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限定の社会的な意味

こうした限定をなぜ強調するかということ、そこには社会的な理由と医学的な理由の両面の問題があるからです。まず社会的な理由を見ましょう。「PTSD」はもともと戦争に従軍した兵隊が壮絶な戦争体験のあとにおちいりやすい問題として注目されました。それは帰国後の社会生活への支障がとても大きかったためです。戦場でないはずの本土に帰国してなお、戦争の記憶に縛られて平和な日常の感覚がつかめなくなるということがたくさん起こりました。そしてそれは単に戦争被害の悲しみだけではなく、その補償の問題とも大きな関係があるのです。「PTSD」は社会保障、社会福祉という、そもそもが社会的な問題と関係の深いところから生まれた疾患です。災害、事故、事件、いずれにしてもこうした問題と無関係ではありません。

日本の実際の裁判などを見ればわかりますが、身体的な被害に対する治療費、あとに残る障害の有無、治療中にかかる交通費などの必要経費、治療中の生活保障、障害が残ったあとの生活の賠償、被害を受けた物質的な補償などが計算されていくわけですが、ここにあげた治療費や障害への補償はこれまで身体的な障害か知的機能の低下などを指してきました(手や足が無くなったり、記憶力が低下したりすることです)。これまでの日本の補償制度の中には心の問題というのはきちんと認めてはこなかったのです。精神的な償いについては、総じて「慰謝料」などとして表わされます。最近「PTSD」という問題がこうした補償にどこまで取り入れられるかという点が、大きく注目されるところになってきました。それは被害者にとって見れば「PTSD」という認定が、その心の痛みを具体的な形として表わすという一面を持っているからです。また、これまでは目に見える直接的な損失に対してのみの補償でしたが、「PTSD」のような精神的な問題に対して、生活や治療に対する継続的な補償が成立する可能性があります。「PTSD」は身体的な怪我や物質的な損失以外にも、さまざまな意味で補償の対象を広げるという新しい領域の問題として注目を集める側面を持っていると言えるのです。
 しかし、一方で補償を求められる側としては、そうした拡大を防ぐ必要があります。「疾患を認める」「被害を確定する」ということは、補償問題の基本なのですが、補償を算定するためには被害を明確にし、補償を細分化することを求めてきます。「PTSD」という診断は、こうした点からしても具体的な疾患としての明確化を求められ、実際に先にあげたように非常に限定的な状態を指していると定義づけられています。最近のニュースを見ると「PTSD」という言葉が単に「心の問題」と同義語として扱われ、様々な補償を求められるようなものが見うけられますが、実際の裁判では先の診断基準に照らされ、それに該当していなければ「PTSD」にはならないのです。「PTSD」は最近注目される大きな災害や事故によって注目を集めてきた疾患ということもあって、実際の場面では多くの医師が簡単に「PTSD」の疾患名を与えている現状があるように思います。しかし、これが裁判などの法的な問題となれば、診断の確定についてさまざまな議論が今後生じてくることは想像に難くありません。

「PTSD」に対する補償というと「阪大付属池田小学校襲撃事件」の舞台となった池田小学校と「尼崎JR脱線事故」を起こしたJR西日本が、非常に大胆な補償を打ち出したことが注目されます。これらはいずれも非常に広範で手厚い補償を行うことを宣言しました。実際の裁判などによらず、被害者のこころのケアにかかる費用は全て負担するという姿勢を示しています。これは事件に対する社会的な注目度があまりに大きかったということが関係していることは言うまでもありません。これまで精神的な問題に目を向けてこなかった日本の補償制度が、こうした大事件に遭遇して急に180度逆転してしまったわけですが、それはそもそも前例がなく、計算が立たなかったということを示してもいるでしょう。実際の現状では、この両者の打ち出した補償は「社会的な意味」を重視しているという性格の方が強いのかもしれません。阪大付属池田小学校は教育の現場であり、生徒の心の健康からも取り組み、保護者の方々からの理解も深められていますが、JR西日本では、今後具体的に補償をめぐる裁判に発展する可能性も大きくなっています。補償という点で見ると、アメリカの原子力潜水艦が愛媛県の水産高校実習船えひめ丸を沈没させるという「えひめ丸沈没事故」がありました。加害当事者のアメリカは日本人の被害者に対して通常の海難事故などと比べれば、非常に前向きな補償をしたと言われています。こころのケアに関する費用は、5年間という期間こそを定めていますが、この間にかかる費用をすべて負担するというものでした。実際の生徒のケアについては県が主体となって実施し、費用の管理もそこで行われました。しかし、これはあくまでアメリカという大国が、軍治関連の事故に対して、日本に最大限の補償をしたということでもあります。他の国に行けば、修学旅行中の事故であっても、補償などはほとんど期待できないというのが実情です。また「えひめ丸事故」は裁判そのものもは軍事法廷で処理され、その内容や事故の原因究明など、一般には公表されないという特殊性もありました。阪大付属池田小学校が自らが一方で被害者でありつつ、そうした全ての費用を負担しようというのは非常に大きな前例と言えるのです。

