
| ここで興味を持たれ、さらに深く知識を深めたいと思われた方は、 より専門のホームページか、専門書籍等をごらんになられることをお薦めします。 |
神経症・心身症 8 |
強迫神経症 |
| 最近は抗菌グッズと呼ばれる商品が流行しているようです。昔に比べて衛生的な意識が非常に高まってきている一方で、何かとても過剰で、過敏になっている印象も受けます。抗菌グッズで納得できている間は困ることはありませんが、こんな気持ちがどんどん深くなって、何もかもが汚れているように見えて、自分の持ち物以外にはほとんどさわれない、自分の持ち物さえも暇さえあれば清潔に保つ努力をしているというような状態になってくると「潔癖症」と言ってもいいでしょう。 これは前回の恐怖症と少し似ていますが、「清潔でいたい」という観念が強いことが、その根底にあると考えられます。もう少し単純な例で言いますと、何かするたびに手を洗いたくなるという方がおられます。こうした人は実際しょっちゅう手を洗いたくなるために、他のことに落ち着いて取り組むことがとても難しいのです。このように何か一つのことにとらわれて、それが気になって自分の行動が極端に縛られてしまうような状態を強迫神経症と言います。そして、その行動を縛っている考えを強迫観念と言います。上の場合では「清潔でいたい」「手を洗いたい」というのが強迫観念というわけです。 強迫神経症は清潔にこだわるものが有名ですが、実はその他にもたくさんあります。もう一つの代表的な例はガスの元栓を閉め忘れていないか、水道の蛇口から水が漏れていないか、玄関の鍵はかけ忘れていないかといったことが気になるという確認・確かめをせずにはいられないというものです。こうした人は外出するまでに何度も何度も同じ確認をせずに入られませんし、ひどくなってくると通勤・通学の途中でも引き返してきたり、会社や学校から戻ってきたりすることもありますし、中には家から一歩も出られないというほどの人もいます。 他には数字や並んでいるもの、階段などをみるとそれを数えずに入られないという人、着替えや仕事の手順などに本人なりの決まり事があってそれを間違えると最初からやり直さずに入られない人、昔の出来事や流行歌などある考えにとらわれてその他のことが手に着かなくなるという人など、これもそれぞれの人の生活に合わせてたくさんの例があります。 しかし、よく考えてみればこのような症状も多かれ少なかれ誰でもがどこかで経験したようなものばかりです。実は人間の生活は多くの繰り返し行動がその基盤になっています。それぞれの家庭にはそれぞれのルールがきちんとあって、それに従って生活するというのが安定している状態なわけです。普通はそれを「習慣」というふうにいっています。簡単にいえば、生活の基本的な部分はそれぞれの習慣に吸収されているおかげで、一つ一つのことをいちいち考えなくても流れるように無意識に生活がおくれているというのが、そもそも普通の姿なわけです。これは非常に個人的なレベル、家庭的なレベルで存在しています。結婚などをして他人と暮らすようになったり、長めの出張や旅行に出たり、一人暮らしなどをはじめたりすると、ひどく疲れたりするのは今まで当たり前としていたものをもう一度作り替えなければならないためです。 ですから、繰り返し行動もそれで生活のバランスがとれているのであれば、病院にかかる必要もなければ、治す必要もありません。実際、わりと変わった習慣を持っている家庭というのはよくあるのですが、だからといって治す必要はないわけです。 話しが少しずれたかもしれませんが、強迫神経症の方が持っているとらわれというのは非常強いもので、これは本当に生活を左右するほどつらいものです。恐怖症がある場面や物に固定されているのに対して、こちらは常に自分の中に存在していて、終始働きかけてきます。繰り返し行動のバカらしさは本人が一番よく知っていますが、気になって気になってどうにもならなくなります。なぜ気になるのかというといかけもあまり意味がないことが多いようです。気がついたときには、そういう生活や自分にはまっているといのうが、実際のところです。 強迫の状態は老人や脳の障害など器質的な障害によっても生じることがあります。年齢によっては先にこのような身体の問題がないかもよく検査してもらうことも必要です。強迫神経症は他の神経症と比べると、もともとの性格や習慣との関係も深く、その強さも気がついたころにはかなり強くなってることが多くて、状態の改善には時間がかかります。実際にはその症状を全くなくそうとあわてても難しいので、これをもう一度習慣と言えるくらいまでにおさめられるように、つきあい方を考えて、生活を見直し修正していくというのが当面の目標である場合も多くなります。 |
| (1999/9/6記) |