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心も風邪をひく


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精神科医療と社会

 前回は四国の「えひめ丸沈没事故」という悲しい出来事から「PTSD」ということについて書きましたが、あれからこのことについてよく考えます。そもそも「ガタゴト生きる」ができた理由の一つは、心の問題ということが日本ではまだよく理解されておらず、精神科に対する偏見や誤解が根深く残っていることを残念に思ったからです。新聞を見るとえひめ丸から救出された生徒にもやはりPTSDの症状が出ているようです。その他にも最近では営団地下鉄事故にあわれた方や西鉄のバスジャック事件の被害にあわれた方などにも同様の報告が上がっています。事件そのものは遠くに過ぎましたが、その記憶と心の傷を持って暮らしている人は確実にこの社会の中で生きているわけです。

 こうした研究調査や新聞社の調査などでは多くの人がPTSDの症状に苦労していることが示されるわけですが、病院で実際の医療現場にいる私としてはさらに踏み込んで、そうした人たちがどれほど医療的なケアを受けているのだろうかと気になります。先に書いたように日本では精神科にかかるということはやはり特別なことに思われがちなものです。本人だけでなく、家族や親戚などにも精神科の病院に受診するということに対しては相当な嫌悪感があるのではないでしょうか。薬の服用にしても「睡眠薬」ならまだしも「精神安定剤」とか「抗うつ剤」などといわれるものを飲むことには少なからず不安があるのではないかと思います。こうした精神科への受診や薬の利用方法などについてはもっともっと精神科自身が情報提供して、社会の一部としての役割を担う姿勢を示す必要があると言えるでしょう。
 そして、こうした情報はPTSDに苦しむ本人だけでなく、そうした人ともに暮らす周辺の方々にもきちんと知って欲しいと願います。家族はもちろんですが、友達や同僚、上司、えひめ丸事故で言えば学校の先生や同級生、クラブの友達などもそうでしょう。もう少し広く親戚や地域の人々も関係する人はいるはずです。そういうことでこのPTSDということを中心にもう少し心の問題を考えてみたいと思います。

 「PTSD」と書くと何か難しくて特殊な病気という感じがしますが、その基本は、「人間は誰しも衝撃的な出来事にあうと、驚いたり、怖くなったり、大切な人を失った悲しみに暮れ、それによって体調を崩し、心臓がドキドキしたり、夜眠れなくなったり、元気がなくなって身体が動かなくなったり、集中力が落ちたり、逆にイライラして落ち着かなくなって、八つ当たりのようなことがあったりするんだ」ということです。落ちついて普通に考えれば、これは人間にとって当たり前のことであって、決して特殊でも異常でもないということがわかります。アメリカの精神医学会の考えでは、これがだいたい1ヶ月を越えても続くようなら「PTSD」と診断して、こうした症状を改善するような治療を行いましょうとしています。
 そこで最初の問いに戻るわけです。これは「病気」なのか、ということです。大きな事故に遭い、家族や友達を失ったり、犯罪の被害などで大事なものを傷つけられ、失ったりして、それが悲しいのは当たり前のことじゃないか、元気がなかったり、体調を崩したりしても不思議はないじゃないか、病人のように扱うのはおかしいじゃないかということです。本当にその通りです。何度も書きますが、これは人間として当たり前のことなのです。恥ずかしいことでも、おかしいことでもありません。

 では、そもそも医療の目的とは何でしょう。病院にかかったら病人になり、健常者と言われる人と何か違いが生まれるのでしょうか。それが精神科であったらその人は危険で人間として価値が落ちてしまうのでしょうか。最善の治療をしても身体に障害が残れば「障害者」とならなければいけないのでしょうか。
 私自身は医療は人間が幸せに暮らしていくための道具の一つではないかと思っています。「身体」の不具合から来る苦しみを取り除くように努力するのが身体科の病院であり、「心」からくる苦しみを扱うのが精神科の病院の仕事です。誰でも大きな悲しみに遭遇すれば、辛く、苦しい日々が続くでしょう。身体の不調も起こります。しかし、「悲しむ」ことや「傷つく」ことと、それによってその人の人生までもが犠牲になってしまうということとは違います。

