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神経症・心身症 7 |
恐怖症 |
| 高いところが怖い。 人と会うのが怖い。 狭いところが怖い。 刃物が怖い。 私たちが普通生活していても、これらのことに多かれ少なかれ怖さや緊張感を感じているということに異論はないはずです。この他にもそれぞれの人が苦手だと思っていたり、近づきたくないと感じているものもいろいろあるでしょう。これらのことが「怖い」ということは、病気とは直接関係がありません。 しかし、こうした怖さが常に自分をおびやかしていて、自分の日常生活をうまく送る邪魔をしていたり、過大な負担をかけてくるようになると、この問題を解決する必要性も出てきます。不安神経症が不安という漠然とモヤモヤした精神状態で毎日を過ごしたり、時に身体的な症状と結びついていくのに対して、恐怖症はある特定の事柄について非常に強い恐怖感を感じて、それに関わる場面になると混乱してうまく対処できなくなるというものです。その意味で日常の中で私たちが感じる怖さというものと、本人の感じる怖さのレベルというものは、相当に違うものだと考えて欲しいと思います。 説明として書くとやや堅いもののようですが、恐怖症というのはふだんの会話の中にも気軽るに入るくらい、その名前はよく知られています。上のものは病名をつければ「高所恐怖症」「対人恐怖症」「閉所恐怖症」「尖鋭(せんえい)恐怖症」などと言われます。この他にも人混みや町が怖い「広場恐怖」や犬やゴキブリ、虫などを恐れる「動物恐怖」、ガンやエイズなどを恐れる「疾病恐怖」など、対象となるものはいろいろと存在しています。「対人恐怖」もやや特殊な例になってきますと、自分が醜くて人に嫌われるのではないかと心配する「醜形(しゅうけい)恐怖」や自分の体臭や口臭が気になって人に会えなくなってしまう「自己臭(じこしゅう)恐怖」といったものまで存在します。 恐怖症による影響というのは様々です。例えば閉所恐怖がひどくなるとエレベーターなどはとても乗れません。一昔前なら困らないかもしれませんが、最近はマンションも会社も高層化していますので、常に階段を利用して暮らすのは大変なことです。ホテルの部屋がダメだったり、タクシーやバスなどの乗り物がダメだという人もいます。同様に「広場恐怖」では外出ができなくなってしまったり、「対人恐怖」では会社や学校に行けなくなってしまったりと、こうなってくるともう怖い怖くないというレベルではなくなっていることがわかるでしょう。 タブロイドでは「犬恐怖」の話しをしましたが、恐怖症の人にとってはこうした事態は大げさな話しではありません。恐怖症やその他の神経症を理解するときに大事な点は「それが理屈では解決しない」ものであるということです。恐怖症の方でもどうしてそんなに怖がらなければならないのかということは、よくわかりません。ただ怖い、ただその状況にもういることができないと心が圧倒されているのです。それが他人から見れば大げさでバカみたいに見えることは、本人が一番よくわかっています。でも、どうしようもない、というところに心の病としてつらさがあるわけです。 しかし、現実的にはこうした状態を我慢して暮らしている方というのが実はたくさんおられるようです。先にあげたほどに生活への影響が過大であれば治療を受けて、精神的なバランスをとりなおすことが必要だと思いますが、健康のためだと自分に言い聞かせて割り切って、階段を利用している方も大勢いらっしゃいます。確かに病院で治療を受ければ、それには「病名」がついて「病気」になります。日本では精神科に受診することを含め、こうしたことにまだ大きな抵抗感をもたれているわけです。それは無理のない話です。それだけ心の問題に対する理解が進んでいないということなのでしょう。神経症という病気は心の強さや弱さで語れるものではありません。その不思議さがこの病にもあります。 |
| (1999/8/27記) |