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「統合失調症」について |
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| 精神科の世界では2002年の夏、小さくて、だけどとても大きい一歩を踏み出すことになるかもしれません。これまで使われてきた「精神分裂病」という名称を「統合失調症」という名前に変えようという動きが始まりました。これは以前より検討されてきたものですが、実際に病名を変更するというところまでにはいたらずにきた、精神科の課題の一つです。 「精神分裂病」という名称は「分裂」という言葉の中に否定的で、誤解をまねきやすい印象を持っています。「精神が分裂している」というと、まるで人間性が失われているか、右も左もわからないような状態になっているように思えてしまいますが、実際にはこれは大きな間違いです。他の項目でも紹介したようにこの病気で起こる混乱は、脳の働きの一部であり、時間的にも長くはないのです。回復すれば他の健常者の方とそれほど変わらない生活をすることが可能なのです。 それでは「統合失調症」という名前はどうなのか。それは何を意味しているんでしょう。 「統合失調症」には大きく2つの症状に分けられると説明しました。「幻聴」や「妄想」という特殊な体験のために現実感が不安定になる「陽性症状」、「身体が動かない」「意欲がわかない」「興味がなくなる」という生活エネルギーの低下が問題となる「陰性症状」の2つです。こう見てもわかるとおり「陽性症状」は誰が見ても特別な症状ですが、「陰性症状」の方は他の病気でもみられますし、本人にも周りの人にも病気らしい印象があまりありません。しかし、この2つの症状に共通していることは、「陽性症状」にある耳や目からの体験にしても、「陰性症状」にある意欲の低下にしても、本人にとってはこれまでの通常と違う感覚が自分を支配しているということになると考えることができます。 「統合失調症」はいまだに脳の働きや身体的な病因について明確な結論が出ていませんが、多くの研究者で一致しているのは病気の根本として「認知」のズレが起こっているのではないかということです。「認知」というのは少しわかりにくいですが、たとえば、あなたの目の前にガラスでできた円筒形で、上の部分のふたがなく、中身が空洞なものがあるとしたら、それはなんだと思うでしょうか。目や耳から入る情報は「知覚」というものです。脳はこの知覚に意味づけをして、物事を関連づけていくということに特徴があります。人間の場合は記憶が非常に優れていますので、過去の体験のさまざまなものを含んで、ひとつの物を自分なりに理解して、また頭の中でそれを整理していくのです。先ほどのガラスでできた円筒形のものは多くの人は「コップ」と「認知」します。そして、私たちはそれを水を飲むもので、なぜそこにあるのか、どうしたらいいかということまで瞬時に「判断」しているのです。逆に同じガラスでできていても真ん中の部分がふくらんで、上部で一度すぼんでからもう一度口が花のよう開いている物を見ると「花瓶」と「認知」して、それから水を飲むことなど考えもしません。さらに、もしその「コップ」や「花瓶」にその人なりの思い入れがあれば、それも意味づけの中に加わって、その人なりの体験が広がるわけです。 「統合失調症」で問題になる「認知」のズレはこの一連の流れに影響を与えるものだと考えられています。物が見えないとか聞こえないというのは「知覚」の問題で、これは目や耳が悪いわけですが、「認知」というのは脳の働きです。「幻聴」や「幻覚」といういのは「耳」や「目」の問題ではなく、脳がないはずの物を勝手に何かがあると感じて、それに特殊な「認知」をして意味づけを行ってしまうということなのです。その結果、最終的な判断や感情まで違う方向に向けられてしまうわけです。「妄想」などでは自分がどこの誰で、どんな人と、どんな暮らしをしているかという基本的な記憶というか、現実感にズレが生じてしまうということです。逆にいうとこの一部の「認知」のズレ以外の点については問題がないことが多いのです。ですので、「統合失調症」というのはこの「知覚」や「現実感覚」の一部が混乱するために、通常ならまとまって一つの思考が進むはずなのが、なかなかまとめられなかったり、結果としてズレた結論にたどり着いてしまうということを意味しているわけです。先の「コップ」の例でいえば、「まずい水の入ったコップ」「自分に片付けさせるために嫌がらせに出されたコップ」「自分に何か飲み物をくれるという意味のコップ」などといろんな要素がついてくるのです。そのために腹が立ったり、うれしくなったり、悲しくなったり、人を疑ったりすることが出てくるわけです。 「統合失調症」への改名は単に悪い印象を変えようというだけの意味ではありません。大事なことの一つは過去の誤解や偏見の遺産に別れを告げたいということにあります。精神科の医療の中では社会の誤解や偏見に配慮して、多くの患者さんやご家族にたいして病名をあやふやにしたまま治療を続けてきた経緯があります。このため病気の説明も不十分にできず、本人や家族の理解や治療への意欲についても十分に働きかけることができなかったのです。現代の内科や外科の医療では病名や病状の説明とともに、治療の方法や見通し、そして本人や家族に考えて努力してもらいたいことも積極的に話し合おうという方向にかなり進んできました。精神科では治療者側も気を遣い、本人や家族も本当のことを聞く怖さにとまどい続けてきたのです。しかし、最近の精神科医療は具合が悪ければ入院すればよい、家庭で面倒が見れなければずっと病院にいればよい、というような考え方から大きな変化をむかえています。近年の薬の開発が非常に進すみ、手も足も出ない病気ではなくなったこともあります。社会にもゆとりが出てきました。福祉の政策も変化があります。今度は医療者側も、本人・家族側も積極的にこの事態と向き合って、積極的に解決の道を探すということが求められているのです。「統合失調症」という新しい名前を用いることで、過去の遺産と別れ、新しい一歩を踏み出したいというのが改名の本当の意味だと、僕は思っています。今後、医療者側はさらに病気や治療についての説明をする機会が増えるでしょう。それによってこれまでの間違った通念を、正しい認識に変えていく必要があります。これまでこの病気は不幸にも社会的なニュースで取り上げられ、わずかな事件が病気の全てであるように誤解されてきました。しかし、これからはもっときちんと病気として正しい理解を持ってもらえるように、この新しい名前は生まれたのです。精神科の医療にたずさわる人の願いが、一歩前進したのです。 「ガタゴト生きる」は心の病や精神病というものをもっとよく知ってもらおうという気持ちで作られました。「ガタゴト生きる」も新しい名称の使用に賛同します。現在、この名前は法的な改正がともなっておらず、それぞれの医療者の考えによって使用されるものです。厚生労働省も社会的に普及したら、法的な改正を行うという考えのようです。「ガタゴト生きる」では、本日より「精神分裂病」から「統合失調症」という表記に改めることにします。このささやかなサイトが、少しでも誰かの力になれることを祈って。 |
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| (2001/7/14記) |