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心も風邪をひく


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神経症・心身症 16

神経症モデル

 これまで心身症のホルモンの話や免疫系の話などをしてきましたが、神経症についても、それがどんなふうに考えられているのかということを少し話しておきたいと思います。ただ、注意してほしいのは心の問題は残念ながらいまだ明確な形で立証されているわけではないことです。ここで今回話そうとすることも一つの仮説にすぎませんし、また、たとえ話としてかなりおおざっぱな話であることをご理解下さい。ここでは神経症を考えるときのごく基本的な流れについてご紹介するだけです。

 神経症というのは身体に直接的な病気がないにも関わらず、症状としては実際に痛い・苦しいという感覚が起こったり、歩けない・言葉が出ない・味がないというような障害が出たり、高いところが怖いとか清潔にしないと気がすまないといった過剰な行動パターンが生じたりして日常の生活を乱されるような状態をさしています。統合失調症やうつ病のように脳内の働きの影響が関係していたり、心身症のように身体の異常が実際に出るものとは、異なっていることを確認しておきます。そして、それゆえにここで何度も話していますように、心の問題として、またとても人間らしい問題としてみることが出きるわけです。

 神経症の問題を最初に考えたのはフロイトという人です。彼は人間の心には自分自身にもわからない未知の部分があるのではないかということに注目した最初の人です。今では当たり前に使われる「無意識」という言葉を生み出したのが彼です。そして、彼はその無意識の中にはその人の欲望や感情や心の傷などさまざまなものが入れられていて、それをやりくりしながら、人は上手に生きているのだと考えました。人は自分にもわからない無意識という押入れの中にそれらを詰め込むことで、ふだんは安心と落ち着きを持って、社会の一員として、さも何事もなかったかのように暮らしていると言うわけです。それが普通の人の、普通の生き方だというのです。

 しかし、すべての人でそれがうまくいくかというとそうでもなくて、中には自分の押入れには入りきらないような心の傷ができたり、爆発しそうな強い感情を持ったり、逆に人生の荷物を入れられるほどの押入れが用意できなかったりして、うまく無意識の中に荷物を入れられないようなとき、それは何かちぐはぐなことになって表の方に出てきてしまうのだというわけです。心は何とかそれをごまかそうといろんな手を使うわけですが、それはやっぱり無理をしているのでおかしなことになっている、頭隠して尻隠さずという状況になってくる、というふうにして神経症の症状や癖というものが出てくるというのです。
 「無くて七癖」にも書いたとおり、誰もがこの押入れのやりくりで生きているというのが、フロイト流の理解です。たまたま、それがうまくいかなくなって、自分でもどうにもできなくなってきたときは神経症として、治療なり、やり直しなりをしていきましょうと考えます。

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)は入れる荷物が大きすぎたり、突然のことに十分な押入れが用意できない状態と言えます。最近、テレビでもよく出てくるトラウマというのは、過去に受けた心の傷ということですが(心的外傷)、これも同じようなことで、その時はうまく片づけたつもりの荷物でも何かの拍子でまた崩れてしまったり、あるいは、もともと整理の仕方が十分ではなくて、とうとう押入れに入り切らなくなった、押入れの中で崩れてしまった、というようなことを考えるとわかりやすいようです。
 強迫症や恐怖症はこの状態を何とかごまかそうと必死になっている人をイメージするとよいかもしれません。本当は高いところに上ることや手を洗うことそのものに何かがあるわけではないのですが、それに注意を向けることで散らかった押入れから目をそむけようとしているようです。中には押入れどころか部屋中が散らかっているのに、本人はそれをごまかすだけで四苦八苦しているというような状態の人もよく見かけます。
 一つの嘘を守るために、いくつもの嘘をつかなければいけなくなるように、心もいつの間にかとりとめもなくなって、気がつくと堂々巡りの輪の中で何をしてもうまくいかないような状態におちいってしまっているというのが、神経症という問題の大枠と言えると思います。そして、だからこの状態をどうすればよいのか、ということが治療とか「心の整理をつける」ということになるのです。

 最初にも書きましたが、このような説明は一つのモデルにすぎません。今回の話は説明を簡単にするためにだいぶおおざっぱな話となっていますし、ここでは一つしか取り上げていませんが、これとは違うモデルを考えて治療に当たっているところもあります。心の問題はまだ一つの理論に集約されるほどよくわかっていないというのが、残念ながら正直なところです。さらに、現実的にはどの人の問題にしてもより個人的なのが実際です。こうしたモデルは神経症を理解する知識の一つとして考えていただけるとよいと思います。
(1999/11/26記)
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