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心も風邪をひく


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ここで興味を持たれ、さらに深く知識を深めたいと思われた方は、
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神経症・心身症 17

神経症・心身症の治療

 神経症や心身症の話を長くしてきましたが、これらを心の問題として理解するとき、それを治療するというのはどういうことか、ということはいつも考えさせられる問題です。「病院に受診した時から病気になる」というような言われ方をされるときがあるようですが、これらは人生の流れの中で抱えるようになったものでが、たまたま悪い方に傾いただけですので、言いようによってはそうなるのかもしれません。我慢できる範囲で、生活していけるのなら、他人がそれを「病気だ」などということはできないわけです。このことは繰り返し書いてきました。
 しかし、そうでない場合。生活もかなり追いつめられて何らかの方法で対処する方が、今後のためによいと判断された場合。このときはこの問題にいよいよ取り組む決心をしなければなりません。実は神経症にしろ、心身症にしろ、自分の中でそういう気持ちになれたかどうかということが、治療や状況の改善を考えるときには重要な鍵になるのです。

 前回、神経症について押入れとそれを使う人に例えて病気の説明をしました。神経症は、入れる荷物と押入れの大きさとそれを利用する仕方の、それぞれの要素が絡み合って生じたバランスの崩れた状態のことを指しています。そうするとこれを改善するとしたら、おのずとその方法は見えてくるわけです。つまり、入れる荷物を変えるか、利用の仕方を変えてみるか、思い切って押入れの大きさを変えてみるかという工夫です。

 荷物を変えるというのは心の中に片づけてしまう部分を減らしたり、思い切ってそれら捨ててしまうというようなことです。心の傷や痛みなどを見つめ直して、そこにある感情や想いを吐き出してみたり、心に引っかかっていることに再挑戦したり、自分のとらわれているコンプレックスやトラウマ(心的外傷)などを考え直してみることです。神経症の人はこの荷物が過剰にふくらんでいることが多いようです。時には自分以外の、家族や他人の荷物まで持っている方もいます。何もかも持とうとすれば、その重さにつぶされるのは時間の問題です。

 利用の仕方を変えるというのは、荷物の入れ方や整理の仕方を変えるということです。人はつらい出来事や悲しい出来事にあったときにそれぞれの仕方で対処します。押入れにしまうということも同じ意味があります。しかし、そのやり方に無理がきていることもあるので、それに工夫をしてみます。最近よく言われる「プラス思考」などというのもそうでしょう。物事のとらえ方・考え方を逆転してみると、今まで入りきらないと思っていたものがすんなり片づけられてしまうことがあるのと同じです。押入れに入らなければ、外に出しておいてもよいのかもしれません。気にしているのは案外自分だけということもあります。隠すことに四苦八苦している自分を見つめ直してもよいのです。

 押入れの大きさはその人によって違います。大きい人もいれば小さい人もいます。どちらがよいということではありません。でも、押入れの大きさを変えることができれば、今の状況を変えられるかもしれません。人の性格や生き方というのは、それまでの経験や家族や他者との出会いの中で作られてきます。しかし、それは変えられないものではないのです。押入れの利用の仕方からさらに進んで、自分の生き方や人生のあり方を積極的に変えてみることは悪いことではないのです。実際、神経症の症状がとれてくると自分では気がつかなくても、他の人から雰囲気が変わったとか、服装や趣味が変わったなどといわれる人はたくさんおられます。押入れの大きすぎる人はコンパクトにして、小さすぎる人はもう少し広さも強さも増して、自分の人生にあった押入れにしていく必要もあるかもしれません。

 このように見てくると神経症のことやそれが改善されるということがどのようなことかなんとなく見えてくると思います。しかし、実際自分のことになるとこれほどうまく話が進むことはまずありません。普通はどの荷物が問題なのか、押入れの大きさがどんなものか、自分が人と比べてどんな使い方をしているのか、そんなことを考えたこともないでしょうし、一人で考えていると案外キリのない話になるものです。カウンセリングや精神療法というものは、こうした状況をよく知っている第三者をそこにおいて話し合うことを通して、この作業を進めていくやり方のことです。心の中のいろいろなことを押入れから出してみて、虫干しもして、もう一度整理し直すという感じです。

 カウンセリングはまだ受けられる病院は限られていますが、少しずつは広がってきています。時間・費用については病院によって違うようです。健康保険が利くところであればかなり安い料金で受けられるところもありますし、個人開業されている有名な先生で非常に高額なところもあります。もう少し身近なところでは電話相談などが各地域で実施されています。神経症に限らず女性のための相談室や犯罪被害者のために相談室なども増えてきました。学校によってはスクールカウンセラーが配属されていたり、大学などは学生相談室でこうした問題を受け入れてくれるところがあります。職場のストレスの問題もありますので大企業などでは産業カウンセラーをおいている会社もあります。

 神経症は心の問題の基本となりますので、この話を詳しくしました。しかし、カウンセリングや心の整理というのはすぐに効果があるというものではありません。人生を見直すという作業はとても大変な作業ですし、それなりの時間も当然必要です。しかし、状態によってはそういう話をするゆとりすら持てないということもあります。こうしたときに薬を使うことも大切なことです。心の問題と大げさにしなくても、薬を飲んで気が楽になると、それだけで自然と解決の糸口がつかめて、ウソのようによくなってしまうという場合もたくさんあるのです。実際にも薬を飲みながら、一方でカウンセリングを受けるということが多いと思います。

 また、カウンセリングとは考え方が少し違いますが、行動療法といって、練習をすることで状況を改善しようとするやり方もあります。高所恐怖症であれば少しずつ階段を上る練習をして、だんだん高いところに上れるようにします。この方法は直接的な働きかけをしていますので、目標がはっきりしていればとても有効な手段です。
 このほかここでは説明をしませんが、さまざまな角度からアプローチしようとする取り組みは他にもいくつか存在しています。現状ではどれがよいということはなくて、自分に合うかどうかということが重要だと思います。現実には心の問題を扱う場合は人間同士の密接なやりとりが必要ですので、そこに治療者との相性というものが生まれるのも事実です。

 心身症は身体面での治療がまず必要ですので基本的にそれに対する医師の手当が必要です。心療内科が、この中間的な役割を担っているということは書きました。その上で心の問題やライフスタイルの改善が必要である場合は、神経症のそれとあまり変わりません。ただ、心身症の場合は仕事や対人関係など、自分だけでなく社会的な問題を持っている方が多いようです。最近は労働災害の基準も徐々に広げられていますし、必要以上に健康を害してまで仕事をしても、会社が保証してくれる状況でもなくなりました。自分や家庭を大事にすることはやはり基本的な問題ではないかと思います。

 神経症も心身症も、自分を見つめ直したり現実を変えたりしていく作業が必要なわけですが、これらは多くの場合受け身のままではすまされません。これが身体の病気を治療するのと大きく違うところです。このため、いざ治療を受けてみてもかえって気持ちが不安定になったり、思うようにならない壁にあたって、一進一退の状況になることが多くあります。そのために最初に言った決意も必要になります。自分を変えることは口で言うほど楽な作業ではありません。このホームページが「病気と闘うこと」を表紙に掲げているのは、こうした意味も含んでいるのです。神経症や心身症は自分の人生が知らぬ間に入り込んだ迷い道のようなものです。その状況の中でどうして道を見つけ、自分らしく生きていくかは、やはりその人それぞれの問題になるようです。「答えは自分の人生の中にある」というのがこのHPのささやかな主張でもあります。
(1999/12/3記)
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