1番ホーム064



表紙へ 目次


ここで興味を持たれ、さらに深く知識を深めたいと思われた方は、
より専門のホームページか、専門書籍等をごらんになられることをお薦めします。
ライン1

記憶との戦い

「PTSD」を「記憶の繰り返し」という視点でとらえることで、医学的な治療法というものがいろいろ考えられています。まず「強迫観念」のところで脳の働きを取り上げましたが、「強迫観念」をやわらげる薬というものがあります。「PTSD」でもこうした薬がやはり有効であると考えられています。「記憶の繰り返し」がなくなれば、それに付随する「覚醒亢進」や「麻痺」もなくなると考えられるでしょう。薬の効果でいうと、緊張をほぐす薬や、眠りを助ける睡眠薬なども重要な役割を果たすと考えられます。「記憶」の問題は、「起こってしまった出来事」を消すことはできないということにポイントがあります。ですから、現実的には記憶の呪縛から、いかに開放されるか、記憶をやわらげるような具体的な対処方法をまず積み上げていくことによって、記憶はあくまで過去のものであって、少なくとも今は自分に危険をおよぼすものではないという新しい記憶を積み重ねていく必要があります。「記憶の繰り返し」は過去の再体験ですから、なかなか記憶が弱まっていきません。この記憶を弱めるためには、今の安定した暮らしをしっかり頭に覚え込ませることも大事と言えるのです。ですから、緊張をほぐす薬や眠るための薬は、今の新しい生活を積み上げていくための大きな助けになるでしょう。

同じように「うつ」をやわらげる薬もあります。「PTSD」と「うつ」は先に見たとおり根本的には違う状態を指しますが、一緒に起こって、相互に悪影響を与えているセットのようなものです。ですから、「うつ」をやわらげる薬が効いてくると自分を責める気持ちや過剰に意識していた罪の意識が少しずつやわらいできます。「うつ」というのは「自分を責めてしまう病気」です。落ち込んだり、元気がなくなるだけの病気だと思われがちですが、本当はものすごく自分を責めていますので、すごく焦りますし、これ以上他の人に迷惑をかけたり、世話になったりするわけにはいかないという意識が非常に高まるのです。誰にも迷惑をかけないように自殺しなければならなくなります。「PTSD」を考える時には、こうした感情がやはりその人に起こっているのではないかということにも注意が必要です。ですから、案外「病院には行かない」「薬もいらない」「自力で治す」と思っている人がとても多いのです。「助けもいらない」「援助もいらない」まして「気持ちで負けられない」と誰もが思っています。そして、それだけ自分にプレッシャーをかけています。そうして対処が遅れていったり、誰にも知られず1人で無理をし、人生の重みを背負っていく人も少なくありません。この問題は後でまた取り上げます。

「記憶」に対する治療は薬だけではありません。問題は「記憶」に縛られているということですから、この「縛り」や「重さ」をいかにやわらげるかということで考えることができます。最近よく取り上げられるのが「認知行動療法」からのアプローチです。簡単に言うと少しずつできるところから、記憶の整理を行っていくのですが、できるだけ客観的に行っていく。例えば「自分がああしていれば」「こうしていれば」と思うことでも、客観的に振りかえれば「そんなことは誰にもできない」「誰の責任でもない」状況だということがわかります。しかし、本人はそんなふうに考えられない。ですから、そうしたところの「考え」を少しずつ修正できるようにしていく作業です。「自分を責める必要はないのだ」ということを、少しずつですが確認していく。このような作業はカウンセリングのように1対1の話し合いでもできますが、同じような体験をした者同士のグループを作って、みんなで話し合いながらすすめていく方法もあります。どちらがよいかと一概には決められませんが、一対一の話し合いは時にとても直接的になりやすいですし、相手がカウンセラーや医者だとかえって説得されているような、責められているような気分にもなるようです。グループで行う話し合いはそうした直接的な対話に比べるとぼんやりしていて、まとまりに欠ける面もありますが、こちらの方がゆとりを持ってマイペースで話ができると感じる人が多いように思います。いずれにしても客観的な情報を頭の中に入れることで、感情的に支配されないようにしていくということです。こうした考え方の修正は「虐待」などでも重要です。「虐待」の被害を受けた人は、「自分が悪い子だから親に怒られる」という観念を植え付けられてしまいます。長年にわたって、そう教え込まれてきました。これを乗り越えるのは簡単なことではありません。客観的な情報を知識として知っておくことで、一方的に自分を責めることがなくなるのです。