いずれにしても「PTSD」は、それと診断される状況になれば1つの疾患として、補償の対象に認められるようになってきたということが大事なところです。そうするとこれまで遺族の受けた「悲しみ」について直接の補償は受けられるのかということも出てくるのでしょうか。「PTSD」について限定をしましたが、「悲しみ」とか「喪失」というのは「うつ」に入ります。家族が亡くなって悲しいのは当り前です。当り前であるがゆえに、同情はされますが、悲しみに対しての補償はありません。日本の社会というのはこうした精神的な痛手に対してとても厳しい一面があって、「悲しみに耐える姿」を美徳とするようなところがあります。遺族のその姿に誰もが胸を痛めても、それに対して補償をしたり、生活を支えるための援助をするという感覚は乏しいのです。もし、悲しみによって生活ができなかったり、仕事ができなくなれば当初の同情も、やがて「甘えている」「いつまでも泣いている」などという批判に変わることも少なくありません。補償を求めれば「命をお金では買っている」「お金目当てで泣いたフリをしている」などと中傷されることだってあるのです。悲しみに暮れることを社会が許るすのは、わずかな間だけです。遺族自身も「立ち直らねばならない」という葛藤を持ちます。しかし、「PTSD」の補償があれば、ひどい「うつ」の補償があってもよいのではないでしょうか。阪大付属池田小学校が画期的なのは、「こころのケア」ということで対象を「PTSD」を発症した直接の子供たちだけに絞らなかったことです。学校だから当り前だと思われる方もおられるかもしれませんが、これはなかなか大変なことです。小学校ですから一年生から六年生まで非常にたくさんの子供たちがいます。直接の被害にあった生徒だけでなく、全ての子供たちに精神的な影響がなかったか注意深く観察を行い、本人や家族にアンケートや面談を行い、年単位の時間をかけて実際に取り組みが行われました。このために何人ものカウンセラーや補助スタッフなどを雇って取り組みを継続していく必要があります。もちろんカウンセラーだけではありません。教師の方々もその取り組みに必死で関わり続けました。保護者の理解や協力を得るために、さまざまな集会を開いたり印刷物などの案内なども発行し続けました。阪大付属池田小学校の対応は単に「PTSD」だけではなく、その後に起こる「うつ」や、子供たちの成長過程でつちかわれるはずの大人や社会に対する信頼感の回復、自分が守られているという安全感などさまざまな問題に対しても広く前向きに取り組んだことが素晴らしいことなのです。こうしたものは直接的な被害を扱う裁判の中にはなかなか出てきません。「尼崎JR脱線事故」になると、こうはいきません。前にも見たとおり被害者の方々は全く異なる地域で、別々な生活をしておられる「大人」の方々なのです。支援を行うといっても、行う側も、受ける側も、簡単な話ではありません。被害者同士が連携をし、被害者の会を作ること1つにしてもすぐには決まりません。最近は個人情報保護法などができて、どこの誰が被害にあった当事者なのか、お互いに連絡を取り合うことすら難しくなっているのです。被害者の会を作りたいと思っても、JR西日本はもちろん、警察も病院でさえもお互いの名前や連絡先も教えてくれない。こうなると被害者が一致団結することすら、とても難しくなってきています。どこの誰が被害を受け、どのような状態にあって、援助の可能性がどこにあるのか、見極めるチャンスすら乏しくなるのです。

被害者支援が社会の注目を集める中で、こうした問題も今後の補償に影響を与えていくのでしょうか。こころの問題が本当の意味で社会の中に位置づけられるようになるには、まだまだたくさんの時間がかかるでしょう。
(2006/5/30記)

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