1番ホーム059



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さまざまな状況

 具体的な話しを考えてみましょう。「PTSD」は阪神大震災の頃から注目を集め、現在はさまざまな災害のあとや学校関係で発生した事件、事故のあとに必ずといっていいほど登場する言葉となりました。「ガタゴト生きる。」にも「PTSD」を取り上げた話題がいくつかあります。そこでは「PTSD」といわれる状態の解説と回復のきっかけになるようなヒントがあげました。しかし、本当の出来事をみると、そんなことでは解決できない深く難しい問題がたくさんあるのです。

 例えば、「PTSD」は「Posttraumatic Stress Disorder」の訳で、日本語でいうと「心的外傷後ストレス障害」と言います。「1番ホーム」では自然災害や事故を被った後を例に、誰にでも起こる当たり前の身体・精神反応であることを強調して書いてあります。本当を言えば、どこまでが普通で、どこからが病気かわからないけれど、「1か月」という目安を決めて、それ以上日常生活に支障があれば、それを「病気」にしましょうという判断基準が採用されていることを紹介しました。これひとつ取っても、わかったようなわからないような話ですね。これは医学は、そう割り切って判断するということを示しています。でも、当の本人にしたら31日と32日の違いなど何の意味もありません。

 PTSDという問題について考える時に起こる難しい問題を、もっと具体的に見て行きましょう。災害や事故といってもものすごくたくさんのパターンがあるということが、まず現実的に大きい問題です。いくつかの代表的な例をあげてみます。

阪神大震災
阪大付属池田小学校襲撃事件
えひめ丸沈没事故
スマトラ沖地震
交通事故

 違いにお気づきでしょうか。阪神大震災の特徴は非常に広範な地域で、非常にたくさんの人が同じ災害によって被災者になったということにあります。隣近所はもとより役所も警察も消防も病院も学校も、もう誰もが被災者となりました。程度の差はあれ、同じ経験をし、同じ辛さを味わった仲間が大勢いるという特徴があります。生活がなくなったストレスや失望感はみんなに共通した問題です。誰だって、眠れなかったり、イライラしたり、不安だったり、涙にくれている。1か月後もそうだった人は本当にたくさんいる。医学的な診断にこだわればものすごい数の「PTSD」の人がいたわけです。でも、誰もそんなことは思ってません。みんなそうだったからです。病院に来られたのは本当に重症で誰かの世話がないと命にかかわるような状況にあった方たちばかりです。ほとんどの人は受診などしていません。では、どうしたかというと、そういう仲間同士で助け合い、支え合って生きたわけです。もちろん、病院や保健所などは影でいろいろな援助をしました。その話はあとで触れますが、実際に助け合ったのは被災者の方たち自身だったということにとても大きな特徴があります。

 阪大付属池田小学校襲撃事件ではどうなるかというと、被害者は低学年の子供たちで、学校が事件の舞台です。そうすると、怖い思い、ひどい思いをしたのはまず子供たちということになります。そして、もちろん先生方です。阪神大震災と比べればかなり限定的になりますが、それでも規模が小さいとは言えません。とてもたくさんの子供たちが恐怖にされされました。ただ、この規模になると具体的な被害の状況はかなり絞られてきます。まず襲われた子供たち。襲われていないけど犯人を見た子供たち。血や襲われて倒れている生徒を見た子供たち。そうしたものは見ていないけれど緊急事態で校舎の外に逃げた子供たち。そうすると、クラスごと、学年ごとでも違いが出てきます。先生たちもそうです。実際に被害にあった先生、犯人を捕まえる立場になった先生、怪我した子供たちを病院に搬送した先生、他の生徒たちの保護にあたった先生。他に責任のある立場や役職だった先生なども負担に違います。こうしてみると阪神大震災に比べれば、はるかに個別的な実情に近い形で、それぞれの状況が整理しやすくなることがわかります。しかし、それでもまだ規模は大きい。

 「えひめ丸沈没事故」になりますと、学校を襲った事故に入りますが、実際に事故にあったのは当時実習で船に乗っていた生徒、教師、船員の方々で学校そのものは事故の舞台ではありません。この点で阪大付属池田小学校襲撃事件とは大きく違います。被害者はもっと限られてきますし、閉ざされた環境でおきましたから体験そのものもお互いにとても似ているということが特徴です。こうなると一人ひとりについて具体的に考えられるくらいのレベルになってきます。ただし、それは逆に見れば、その他の多くの生徒や先生、学校関係者にとっては直接的に関係のない遠く離れた場所で起こった事故であることも特徴になると言えます。

 阪神大震災と同じ自然災害ですが「スマトラ沖地震」は海外で起こった災害であり、日本人の被災者は企業関係者か旅行者が中心になりました。この災害の特徴は「被災者がよくわからない」ということになります。現地における被害者の特定もそうなのですが、被災者は日本に帰ってくると全国各地で全くバラバラな生活になります。自宅の家族や近所では話題になっているかもしれませんが、それ以外の人は誰もそんなことは知らないということになります。行政や病院にしてみると全くつかみ所がない。行政はせいぜい安否の確認をするのが精一杯で、その後のケアという点では状況を確認することすら難しいのです。もうお気づきの人もいるかとかもいますが、同様の問題は「地下鉄サリン事件」や「福知山線の脱線事故」にも当てはまります。被害者の共通項はあの時間の電車に乗っていたというだけで、日常的な接点はありません。電車から降りればみんなバラバラなのです。「スマトラ沖地震」に比べれば被害者の生活圏は限定されていますが、それでも広範に広がっており、誰が事故後にどんな状況になったかということを把握することは非常に難しい。「スマトラ沖地震」でPTSDになった人がどれくらいいるかは、実質よくわからないことになります。また、事故や災害に対する情報という面でも「スマトラ沖地震」はかなり限られています。外国の地震ということで当初は大々的に取り上げられましたが、マスコミに忘れ去られるのも早く、忘れ去られればケアの手も伸びないという現実があります。

 交通事故はその点、誰が、いつ、どんな事故にあい、どんな状況になったのかということが最も限定的にわかります。犯罪被害についても同じです。しかし、現代の社会では交通事故は非常に当たり前の出来事であり、日常の出来事とも言えます。交通事故の被害にあったからといって、そのあとに「PTSD」になったとマスコミに取りざたされることはありません。そして、多くの人がそんなことは関係ないとも感じてもいます。だから、これも実数はよくわかりません。最も身近にありながら、最も「心のケア」から遠い存在が「交通事故」というわけです。また、もうひとつ特徴的な点を上げると、「交通事故」や「犯罪被害」の場合は「相手」や「加害者」が存在する可能性があるということです。これは自然災害と大きく異なる特徴です。加害者がいるということは、怒りの相手がいることであって、それはいろいろな意味を持ってくるからです。

 いくつかの代表的な災害、事故をあげました。これだけみても不思議なことがたくさんあることがわかります。実はこの他にもPTSDを考える必要のある事態があります。レイプや痴漢などの被害者のプライバシーがすごく大切になるような問題。親からの虐待で辛い出来事が一過性ではなく、幼少の頃から長期的にずっと継続してきたような状態。これらも「PTSD」の概念の中に入るのです。これらはもっと難しい問題があります。今回はひとまず、災害や事故についての一般的な話題を取り上げていこうと思います。いずれにしても「PTSD」と一口に言っても、すごく状況が違っているんだなぁということはよく考えておく必要があります。

(2006/5/3記)

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