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常識を変える

 「PTSD」が、ある特殊な状態におちいっていることを示す概念であることはこれまで見たとおりです。この「特殊な状態にある」ということを一般に「病気」と表現します。「神経症」が自分自身の生活や性格などと関係が深いのに対して、「PTSD」は誰でもが死に直面するような恐ろしい体験に合えば、生物の反応としておちいってしまうという病気(特殊な状態)です。私たちは普段「心の病」などというと「気持ちの弱い人がなる」とか「不安定な人がなる」などと簡単に思ってしまいますが、実際にはそうではありません。この病気は死ぬのような恐ろしい状況に合えば誰でもなるのです。ただ、このことをよく知っておかないと「自分は大丈夫」「心の病とは無縁」と思い込んでしまって、いざそうした状況に遭遇しても、なかなか自分の状態を受け容れられないということが現実的にはよくあります。「PTSD」とか「こころのケア」ということを考える時、私たちは「自分だけは大丈夫」「心の弱い人だけがなる」という考えを、もう一度改めなければならないことに気がつきます。

 「心の病」と「身体の病」の最も大きな違いは、外見を見てわからないことです。「心の病」は身体的な検査の結果にも出なければ、痛いとかおかしいという感覚がなく、何となく漠然とやってきます。「心の病」には身体という物質的な反応の中心がないからです。ストレスがたまって身体の病気を引き起こしてしまう場合でも、身体の反応はそのときどきによってあちこちに動いたり、つかみ所がない反応として出てしまうものです。あちらの治療が済んだら、こちらの治療。こっちが終わればまたあっちと、きりがない。もし自分自身で「ああ、ストレスが溜まっている」「ああ、いろんなことがあってちょっとしんどいなぁ」などと感じた時は、むしろ心に余裕があるときで、自分自身のSOSがうまくキャッチできている時です。その時は素直に休むことが最善でしょう。これがひどくなればなるほど、自分ではだんだん判断がつかなくなってしまいます。ひどくなるとすごく疲れていても「そんなことはない」「休むわけにはいかない」「自分は大丈夫」と、誰が何と言おうと「大丈夫」だと考えてしまうのです。そして、どんどん無理を重ねていってしまい、やがて自分みたいな人間は死ぬしか方法がないというところまで追い詰められてしまいます。こんな気持ちでがんばっているときは、周囲の状況もうまくいくようになりません。やればやるほどドツボにはまっていくという悪循環から抜け出せなくなってしまいます。「PTSD」や「うつ」はまさにこうした状態の典型と言えるのです。つらい体験にさらされた人は、そのあともなかなか休むということができません。特に災害や事故などの被害のあとは解決しなければならない問題の方が大きくなって、「休むどころではなくなる」のが社会というものなのです。自分よりひどい被害者の方がいる時、他の人が亡くなったのに自分が生き残ってしまったと感じている時などは特に自分が弱音を吐いては申し訳ないなどと考えてしまいます。周囲の人も「本人が大丈夫と言っているから」「身体は元気そうだから」と安易に思ってしまいがちです。「自分のことは自分が一番よくわかる」。こんなことを言っているときが一番危ないのです。事故のあと「人が変わったように頑張っている」などと感心していると、あとで疲れがどっと出てきます。こうした常識はやはり変えていく必要があるでしょう。「PTSD」や「うつ」になると「頑張らねばならないんだ」という意識が強くなりすぎることを、多く人がもっとしっかり知っておく必要があります。そして、周囲の人がきちんと助言したり、指示をしてあげる必要があるのです。がんばろうとしている本人を止めることはなかなか難しいのですが、まず残業や無理な時間の仕事はしない。定期の休みはしっかりと取る。夜の睡眠、食事の摂取もきちんととる。疲れていなくても、食欲がなくても関係ありません。こういうときは時間を決めて、時間になったら寝る、時間になったり食べる、土曜になったら休む。こういうことを決めてしまうのです。長い目で見て、一時の無理を重ねない。こういうことを周囲の人が意識して、本人がそうできるように援助してあげて欲しいのです。

 日頃からこうしたことに触れていればよいのですが、実際に事故や災害にあって、本人も舞い上がっていると、知っていた知識もうまくいかされないことの方が多いのが現実です。ですから、平常な時にこそ、事故や災害の後の精神状態について、知る機会を持つことはとても大切になります。辛い体験のあとに、こうした基本的な知識をもってもらおうということで「心理教育」というものを行うということが、最近注目を集めています。辛い体験にあったら、誰にでもこうしたことが起こる可能性があるのですから、まずこんなことが自分にも起こるかもしれないということを、あらかじめ知っていてもらうということです。これは偏見でも押しつけでもありません。知らなければ対処できない。悪循環に陥ってからでは回復はもっと遅れてしまうのです。欧米などでは事故にあった後、犯罪被害を受けた人、重い病気にかかってしまった人などには、専門のカウンセラーに会ったり、心理教育のグループに参加して、まず知識としては知っておいてもらうということが当たり前になされるようになってきました。日本はこの点、そうした話を聞いてもらうように言うだけで「病人扱いしている」「自分には関係ない」「被害者の方が、そんなめんどくさいことをする必要はない」などという人も多いようです。うつについても同様で、「休む」ということの抵抗感は日本で根強く残っています。また、「休んだ奴は脱落者だ」という社会の固定観念もあるようです。こうした気持ちを乗り越えさせてあげられるように、社会の常識から変えていく必要があるのです。
 このページを興味を持ってご覧になっている方には、もう何かに巻き込まれてしまっていて、高ぶる気持ちでご覧になっている方もおられるかもしれません。そうした人はまずひと呼吸おいて自分が休めているか客観的に考えてみましょう。あるいは、もし近くにそうした人がいるならどうしたらその人が安心した気持ちで休むことができて、ゆとりを持て生活を立て直せる状況になるか考えてあげてください。一方、今は特にそうした状況にはないという方も、この平常な時に知識としてしっかりとこうしたことを確認しておいてください。どんな人でも事故や事件のさなかでは冷静さを保てなくなります。すぐにでも答えが欲しくなります。正しい方法、すべてを解決できる方法が欲しくなります。しかし、深刻な状態になればなるほど、やはりそれも難しくなる。PTSDもうつでも必要なのはまず「休むこと」「焦らないこと」で、それこそが心のケアと言われるものの第一歩のです。そうしたことができるように守ってあげる環境こそ、心のケアであると言えるのです。
(2006/8/15記)

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