物語009

 
僕の、私の、
車窓

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人生の意味が何であるかなんて誰も知らない。
ここにあるのはただガタゴト生きる人の、がたごと物語。

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自分を知るということ

みーすけ 女性 32才
自分を知ることで、人は強くなれるでしょうか?

私は、子どもの頃の記憶があまりありません。
思い出すことといえば、母が恐ろしかったこと、
(朝、起きるとまず、聞き耳をたてて、母のご機嫌を
伺う子どもだった)、小学校5,6年のとき、突然
いじめられ無視されるようになったこと、中学校に
あがって上下関係の厳しさに圧倒されたこと。
もちろん、そんなことばかりではなく、楽しかったこと
面白かったこともあったに違いないのだけど(思い出せない)
それよりも、息苦しかったことのほうが強烈に焼き付いて
しまっています。
中学生までは、毎日、眠るのが嫌だった。
なぜかというと、眠ってしまうと次の日があっという間に
やってくるから。「明日になったら、永遠に目覚めなく
なっているといいな」なんて平気で考えていました。
学校が嫌で、仮病をつかってサボったりもしていたし、
誰とも遊ばず、家でひとりで音楽を聴いたり、マンガを
描いたりして、自分だけの世界に浸っていました。
今、考えると、自分は不登校、引きこもりそのもの。
それでも高校を卒業して、仕事を10年続け、一見
普通に社会生活に適応して生きてきました。
でも、生き苦しさから解放されることはなく、特にここ
3年くらいはずっと自分について考えさせられっぱなし。
おかげで、自分が思っていた自分と、現実とのギャップ
に気付き始めました。
私には、精神分裂症の兄がひとりと、何でも人並み以上
にできる天才肌の姉がいます。
姉は早くから独立したので、母の心配はもっぱら兄。
母が兄のことで、一時期、かなり悲観的になっていた
こともあって、私は「なんとかうまくやっていかなくっちゃ」
と知らず知らずに肩に力を入れて、フツウに社会生活
を送ってきたのだけれど、ここにきて、その疲れの反動
がやってきたようなのです。
生きていく苦しみをひとりで抱え込んで、表向きは元気な
人間を演じることで、誰とも気楽に接することができず、
友達も持たず、仲間も持たず、ふわっと宙に浮いていた
ことにすら気が付かずにいた私。
そのことに気が付いてしまってから、落ち込みが激しく
無理するだけの気力もなく、当然、自信もなく、不安定な
日々が続いています。
波があるので、「まぁ、なんとかなるだろう」と思える日も
あれば、「お前なんか、死ねばいい」と独り言をつぶやいて
いることもあります。そんなことを無意識に口にしている
自分に気付くと怖い気もします。
自分が引きこもり(自閉症?)である、という事実を
認識するようになって、カウンセリング通いが続くようになりました。
自分の願いは、ただ、自分を受け入れられるようになること。
モノもいらない。食べ物も必要最小限でいい。
自分が生きることに希望が持てるようになって、自分として
生きていくだけの勇気と覚悟をもつことが唯一の救いです。
そのためには、自分を知ることが必要条件になる、と
わかっていながらも、今は知ることで傷ついている状態。
早く、からっぽの自分から脱出したいです。
生きていくことに積極的な人もいれば、
生きていくことに苦痛を感じる人もいる。
誰かのせいにするつもりはないけれど、
自分だけが悪いわけではないと思いたい。
強くなりたいです。
2000/8/7

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