待合室008

 
駅長エッセイ 車窓

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駅長が出会った人たち、抱く疑問、ぶつかる壁・・・。
このホームページを作った一番の理由は、このページを作りたかったから。
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この物語に登場する人物・病院・企業などは全て実在の物とは関係ありません。
この物語は駅長のこれまでの経験や出会いを複合して作られたものです。

ガサツな男

僕がこの仕事をはじめばかりの頃、病院の職員健康診断で肝臓が悪いと言われて、ちょっとの間だが検査のための入院をしたことがある。おかしな話だが、病院に勤めていながら、僕自身はあまり病院に縁がなくてちょっとのことでは受診もしない。たいていはいつの間にか治っていて、これまで何とか無事にやってきた。だけど、このときは総合病院の勤務だったので、病院からの命令をうけて、渋々入院することになったのだ。

 僕が入ったのは内科の六人部屋で、入って左側の真ん中のベッドに案内された。僕の右のベッドにはヒョロッと背の高い眼鏡の青年がいた。普段は横になっていることが多くて、無口で、声も小さく、笑顔を見せてもどこか頼りなげな感じだった。左のベッドにはとてもシャキシャキした感じのおじいさんがいて、新入りの僕に病棟の規則や時間割などをていねいに教えてくれた。あとからわかったことだが、どこかの町で町内会長をしていたというだけあって、その病室ばかりか、病棟全体でも結構な世話役という人だった。向かい側のベッドを見ると左側には足腰も弱くなってよろよろと歩く最年長のおじいさんがいて、右側には中年のもの静かな感じの人が寝ていた。僕の真向かいのベッドはまだあいていた。

 当たり前の話だが内科というのはみな、身体の具合がどこか悪いわけで、病室の中はとても静かだ。食事が来ると隣同士で話しもするが、あとは寝ている時間のほうが長い。内科の病棟は若い人の退院は早く、かわりに長く残るのは年長の老人の域に入った人たちであることがよくわかった。時間の流れはとてもゆっくりで、次第に退屈さが押し寄せてくる。肝臓は無言の臓器といわれるだけあって、検査結果が悪いと言われても実感はまるでなく、僕自身は昨日と変わらず元気そのものだった。最初は本を何冊も持ち込んで読んでいたが、いつしかそれも面倒になって、結局周りの人と同様、寝てばっかりの時間が多くなった。

 僕が入院して三日がたった頃、開いていた正面のベッドに彼は入ってきた。年令は四十二〜三才ぐらい。顔は陽に焼けて浅黒く、身体はガッチリとしていて、髪にはパンチパーマをあてている。年のわりに派手としかいいようのない赤と緑のセーター着ていて、十才は離れていそうな太めの奥さんと一緒だった。「お世話になります」とあいさつした声はがらがらで図太く、やたらに大きな声で、迫力があった。声も身体も入院してくるにしてはあまりに頑丈そうに見えた。僕らは一見して「そちら」関係の人かと顔を見あった。
 そして…この静かで品のよい病室の空気は一変した。

 彼はたいていのときは笑顔で、愛想もよく、最初の心配は僕の間違いだった。仕事は土木工事の現場監督をしているといい、気さくになんでも話してくれた。この病室で大きな笑い声が聞こえるのは久しぶりだ。ずっと付き添っている奥さんも明るい人で、陰気な病室の中で彼らの存在は僕には気持ちよかった。しかし、彼はいつも大きな音をたてた。体を起こすときには「よっこらしょ」と時をかまわず大きなかけ声をだしたし、のどが渇けば「お茶、お茶」と何でも言葉に出して歩いた。ベッドから降りると決まってカンのクズ籠を蹴飛ばして、歩くときはパタパタとスリッパを鳴らした。ご飯を食べるときもクチャクチャと音がし、服を着替えるときもベッドのあちこちに派手ながらの服が散らかった。毎日訪れる奥さんとの会話もあけすけで、何でも聞こえたし、若い看護婦も下ネタでよくからかった。彼の生活は誰彼に気兼ねするでもなく、マイペースで、そう、まさに彼は「ガサツな男」だった。

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