
久しぶりに、ベットから立った。
足が、がくがくして気持ち悪くなってきて、長い時間立つのが嫌だった。

型をとった後に、ギブスをつけられた。
ギブスは、きつくて苦痛だった。
コルセットが、出来上がった日
私は、大喜びだったよ♪
苦痛から、逃れられると思ってね♪

コルセットをはめてから、リハビリが、始まった。
階段の、昇り降りが大変だった。

退院してからは、ダ−は始めは優しかったけれど、
段々怒りん坊さんに変わっていった。

今では、毎日お小言がある。
困ったもんだ o( ̄ー ̄;)ゞううむ

今では、コルセットもとれて
歩く事も、走る事もできる。

ただ、後遺症で手の震えが止まらない。

クリニックで「震え止め」をもらって飲んでいるけれど震えは止まらない。

いま、よく生きていたなろ自分で思う。

頭を打っていたら、死んでいたかも、それないのに。
又、半身不髄にならなかったのも、先生達に驚かれた。

よっぽど悪運が強いのかな?

今では、もうリスカする気もない。
ODする気も全くなくなったよ。

何か、憑き物が落ちた感じ。

今は、一生懸命処置してくれた先生達や、看護婦さん達に感謝しています。

(*- -)(*_ _)ペコリ

生きていて本当に良かった♪
2002/4/13記

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