 アメリカの精神医学会が治療的アプローチの開始時期として1ヶ月後をあげたことにはいろいろな意見があるでしょう。日本人の感覚としてはちょっと短いような気がしないわけでもありませんが、どこかで目安をつけた方がいいのではないかということでもあります。実はPTSDの状態になった人の多くには「自分が生き残ったこと」への罪責感や「自分が悪いから被害を受けたのではないか」「自分がああすれば誰かを助けられたのではないか」「なぜ一緒に死ななかったんだろう」という自己否定感がよく見られます。あまりに強く唐突な体験が「自分」に起こったということと、生死を分ける強烈な思いに気持ちが混乱してしまうのです。しかし、本当は体験そのものが理不尽なのであり、誰にとってもどうすることもできないことなのです。多くの人はこうした気持ちのために、自分だけで悲しみを背負い込み、苦しい毎日をただ耐え続けながら、新しい生活に踏み出すことができなくなっている場合がとても多いのです。亡くなった人のことを思うと笑うことさえ罪悪感を覚えたり、特殊で強烈な体験と何もないただの日常との間にはさまれてどうしていいかわからないというというのが、その生活を象徴しているかもしれません。

 精神的に暗くなるだけでなく身体の反応も残り続けます。強い悲しみは脳に深い記憶を残し、その記憶によって身体が反応するのです。辛い体験によって心臓がドキドキしたり、手に汗をかいたりするのは自然な身体の働きですが、これは自分の意志の力で止めることはできません。同じようにPTSDには侵入性想起といわれるものがあって、普通に生活していても唐突に事件のことが頭に思い浮かんでくることがあって、その度に身体も同じように何度も、何度も反応するのです。身体は常に緊張状態を保つようになってしまいます。これも「止めろ」といわれて止められるものではありません。それに「心が強い」とか、「いつまで気にしているんだ」とかいっても仕方がないのです。むしろ、そうした周囲の心ない言葉が本人をさらに追い込んでいくことが多いようです。

 強いショックな体験は、人生に大きな意味を持ちます。わざわざPTSDといわなくても、これは忘れたくても忘れられないような、人生の何かを変える体験に違いはないのです。しかし、日常というものはそれでもやってきます。事故にあったその人を取り残し、時間は過ぎていくのです。学校も仕事も家事も、日常は待ってくれないのも現実の姿です。アメリカの精神医学会のあげた1ヶ月という区切りは、その辛い体験のあとでも、そろそろ日常にあわせて生活をしていくことが求められるだろうという時間なのです。もし、日常の生活に戻っても先にあげたような心や身体の問題が残っていれば、今度はその日常を暮らすということが大きな負担になるでしょうということなのです。

 もし、眠れなかったり、イライラしたり、抑うつ状態になったなら、精神科の医療はそれを助けることができます。罪責感や喪失感、将来への不安についても心の整理を手助けることができます。薬を使ったり、カウンセリングを受けたりすることは状態を改善に導く有効な手段なのです。医療というのは誰もが幸せに生活をしていくための道具に過ぎません。必要な時に、必要な道具を使えばいいのです。人間の心も身体も自分自身の意志の力ではコントロールできないものがあるのです。薬を使ってそれを調整することも、生活を助けるためにはとても大事なことです。苦しい毎日をただ我慢して頑張り続けることで、かえって人生を追い込んでしまうのなら、それはとても残念なことではないでしょうか。

 PTSDの原因は様々ですが、いつ誰の身に起こっても何の不思議もないものです。精神科の医療は日常のメンタルヘルスということにすでに注目していますし、これからもさらに研究が進むでしょう。さまざまな体験を抱えながらも少しでも楽に、自分の幸せに向かって生活を送れることが医療の目的なのです。このことはもっともっと日本人の考えの中に浸透させていきたいと願います。多くの偏見や誤解を気にして、受けてもいい治療を受けず、我慢に耐えることを、本当は誰も望んでいないはずです。辛い体験を越えてきた人に周囲の人ができることは、そうした偏見や誤解を気にしなくていいと言えることでもあるのです。より気軽に精神科に受診し、より早く、より楽に自分なりの幸せに近づけることが、自分本来の人生に向かい、その毎日に取り組めるようになるのなることが、私は何よりも大事なことであり、それこそがPTSDからの回復になるのではないかと思っています。
・災害と心の健康について
(2001/4/20記)
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