カウンセリングとグループワークの話が出てきました。「こころのケア」などというとカウンセリングが頭に浮かぶ人が多いようです。しかし、先にもあげたように実際に1対1で話し合う形のカウンセリングは時に息苦しく、思いつめるところも出てきます。「記憶」の問題を扱う「PTSD」では話し合うことが、記憶の再確認(再体験)につながりやすいことも注意が必要です。1対1のやり取りはどうしても話しが直接的になって、逃げ道がなくなります。一方グループワークにも注意しなければいけない点もあります。みんながみんな、同じように自分たちの責任を感じてしまい、結局それを再確認してしまっては逆効果です。アメリカなどでは一時期「デブリーフィング」といって、事故や災害にあったあと、できるだけ早い段階(48時間以内)で体験を語り合いうことが勧められました。消防や警察など災害救助にあたる方に特には勧められました。しかし、現在この効果は定かではありません。話し合うより、まず休むことや気持ちを切り替えることが必要なことも少なくないのです。ひどい状況や体験を語り合うことは悪いことではないのですが、これも時と場合を考えなくてはいけないようです。

話すこと、語ることはいずれ必要でしょうし、さまざまな状況でそれは行われます。これは「話すこと」が何かしらの感情に対して、言葉という形を与え、気持ちの整理をしやすくする意味があるからです。感情に押し流されているうちは、何もかもがそのエネルギーに飲み込まれてしまうのものです。「言葉」は感情の海に「島」を作り、それを足場にする力を持っています。島が少しずつ大きくなると、心に安定感が出てきます。「言葉」には客観的な性質があり、物事を整理する働きがある。これはとても大事なことです。しかし「話せばよくなる」「語れば心が軽くなる」と簡単に考えるのはカウンセリングの本質を間違えています。安易な言葉はナイフにもなれば、とがった鉄柱にもなって心にいつまでも刺さり続けることもあるのです。実はこうしたことは「うつ」の問題で注意しなければならないのです。「うつ」は「自分が悪い」「自分の責任である」と思いこんだ状態ですから、話せば話すほど泥沼にはまりこんでいくということがあります。考える方向がマイナスに偏っているので、考えれば考えるほど底なし沼に足を取られてしまうのです。「うつ」の基本的な治療は休むことであり、休むことによる罪悪感を周囲がやわらげてあげることが大事なのです。そして、考え込んだ状況を改善するためににリラックスする薬を使って、まず精神的な安定を作ります。ある程度のゆとりができて、はじめて客観的にを話し合ったり、今後のことを考えたりできるのです。「PTSD」でもやはり同じことが言えます。

「会話」そのものを重視しない治療法もあります。いきなり言葉を使うカウンセリングなどより、最近はこちらの方が注目されているといってもよいかもしれません。それは行動療法(脱感作)という手法です。たとえば、高いところが怖い人のことを「高所恐怖症」といいますが、治療としてよく使われるのが「怖いところにだんだんと慣れていく」という実践的な方法です。要は簡単で、少しずつ高いところに上って練習を重ねていくというやり方です。普通は心電図や脈などを測って心電図や脈が乱れない状態を身体に覚え込ませます。このあと階段などを少しずつ上り、上っても心電図や脈の乱れがないように自己コントロールの練習を積み重ねます。「怖さ」を調整するのではなく、「心電図」や「脈」の調整をするのがポイントです。そうして「平気」な状態を作っていとく、「気がついたら高いところにいた」ということになります。「PTSD」は事故や災害ですから、簡単には再現できません。それで大事なのは記憶を思い出した時も冷静に対処できるということです。この方法としてEMDR(眼球運動による脱感作法と再処理法)というものがあります。どうするかというと、まず左右に動く光の点を目で追いかけてもらいます。目を行ったり来たりさせてもらうわけです。そうしながらその怖かった状況を少しずつ思い出して語ってもらいります。人間は1つの動作に集中していくと、もう1つの動作がおろそかになります。2つを同時に集中できないのです。目で光を追うと、思い出して語る方はおろそかになります。そうすることで記憶の衝撃を弱めてしまう。弱まった記憶に少しずつ慣れていって、記憶の衝撃度を落としていく。そうすると記憶が思い出されても平気になり、平気になった記憶はやがて普通の記憶となっていく。簡単そうですが、実際には思い出すレベルや光の調整など綿密な計画が必要で、特殊な訓練を積んだ医師しかできないことになっています。これはやや特殊な方法でしたが「記憶に慣れていく」ということは重要なことなのです。「脱感作」とは徐々に慣れていくという方法の総称で、ここにあげた記憶に直接触れる方法でなくても、例えば交通事故などでは乗り物に乗ること、火事なら台所で火を扱うことなど、現実的な恐怖を乗り越える工夫をしていくと、大元の事故や事件の記憶も和らいできます。。いずれにしても、最終的にはどれも記憶に苦しめられず、現在が安心した状況にあることを確認することが目標になるのです。
(2006/6/22記)

上へ

ライン2

表紙へ 2番ホーム 待合室 伝言板 タブロイド
注意書 スタッフルーム

メールご意見・ご感想はこちらまで