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心も風邪をひく


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悲しみを乗り越えるために

 平成13年6月8日、大阪教育大学付属池田小学校で起った悲しい事件は私たちに大きな衝撃を与えました。直接被害にあわれたり、それを目撃した子供たち、そしてその家族の方々、学校関係者の方々の受けたショックは計りしれません。「ガタゴト」では先日の四国の宇和島水産校えひめ丸沈没事故以来、PTSDと社会の問題について触れてきましたし、以前にも「PTSDを背負った子供たちへの援助」ということで、強い精神的ショックを受けた子供たちへの接し方について書きましたが、もう一度、PTSDに対する基本的な考え方を整理しておきたいと思います。

 最近、こうした事件の報道を見るとよく「心のケアが必要だ」ということがでてきます。そして、その度に僕は、「心のケア」というのは何をするの?、どうしたら子供たちは元気になるの? というような質問をされます。しかし、実をいうと僕はその度になんと答えようかと考えてしまうのです。「PTSDを背負った子供たちへの援助」では具体的な接し方について確かにあげました。しかし、それは一つの方法、接し方の見本のようなもので、実際にはその時その時でもちろん対応は違いますし、子供と自分との関係によってもそれは違ってくるものです。心のケアは、マニュアルにそってやればみんな同じようにできあがるファーストフードではないわけです。だから、「心のケア」として何をすればいいの? と聞かれても本当は答えようがありません。その子の置かれた状況や立場、家族関係や生活の仕方、性格や好き嫌いなどいろんな情報をまとめて、家族の人ともよく話し合って、はじめてその子に今どういうことができるのかを実際的に考えられるのです。「心のケアというのは何をするのですか?」という質問の中に、それをすればPTSDがすぐによくなるような魔法の何かがあると期待される気持ちはわかります。しかし、私たちが実際にする「心のケア」というのはそういうものではないのです。

 「心のケア」ということを考える時に大事なことは、何をすればいいか、ということではなく、何を大切にするか、ということかもしれません。何を大切にすればいいかを考えることで、自分に何ができるのかということが見えてくることが多いからです。PTSDの場合、その問題の中心は死ぬかもしれないという強い恐怖体験と友達の死や学校という日常を破壊されたなどの喪失的な体験です。これらがあいまって最終的にはその人が世の中や他者に対して持っていた安全で、ともに仲間として暮らしていけるという安心感を奪ってしまうのです。恐怖体験は強い記憶となってその人をいつも不安の中に引き戻し、その度にその人はこの世の中が不安定で安心できない場所だと感じてしまいます。
このことから考えればPTSDの心のケアというときに大事にしなければいけないのは、まず「安心感」をいかに取り戻すのかということだということがわかります。自分が安全であり、守られていて、この世の中の一員として仲間になれるのだという安心感を持てるように意識しながら、周囲の人たちが接することができれば、それが心のケアになるのではないかと思うのです。

 カウンセリングというのは普通こうした安全な空間(部屋)を病院やクリニックの中に用意して、信頼のおけるカウンセラーと、これまでのこと、そしてこれからのことを話し合っていくことに意味があるものです。「話せば楽になる」ということがありますが、これは半分は正しいですが、半分は間違っています。本当は話したことが信頼のおける人に受け入れられ、理解され、悲しみを分かち合えた時にはじめて気持ちは楽になるのです。これはよく考えれば特別なことではなく、人と人との根本的な結びつきのことです。カウンセリングの基本はこうしたところにあります。

 PTSDの心のケアを考える場合、実はここにひとつのジレンマがあります。災害や犯罪の被害者は自分のせいではないことで突然大きな心の傷を負わされ、日常をひっくり返されたのです。それは確かに特殊な出来事に違いはないのですが、自分を特殊な存在と言われることは他人とは違うというレッテルを貼られることにもなるのです。このため本人にとっては周囲の社会が安心できる場所どころか、自分を阻害し、自分をはれ物に触るように扱う異質な場所に感じられてしまうことになります。実際にもしばらく休息をとったり、夜眠りにくかったりして今までと同じ社会生活を取り戻すには時間のかかる場合もあって、会社や学校に特別な措置をとってもらう必要もあるのですが、本人にしてみれば特別でありながらも、特別に思われたくない、という相反する事態が生まれてしまうことがよくあることなのです。

