物語001

 
僕の、私の、
車窓

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人生の意味が何であるかなんて誰も知らない。
ここにあるのはただガタゴト生きる人の、がたごと物語。
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流産、そして自傷の再発

yuki 27才 女性

前日に、診察室で撮った超音波写真。

それが最後の記録となった。

20週4日。もう大丈夫、そう思った矢先の出来事だった。



1999年10月17日、午後9時34分。

300グラム余りの娘は、泣き声一つ上げずに

私の中からいなくなってしまった。



5日後、1ヶ月ぶりに退院した。

家に戻ってもまともに動けず、しばらくは寝たり起きたりだった。

そして、毎日泣き続けた。



気が付くと、外に出ること、人のいる所に行くことが怖くなっていた。

それでも友人と会ったり、仲間との忘年会に参加したりもした。

ただ、普段の買い物でさえ、かなりの決心が必要だった。



同じように流産を経験した人たちや、メール友達とのメールのやり取り、

そんなことだけで一日の大半を過ごしていた。

他に何かをする気になれず、パソコンの前に座っているだけの

毎日が過ぎていった。



母乳も出なくなり、生理も始まって、体は元に戻ろうとしていた。

でも、心が追いつけなかった。

どこへも行きたくない、何もしたくない、誰にも会いたくない。

そんな気持ちばかりが強くなっていった。



たまに本屋に行くと、数少ない流産のことが書いてあるものを探す。

はっきりとした原因がわからなかったのもあり、

なぜあの子が生まれて来れなかったのか、この先、自分が子供を

産むことが出来るのか、少しでも手がかりになるものが欲しかった。



寂しさや不安や苛立ちばかりが募っていき、無気力になっていった。

外に連れ出そうとする彼の気持ちも、負担にしか感じられなかった。

いつまでも立ち直れずにいる自分に腹が立ち、

取り残されていくような不安ばかりが山積みになっていった。

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