 こうした状況の中での専門家の役割は、特別な場所でカウンセリングをするということとは少し異なるようです。特に今回のように社会的な影響も大きく、事態が一人の人間の処理できる範疇を越えていたり、ある地域や集団への影響が強い場合には、個人のカウンセリングでは不十分な面が出てきます。むしろ、日常に安心できる場所、空間、人間関係をいかに作れるか、特別なことと日常との垣根をいかに低くするか、周囲の人にこうしたことをいかに早く理解してもらうかということにあるようです。それは家庭の中であり、学校であり、会社であり、親兄弟であり、先生、同級生であり、できれば周囲の全ての人たちが、ここは安全で信頼できる場所なんだということを示してもらうように援助することです。本人の周囲にそうした暖かい雰囲気を作ることもカウンセリングと言えるものだと考えます。

 こうして見てくると心のケアとして逆に何をしてはいけないかもまた見えてくるでしょう。なぜ「ガンバレ」と言ってはいけないか。それは「ガンバレ」という言葉が、その子が十分やっていない、まだ足りないんじゃないかという不信と、もっとやれとせき立てるようなメッセージに結びつきやすいからです。他の誰かと比べたり、よりひどい状況を引き合いに出して本人の努力を求めることも同じです。援助者が自分の体験をあげて説得したり、自分のようにすれば大丈夫だと要求するのも本人を無視しているでしょう。本人が感じる憎しみや怒りやはかなさを道理や常識を上げて、そんなふうに考えてはいけないと言うことは、本人の気持ちを否定し、本人が自分はより価値のない人間なんだと思わせることになります。社会への信頼感を取り戻すまで、こうした気持ちが出てくるのは当たり前のことなのです。本人が事件の話をすることは時にひどく、衝撃的で、聞いている人をも辛い気持ちにさせるものです。しかし、それを聞きもせずに忘れた方がいい、もう過ぎたことだと扱うのも、本人の気持ちを押し込めて一人で耐えろと言っているのと同じになります。子供の場合は言葉で表現することが上手ではありませんので、時にはドキッとするような遊び(人形同士を殺し合わせるとか)をするということで事態を表現しようとすることもあります。その場合でも大事なのはその子に今はもう安心で、自分たちがついているから心配ないんだと伝えることです。遊びをただ取り上げるのではなく、その子の気持ちにそいながら見守ることも必要になるのです。感情の表現をさせるために作文や絵を描かせることがよいと勘違いされている場合もありますが、これも周囲がむりやりに書かせるようにする場合と、自然と子供たちの気持ちの高まりに合わせて書かれる場合と当然意味が違ってくるのです。周囲から押しつけられたものは恐怖をはき出してすっきりさせるどころか、恐怖を再体験させることになることを忘れてはいけません。

 最後にもう一度経過の整理をしておきます。事件の当初は本人も関係者も気持ちの高ぶり、動揺が大きいものです。事件が大きければマスコミがこれに拍車をかけるでしょう。こうしたことは当たり前であり、そこに怒りや焦りが出てくることも自然なことです。まずはその動揺を受け入れながら、この気持ちの大きな波をのちの心への被害(社会や他人への不信感、不安感など)につながらないように最小限にしながら乗り越えることまでが最初の仕事でしょう。事件から時間がたつと今度はそれまでの緊張感がゆるんでぽっかりと穴が開いたような脱力感が来るかもしれません。この時は焦らず、消耗したエネルギーが回復するのを待つことも大事になるでしょう。学校や会社などでは事件から時間がたっていることから、いつまでそうしているのかとか早く復帰するようにと焦りが出てくるのもこの時期です。実はこの時期が本人には辛いのです。体調を整えたり、生活のバランスをとるのに薬の使用なども必要になるでしょう。現実的にこうしたことが生じるだろうということを本人にも周囲の人にもを理解してもらい、学校や会社に協力を求める必要もあります。大事なのは徐々に社会へのつながりを取り戻し、新しい関係を作りながら再出発をするということなのです。そして、こうした社会的な事件の区切りとして、合同の慰霊祭や一周期、裁判の終結などを迎え、本人も周囲の人も気持ちの整理を形にしていく作業があります。人生に大きな意味を持つだろうというその事件に、気持ちだけでなく、現実的にも区切りをつけることが、再出発をするためには大事なことなのです。PTSDの回復の道はこうしてみると長期的な展望の中にあることがわかります。現代の社会の動きは非常に早いものです。しかし、人間の心の回復というものは昔も今も時間がかかり、それを支えるものは人間の相互のつながりにあるのです。PTSDの心のケア、治療というのは、まさに人間や社会に対する信頼を取り戻していく作業に他ならないのです。
・災害と心の健康について
(2001/6/14記)
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